第9話 暗殺者、魔法を試してたら合成になった。
姉が入学して屋敷はすっかり静かになったものだ。毎朝の素振りの音も聞こえなくなって、メイドの中には少し寂しがる者までいた。
俺はというと――――来年までの一年間、自由にしていいと言われた。基礎的な勉強は既に終わっているし、才能を伸ばすなり、自習をするなり、はたまた遊んで過ごすなり、俺の好きに過ごしていいと父から言われた。
母は最初こそ反対したが、俺が聖女アリサのプロポーズを断ったことを知ると、自由に好きに過ごしていいと満面の笑みで話していた。
そこで俺が最初に取り組むのは、魔力総量を増やす――――ものではなく、魔法の鍛錬だ。
魔力総量は以前計算した最初を1とした場合、今では1000にも及んでいる。正直にいえば、持て余すほどである。
魔力総量は足りたが、次の問題は俺が使える魔法の分配の練習が圧倒的に足りてないことだ。
三つのモードを同時使用の際に、10という分量で、最低1で最大で10振り分けることができるのだが、その総量も増やしたいのが今回の狙い目だ。
つまり、魔力総量がいくら増えても、最弱にして同時に補助魔法を十人分までしか発動できないし、一つに集中しても十までしか込められないので、それ以上に強力な魔法にもできないのが難点だ。
そこで最初にやったのは、補助魔法を使って体の身体能力を上昇させることだ。
全身に補助魔法俊敏10を付与する。これでも魔力総量が1000となって俺にとって、一日中かけ続けても魔力を使い切ることができない。むしろ、これ以上魔力総量を増やすために気絶することすらできないのだ。
屋敷から全速力で東を目指して走る。
今まで感じたこともない速度で景色が通り過ぎる。それほど身体能力が上昇したのだ。
馬にでも乗っているかのような速度で走っても疲れない。それだけ『俊敏』というステータスには、速さだけでなくスタミナが上がるという利点もある。
ガブリエンデ領の中心地シャリアン街から東に向かうと、ファリア村がある。のどかな村で、一面に広がる穀倉地帯で主食である小麦を育てて生計を立てている。
ここまでくるのに馬車で数時間かかるというのに、まさか一人で走って来れるとは思いもしなかった。それくらい異世界での魔法の力は大きいか。
異世界に魔物が存在していてこれだけ穀倉地帯が平和に広がってるのには理由がある。魔物は基本的に世界にちらばっている魔素というものから生まれるが、魔素が集まる場所というのが存在する。
それが――――森だ。
意外にもこの世界での森という存在は魔素の溜まり場となっており、濃さによって現れる魔物の種類が違う。地脈によって流れ込む魔素の濃さが違うという話があるが、どこまで正確な情報かは不明だ。
そんな森に現れる魔物は、本能のまま殺戮を行うが、人が空気を求めるように魔物も魔素を求めるため、森から出てくることはほぼない。つまり、魔物を倒そうと思うと森に行かないといけない。
うちの領地が穀倉地帯であり、魔物狩りを生業にしている冒険者たちに人気がない理由にもそれが関わっている。なぜなら――――ガブリエンデ家の領地には森がほとんどないからだ。
あるにはあるが、どの森の魔素量も少なく、そこから現れる魔物は最弱であまり肉が獲れない魔物ばかりで、素材も安い。わざわざ冒険者たちが狙うまでもなく、地元の狩人たちが狩る程度だ。一番強くてもフォレストベアくらいだが、フォレストベアが森から出てくることはほぼない。
それによって平和が実現した家の領地は、穀倉地帯で働いている農民もみんなゆるい表情をしている。
村をさらに越えて近くにある森の中に入る。角が生えた兎は中型犬くらいあり、跳躍力で鋭い角で刺してくるので、見た目以上に危険な魔物だ。
久しぶりに魔物との戦いをする。最近まで魔力総量を増やすために気絶を繰り返すだけだった上に、基本は姉が倒していたからな。
使用中の補助魔法10から2を減らし、固定を1と1で両手に展開する。両手に黒い光の剣が現れ、俊敏上昇8がかかった状態だ。
一角兎に走り込んで気付かれる前にその首を刎ねる。これくらいの魔物なら固定1で作った剣でもすんなり斬れる。
地面に横たわった一角兎の亡骸。そのまましておくわけにもいかず、どうしたものかと悩む。
魔素から生まれた魔物は生き物という感覚はないし、この世界に住まう者も同じ感情だ。ただ、食糧となる肉をそのまま放置することは、あまり褒められたものではない。
王都に行った際にもスラム街では腹を空かせている子どもも大勢いることだろう。
だがこのまま手に持つとなると……荷物になってしまうな。リュックを持ってくるべきだったか?
