第10話 暗殺者、素材を売却するため冒険者になる。
数日が経過して困ったことがある。遂に『影収納Ⅰ』の収納量が最大になった。
それもそうで、毎日何かしらの魔物を狩りに出かけていて、貯まる一方でいっさい処分しなかったからだ。検証の意味合いもあったので、タイミングはわりといい。
貯まった魔物は本当なら屋敷に卸したかったが、ミアのアドバイスでそれもやめることになり、どう処分しようかミアにも相談した。
「坊ちゃまの力で遠くまで行けるんでしたよね?」
「ああ」
「それでしたら……やはり、冒険者ギルドに売るのが一番だと思います。坊ちゃまのお金にもなりますし」
「だがそれでも顔はバレるのではないか?」
「そうなります。そこで、私に一つ名案がございます!」
ミアからの意見を取り入れて、抵抗感もなかったのでそれを試すことにする。
屋敷を出て向かうのは北側。シャリアン街から隣領に行かないと大きい街はないので売ることができない。そこで向かうのはガブリエンデ男爵領の北側にあるビシース子爵領のビラシオ街である。
シャリアン街よりも四倍ほど広く、王国南部で最も大きな街でもある。
ここに来るまで馬車で七日はかかるというのに、『俊敏上昇Ⅷ』で走り続けて、数時間でたどり着いた。
たどり着いてすぐにミアから言われたものを試す。
『影収納』から黒いフード付きマントを取り出して着用してみた。これで顔を隠せるからこれで売ればいい。
だが、もしも何らかの悪意で顔がバレてしまったら、ミアが言う通りにガブリエンデ家に被害が及んでしまうのではないか……?
もう少しいい方法はないかと悩んでいると、またもや姉のことを思い出す。鍛えれば何でもできるという言葉。俺が話したはずなのに姉の言葉となって返ってくる。
そもそもこういうフード付きマントという不確かなもので不安になる。ならば――――いっそのこと魔法で覆ってしまえばいいのではないか?
イメージするのは――――前世の中世時代に
固定化モードでイメージしようとしたが、何故か上手くいかない。そこで、『影収納』のようにイメージをより広げる。
すると――――固定化モードと活性化モードを同時に使うことで俺の頭部に不思議な力を感じた。
近くにあった硝子に映る自分を見つめる。
顔には、顔全体を覆う黒いマスクが付けられており、そのまま背中にマントとフードで頭部を覆う形になっている。
さらに顔を隠しているだけでなく、不思議な力まで感じる。体が非常に軽くなり、意識もクリアになる。さらに、暗闇の中がはっきり見えるようにまでなった。
以前姉は俺の補助魔法がサバイバルナイフの形をしていたのを不思議がっていたが、それを体に付着させるだけで身体能力が上昇するのを嬉しがっていた。内容はただの補助魔法ではあるが、彼女にとっては『装着』している感覚だと話していた。このマスクとフードも感覚的は装着だ。
これを『黒外套』と名付けることにする。こちらも『影収納』同様に魔法を二つ消費する。ただ、こちらは何故だか『黒外套Ⅱ』や『黒外套Ⅴ』のように強化ができない。『黒外套Ⅰ』のみとなるようだ。なので『黒外套』だけは単位なしとなる。
『黒外套』を装着して街を歩くと、大勢の人が俺を見つめる。変なものを見るかの目線は、やはり顔を隠しているのが気になる様子。
だが、異世界にはフルヘルムを被っている兵士や冒険者も多く、フード付きマントを被っている者も多い。何らおかしい格好ではないはずだ。
大通りを堂々と歩いて向かったのは、広場に面している建物の一つで、大きな看板が掲げられた建物。統一感のない人々が出入りしている建物に入っていった。
◆ビラシオ街の冒険者ギルドのとある受付嬢
今日も多くの荒くれ者がやってくる冒険者ギルドで、私は受付嬢として働いています。
中には本気で口説こうとする冒険者さんもいるし、ギルド内の職員たちでも派閥があって、いろいろ疲れることも多いです。
そんなある日、いつもと変わらず仕事をこなしていると、ギルドの正門が開きました。
直後、私は得体の知れない――――冷たい空気に、思わず仕事の手を止めて入口を見ました。それは私だけでなく、職員たちや冒険者たちもみんな注目しました。
冒険者には気性が荒い者も多く、ギルド内の一角で大声で話したりするのでうるさいはずのギルド内が、一瞬で静寂に包まれました。
たった数秒前まではあれだけうるさかったのに……。
入口には一人……男が立っていました。外見からして男で、まだ成人もしてなさそうな体つき、でも、何か得体の知れない冷たい気配がして、今すぐにでもこの場から逃げ出したいほどです。
そんな彼の、背筋が凍るほどの冷たい視線がギルド内を見回します。まるで、獲物を狙う狩人のような。ターゲットを狙う――――
みんなが冷や汗を流しながら彼の動向に注目していると、彼の目と私の目が合いました。
綺麗な黒い瞳に吸い込まれるように目を離すことができませんでした。
彼は当然のように私の方に歩いてきました。
「魔物素材を買い取ってほしい」
いっさいの感情がないような冷たいとも虚無とも取れる言葉に返事ができずにいると、「ここは買取窓口じゃないのか?」と質問をしてきました。
買取窓口じゃないのか……?
