第18話 暗殺者、部下を増やす。
ガブリエンデ領には小麦が大量に育てられている。通常なら王国を通すため全てがガブリエンデ家のものではなく王国のものとなるが、今は全ての小麦を隣領に運んでいく。
何台もの荷馬車に大量に小麦を載せて向かうのは――――ビラシオ街だ。いや、ビラシオ街
数日掛けてやってきた場所ではガレキを退かす人や、テントで人々を癒す人、食事を準備する人と大勢の人が災害に遭ったビラシオ街の復旧に向けて毎日頑張っている。
俺はイヴとルナとともに小麦を納品して街を歩く。
冬も深くなり、空からは白い雪が降り、ガレキにも白い毛布が掛けられているように、温かみを感じる光景だ。
しかしその下にはいまだ掘り出せていない亡骸も無数にある。
ビラシオ街の人口は八万人にも及ぶが、その半数が亡くなった。俺が撃ち落としたおかげで全滅は避けられたが、その後の魔物により二次災害に遭ったせいでもある。
ビラシオ街が南部の中心部として冒険者ギルドがいなければ、より被害は大きくなったに違いない。
ルナはというと、イヴと手をぎゅっと繋いで歩いている。その目には怒りとも悲しみとも取れるいくつもの感情が入り混じったような色が灯っている。
いつもと変わらずやってきたのは、元孤児院があった場所。
今ではガレキも綺麗に片付けられて、整地もされている。その傍らに小さな墓が無数に建てられているのは、俺たち三人が優先的に作ったからだ。
ルナは今日も真っ先に墓の前で祈りを捧げる。
彼女の祈りが終わるとまた馬車に戻りシャリアン街に向かって出発する。
あの日に起きたのは、イヴが言っていた通り、闇ギルドの仕業であった。
俺が出会った二人は闇ギルドの組員であり、彼らによってここまで大きな被害にあった。
彼らがどうしてこんなことをしたのか理由はわからない。だが、イヴの予想では隣国の差し金ではないかということだ。
俺を助けてくれたのは王国の最強騎士である『エンペラーナイト』三人中の一人であり、大陸でも指折りの強者である。
余談だが、姉にも学園卒業後に『エンペラーナイト』の試験を受けないかとスカウトが届いていたりする。
上空から現れたのは、どうやら『聖女』による『転移魔法』だそうで、あれだけの長距離に二人を送るのが精一杯だったらしく、あれから十日は寝込むことになったと風の噂で聞いている。
現れたもう一人の光は同じく『エンペラーナイト』の一人で、細い男を相手していたそうだ。
両者ともに激しい戦いだったが、最後の最後に闇ギルドの二人が逃げるという形で決着がついて、戦いは幕を閉じた。
捕まえられなかったと悔しがっていた『エンペラーナイト』に、大陸最強騎士の称号は伊達じゃないと思ったが、そんな彼らから生き延びた闇ギルドの組員たちの強さも尋常じゃないのがよくわかった。
あれからビラシオ街の復興のために王国が一丸となって支援をしているが、それ以上に力を入れているのが国境の守りだ。この隙を作っているのが隣国なのは見るからに明らかだから。
また数日を掛けて馬車に揺られながらシャリアン街に帰ってきた。
「おかえりなさい」
「「ただいま戻りました」」
イヴとルナが真っ先に母に挨拶をする。
イヴはうちで捨てられた令嬢として囲い、ルナはビラシオ街の被害者の一人として、たまたま知り合ったイヴの推薦で俺の世話係として雇うことになった。
ルナは受付業務だけじゃなく家事全般が得意なのもあり、メイドのミアも一目置く存在となった。
彼女を俺専属の世話係にするために、もう一つの任務が与えられた。それは――――貴族の子息が成人になる前に性行為を練習するための相手として起用されるのも、専属メイドの務めだったりする。
もちろん、そうでないメイドの方が圧倒的に多いが、場合によっては
今のルナはというと、形として俺の専属メイドとなっており、屋敷内では俺の妾になると噂が流れるほどだ。
そんな彼女と俺は、当然のように毎晩同じベッドで眠るが、もう片方には隣部屋から毎日やってくるイヴも一緒にしている。
もちろん、夜の営みなどは存在しない。
冬が終わる間際。
俺はイヴとルナと共にビラシオ街にやってきた。
復興がある程度進み、元通りとはかけ離れているが、人の活気が少し復活したビラシオ街だが、季節は冬の最後というのもあり、真っ白な雪に覆われ、廃墟になった場所も所々あり、少し寂しい雰囲気をかもし出している。
今日やってきたのは元孤児院の跡地を訪れるためではないが、やってきたのは元孤児院の跡地である。
建物はすでに片付けられているが、広場には例の件の発生地でもある西の森から枝を拾ってきて焚火をしている集団がいた。
全員がボロボロの毛布を羽織って降りしきる雪に当たりながら、焚火で暖を取っている。さらに顔に生気はほとんどなく、空腹と絶望に染まった表情を浮かべている。
そんな彼らの前に立つのは――――イヴから作ってもらった黒い仮面を被り、元々綺麗だった緑色の長い髪を黒く染め、三つ編みにした髪を後頭部に丸めてまとめた姿のルナが立つ。
「私は『フィーア』。ダークさまの忠実なしもべです」