ふと、姉の言葉を思い出した。
鍛えれば何でもできる……か。俺が言った言葉を今でも愚直に実行している姉。姉のわがままのおかげで魔力総量を増やす方法を見つけた。
ここが異世界で魔法があるなら、こういう荷物を持ち運べる何かを魔法で作れないか? 固定で剣を作っているが、これでリュックを作れば持ち運べるのではないか?
さっそく試す。
結論。できなかった。
イメージというのは厄介で、俺にとって魔法をリュックの形にイメージすることは不可能だった。リュックや鞄をイメージはできても、それを魔法で具現化するイメージができない。
そういえば、闇というのは何でも吸収するものだ。光ですら飲み込むほどに闇というのは飲み込む性質がある。俺の黒い光は闇ではない。あくまで光だ。闇の力を持っていないので、何かを吸収することはできない。となるとやはりリュックの形で荷物を入れる物を想像するしかないのか……?
そのとき、空に浮かぶ日の光が後ろから差して、前方に影ができて俺の体の形になっている。
影と影はお互いに飲み込み飲み込む。影となることで誰にも見つかることなく動くことができる。
異世界暗殺者と対峙したあの日、俺の体は何故か影に変身できた。あの暗殺者もそれに近い何かをやっていた。
影。
“暗殺”で最も大切な力とも言える。俺にとって影は――――
そのとき、俺の影が揺れた水面の波紋のように広がる。その上に乗っていた一角兎の体が影の中に落ちていった。
なるほど。固定化モードと魔法モードを
これを『影収納』と名付ける。
影収納は固定化モードと魔法モードを同時に使わなければならず、2を消費し続けるため、残り8で運用しなければならない。さらに影収納の広さを広げるならもっと消費しなければならず、利点があるだけではない。
今回の固定化モードと魔法モードの合成もあり、魔法発動の数に単位を設けようと思う。
単位は
例えば『影収納Ⅰ』、『黒光剣Ⅰ』を両手で二つ、『俊敏上昇Ⅴ』、『筋力上昇Ⅰ』を発動させると俺の限界10を使うことになる。もちろん、使う魔法の種類は随時変えて同時発動させていく。
場合によっては『影収納Ⅹ』を発動させれば、荷物を大量に運ぶこともできそうだ。
その日は『影収納Ⅰ』『俊敏上昇Ⅵ』『黒光剣Ⅰ』を二本を使い続けて狩りを続けた。
『影収納Ⅰ』には、中型犬サイズの一角兎を百頭入れても埋まることはなかった。想像以上にⅠでも広い。さらに重さ制限もないように感じる。
屋敷に戻り、検証のため『影収納Ⅰ』を発動させ続けて様子を見た。
数日経過してわかったことは、『影収納』に入れた物は時間が停止することがわかった。入れていた一角兎はいっさい腐ることなく、まるでさっき倒したばかりの鮮度を保っていた。
さらに入れられる物の種類だが、生き物を入れることはできなかった。生きた魔物を入れようとしたが、入らなかった。もちろん、人も俺自身も。
素材から金属、調度品、出来上がった料理まで入り、最後に試した水までもが入った。ただ、水の場合、入れるのは簡単だが取り出すのは難しく、出した場合そのまま液体状で出るため使うことは難しい。しかも影から出てくるので水を掛ける行為もできない。せめて影の中に手が入るなら水をすくえるのだが。
『影収納』の検証もいろいろ終わって、狩りを終えたものは屋敷の者に渡すことにした。
「ミア。狩ってきた魔物を屋敷に渡したい」
「アダム坊ちゃま。かしこまりました」
ミアの前で影から一角兎を取り出す。
「アダム坊ちゃま!? お、お待ちください! それは……坊ちゃまの力ですか?」
「ん? ああ」
「…………」
彼女は周りを見回して誰もいないことを確認して、またすぐに仕舞うように言ってきた。
すぐに俺の部屋まで行き、ソファーに座った俺の前に座り込む。
「坊ちゃま。いいですか? その力は誰にも見せてはいけません」
「どうしてだ?」
「その力は『アイテムボックス』という収納スキルに似ています。収納スキル持ちはそれだけでものすごい力になります。坊ちゃまもご存知のように各団体が放ってはおかないでしょう。今の坊ちゃまは教会と王国からもアプローチがあると聞きました。そこに――――商会団体までもが入ることになるでしょう。商会だけならいいですが……盗賊ギルドなんて目を付けられたら何をされるか…………」
「なるほど……荷物を隠せる絶好の場所にもなるってことか」
「その通りです。坊ちゃま。その力は、けっして誰にも伝えてはいけません。いいですね?」
「わかった」
ミアは安心したように笑みを浮かべた。
どうして彼女がそこまで詳しいのかはわからないが、俺のためなら何でもする彼女らしいなと思う。それに、誰よりも先に俺の心配をする彼女は信頼できるメイドであるのは言うまでもない。
それにしても盗賊ギルドか……いつか対面する日もあるかもしれないな。
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