あまりにも想像とは裏腹な言葉に何故だか――――クスッと笑みが浮かんでしまいました。
「ご、ごめんなさい。ここは依頼の受付でございます」
「そうか。間違えてしまった。買取窓口はどこだ?」
「案内しましょうか?」
「ああ」
感情が無いように見える瞳と声。入ってきた瞬間も冷たい気配がしたのですが……目の前にすると意外と可愛らしくて、やはりまだ成人もしていない男の子みたいです。それに口ぶりからして、どこかの貴族の令息の可能性がありますね。あまり隠そうとはしないのでしょうか?
「こちらが買取窓口になります。冒険者プレートはお持ちですか?」
彼は答えることなく私をじっと見つめます。きっと……困ってるんだと思います。
「冒険者にならなくても買取はできますが、冒険者になることでランクによって買取額が増えたり、素材依頼に変換できたりといろんな特典がございます。特段デメリットもございませんが、プレートを再発行時に手数料がかかるくらいがデメリットでございます」
「ふむ。個人情報は?」
「ございません。必要なものは登録名と登録手数料だけでございます」
「なら頼む」
「かしこまりました。では買取の前に冒険者登録から進めるので、再度向こうの受付にどうぞ」
ギルド内がまた少しだけ活気付きましたが、やはり彼の存在が気になるようで、あまりうるさくはなりません。中には睨みつける冒険者までいます。
ギルド内でいざこざはペナルティ対象なので、誰も彼に突っかかったりはしませんが、外ではそういうこともあると聞きます。彼は大丈夫でしょうか?
「登録名を教えていただけますか?」
「…………」
「あの……?」
「…………」
無表情ですが、ものすごく困ってそうな雰囲気です。
「えっと、どんな名前でも結構ですよ? 本名じゃなく作った名前でも構いません。中には『ドラゴン』なんて名前を登録なさった方もいらっしゃいます」
無表情なのに少しだけ安堵した雰囲気が伝わってきます。そして、彼は静かに口を開きました。
「ダーク」
「ダークさまでございますね。はい。こちらに登録完了でございます」
ランクや冒険者制度を軽く説明して、再度買取窓口に案内しました。
担当の人が怪しそうに眺めます。だって、買取だというのに彼にはいっさいの荷物がないのですから。
そう思った次の瞬間です――――なんと、彼は荷台の上に大量の魔物の亡骸を召喚したのです。
「『アイテムボックス』持ちか! あんさん。すげぇな」
「こちらを全部」
「わかった。ちょっと量が多いな。明日また来てもらうことはできるか?」
「わかった」
そう言い残した彼は、大量の魔物を残してギルドを後にしました。
『アイテムボックス』なんて持っている人は世界でも数えるほどしかいないというのに、それをいとも簡単に見せる彼に、ギルド内はすぐに騒然としました。
もちろん、私も初めて見る『アイテムボックス』に驚きました。
お名前は『ダーク』さま。これからその名前を覚えておこうと思います。
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