彼女の声に焚火を囲んでいた人たちがこちらを見つめる。
そんな彼らをまるで感情の無い人形のような表情をしたルナが見つめる。彼女は姿を変えた『フィーア』となった際に、こうして無表情になる。あの日失ったもので、感情を失くした
「我々はこれより商会『ナンバーズ』を結成します。それに従い人手が足りない現状です。貴方たちは運よく我が主ダークさまの寵愛を受けられる機会を得ました。これから『ナンバーズ』の組員となり、ダークさまの手となり足となった者には平穏と努力による結果が付いてくるでしょう」
「受けたい人はここに並んで~」
フィーアとは真逆の明るい表情を浮かべるアインス。
「あ、あの……? 商会とは何をするのでしょうか……?」
一人の中年女性が心配そうに声を上げる。
「うふふ。それは~入ってからの楽しみ? でも悪いことにはならないわよ~? 人体実験なんてしないし、パン一個で一日働かせる奴隷みたいなこともさせないわよ。待遇だけなら、そこら辺の商会より何十倍もいいわ。でもそれをこちらから提示するほどに――――」
笑顔だったアインスの表情が冷たい表情に変わり、彼らを見下ろす。
「貴方たちに価値などないわ。ここでチャンスを手にするかしないか。今後、こういう絶好のチャンスが訪れるなんて思わないことね」
冷たい言い方――――ではあるが、俺はイヴの言い方は優しいものだと思う。弱肉強食の世界で受け身だけでは生きていけない。チャンスをもぎ取れる“意志”こそが力となる。
「実力に見合った給金はダークさまの意向で保証するし、適材適所を探すが、なにより貴方たちがダークさまのために必死に働くかどうかなの。ここでダークさまの剣を受けるか受けないかは貴方たちの自由よ。さあ! 選びなさい!」
大袈裟に両手を上げると、周囲に降り積もった雪が一斉に吹き荒れて空に巻き上がり、土色の地面が現れる。
冬が終わるまであと数日。
新しい息吹が芽生えるように、冒険者から次なるステージの商会を目掛けて新しい部下が増えることになった。
合計十三人。
オーナーとして俺が出資をし、全ての経営はフィーア、つまりルナが担当する。これが――――彼女なりの戦い方である。
今回の一件で失った希望を埋めるべくルナが選んだ戦場は、剣を取るのではなく、筆を執った形になる。
彼女に物理的な戦う才はないが、冒険者ギルドの受付として数年間冒険者を見てきた実績や孤児として育った環境によるリアルな生活水準、その全てが今の彼女の武器となる。
一人、また一人、俺から黒い刃のサバイバルナイフを
「貴方たちの心臓にはダークさまの
「「「「「はい!」」」」」
彼らの心臓の中に与えたのは、『俊敏上昇Ⅰ』の補助魔法である。
他にも『筋力』や『頑丈』『耐性』などのステータスもあるが、普段の生活でも大いに役に立つのが『俊敏』というステータスだ。動く速度が上昇するだけでなく、動く量であるスタミナが増えるというメリットは、全てのステータスの中でも最優先したい項目である。
彼女たち十三名に補助魔法を掛けているが、俺自身も『影収納Ⅰ』を使っている。
以前であれば、魔法を十五も発動などできなかったが、闇ギルドのギンという大男との戦いで使える魔法の数が大きく進化した。
元々使える量は十二だったのに比べて、あの一晩で増えて現在使える量は――――六十にも及ぶ。
これだけ成長できた理由を考えてみると、死を感じる戦いで『ヒーリングⅩ』と『俊敏上昇Ⅹ』を瞬時に交互に使いながら『シャイニングスピアⅩ』や『ホーリーボールⅩ』への切り替えも何度も行った。
ただ練習をするだけで増えるわけではない。命を懸けた緊張感の中での戦いで俺自身が大きく進化したのだ。
現在使っているものは、『影収納Ⅰ』、『俊敏上昇Ⅰ』を十三人分、俺とイヴとルナにそれぞれ十ずつ掛けられる分量を残している。
普段から『俊敏上昇Ⅹ』を付けたままでもいいが、戻したときの喪失感もあるため、ルナには『頑丈Ⅸ』と『俊敏上昇Ⅰ』を掛けており、イヴには『頑丈Ⅷ』と『俊敏上昇Ⅱ』を掛けている。俺自身は『俊敏上昇』や『黒光剣』を切り替えたりするが、普段は『頑丈Ⅹ』を掛けている。
それによって常に魔力を消耗し続けるが、ときおり『黒外套』を付けると『魔力回復速度上昇』により回復の方が上回る結果となる。よほど黒光魔法をⅩで連発し続けなければ、魔力が枯渇することもなくなった。
こうしてルナを部下に迎え入れることで『商会』を開くこととなり、また新たな戦いの幕が開いた。
――【あとかき】――
いろいろたくさん声に上がるようなので、あとかきで残しておきます。
当作品は現段階で主人公最強モノではありません。(いわゆる、いずれ最強、成り上がりモノとなっております)
18話の時点ではまだまだ強者には手が届きませんが、52話当たりから本格的に主人公最強&無双&つえ~になります。ぜひ興味がある方はそこまで読んでいただけると幸いです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます