第8話 暗殺者、断る。

 うちの街にある教会も白色を基調とした美しい作りになっているが、王都の大聖堂は比べ物にならないほどに美しく、巨大で、得体の知れない力を感じられる。


 まるで神に祝福されている聖なる場所かのように、ここでは全ての人が等しく神の下僕であると錯覚させられるほどだ。


 中に入ると、すぐに一人の少女が俺たちの前に立つ。


 綺麗な金髪のウェーブかかった髪は腰まで伸びており、端正な顔立ちはまだ俺と同年齢くらいの幼さなのにどこか大人びており、その美しさに脱帽してしまうほどだ。


 今まで幾度も美しい彫刻品を見てきたが、彫刻品では到底敵うこともできない神々しいさえ思える美貌である。


「はじめまして~」


 その口からは幼いながらも、鳥がさえずるかのような綺麗な声が発せられた。


「はじめまして」


「私はアリサです。貴方は?」


「アダムです」


「うふふ。ここで会えたのは――――運命ですね」


 運命……? 今日初めて会ったはずだが……この少女は俺を知っているというのか?


「才能『カーディナル』を持つ者。アダムさまですね」


 なるほど。彼女も普通ではない・・・・・・ということか。


 隣に立っていた父が驚いた表情を浮かべて頭を下げた。


「貴方様が噂に聞く聖女アリサ様でしたか。アダムの父アレクと申します」


「アレクさま。遥々遠くまでありがとうございます。本来なら私が直接向かいたいところですが……」


「いえ。聖女様もまだ幼い。事情は手紙で聞いております」


 今まで教会から誰一人来なかった理由として、同じ年・・・に生まれてしまった『カーディナル』よりも上の才能。人族の中でもっとも重要な才能の一つである『聖女』が誕生してしまったことだ。


 きっと教会もあらゆる手を使って『聖女』を迎え入れたんだろう。それによって『カーディナル』である俺は放置されたわけだ。


 そして、できるなら姉の入学の日である今日、訪れてほしいと言われているのだ。


 学園は入学者以外、両親や部外者すら入れないのもあって、今日このタイミングでお邪魔したということだ。


「教会を案内しますね~」


 彼女は満面の笑みで俺の右手を引っ張る。いつも姉に左手を引っ張られるから右手を引っ張られるのが中々不思議だ。


 そのまま拒否してもいいのだが、父の苦笑いを見て従うことにする。そのまま大聖堂のあっちこっちを紹介されるが、あまり興味がないので覚えていない。


 最後にやってきたのは、天井から多くの光が差し込んで神々しい雰囲気の礼拝堂という場所だ。祭壇の上には純白な衣装を身に纏い、白いビレッタ帽を被っている女性が祈りを捧げていた。彼女も聖女アリサ同様に綺麗なストレートロングの金髪を輝かせている。


「教皇さま~アダムさまをお連れしましたよ~」


 祈りを捧げていた教皇と呼ばれた女性が体を上げてこちらに振り向いた。


 綺麗な人だが……想像していたよりもずっと年齢が上だった。大体六十代の女性か。顔には少しシワが目立っているが、それでも美しいと思えるほどに美麗だ。


「ありがとう。アリサ」


 笑顔を見せた教皇は速足で俺の前に降りてくる。


「はじめまして。テミス教の教皇をやっておりますグレースと申します」


「アダム・ガブリエンデと申します」


「本日は教会に訪れていただきありがとうございます。教会はいかがでしたか?」


「白かったです」


 一瞬教皇の顔がポカーンとして苦笑いを浮かべる。


 教会は全体的に白と白と白という感じで、白一色ばかりだ。たまに金色。教皇の衣装にも金色の刺繡が入っているが、基本的に純白色だ。


「白はお嫌いですか?」


「嫌いというより、僕は黒ですから」


 彼女の前で魔法を見せる。黒いサバイバルナイフが俺の右手に浮かぶ。彼女は真剣な表情で俺の魔法を見つめ、隣からは興味ありげに聖女が覗き込んでくる。


「それがアダムさまの魔法なんですね! 珍しい剣ですわ!」


「そうね。アダムさまのイメージは、意外にも武器・・ですのね」


「あら? 教皇さま? これは――――武器ではありませんよ?」


 聖女アリサの言葉に首を傾げる教皇。もちろん、俺も父もだ。どこからどう見てもサバイバルナイフは短剣に見える。武器で間違いないのだ。


「確かに形は短剣に見えますが、この剣からは――――とてつもない優しさが伝わってきます。人を傷つけるような武器ではありません」


 彼女の心から放たれた言葉に、今まで感じたこともない感情が沸き上がる。心臓が跳ね上がるが、それを表に出したりはしない。


 前世での出来事を考えれば、俺にとってこのサバイバルナイフは平和の象徴だ。それを彼女は汲み取ったというのか……?


「ふふっ。きっとこちらの短剣はアダムさまを守ってきた大事なものなのでしょうね。それにしても……綺麗な黒色ですね。私は……残念ながらこういう光しか出せませんわ」


 聖女アリサは綺麗に光る球体を一つ浮かび上がらせる。それから感じるのは強力な回復力である。俺の回復魔法なんかよりもずっとずっと強力だ。


「アリサさまの魔法はとても綺麗です。残念などと言う必要はありません」


「本当ですの!? アダムさまが綺麗だと仰ってくださるなら、私はそう信じます!」


 不思議な娘だ。今日初めて会ったというのに、初めて会った気がしないというか。身近に感じてしまう。


「アダムさま。テミス教の教皇として誘わせてください。こちらの聖女アリサとともに、我々テミス教から多くの人々を救ってはいただけませんでしょうか?」


「それは教会に所属しろということでしょうか?」


 見つめた教皇は笑みを止め、真剣な表情で俺を見下ろす。


「端的にいえば、そうなりましょう」


「それなら――――お断りさせていただきます」


「そうですか……理由を聞いてもよろしいでしょうか?」


「そもそも僕が教会に所属する繋がりが何一つありませんから」


 すると、右手を握る感触が伝わってくる。


「あ、あの! アダムさまっ!」


「はい」


「もし繋がりが必要なのであれば――――わたくしと結婚してください!」


 突然の言葉に教皇も父も口を開いた。そして、教皇が何かを話そうとしたが、それより先に俺が言葉を放つ。


「お断りします」


「あ……あぁ…………ご、ごめんなさい……私なんかでは…………やっぱり釣り合わないですよね…………」


「いえ。そもそもアリサさまとは今日初めて会ったばかりですし、僕はガブリエンデ家の長男ですので、結婚をおいそれと受けることはできません」


「私が嫌いだからではありませんの……?」


「ええ」


「じゃ、じゃあ! 私がアダムさまに似合う人になれたらそのときは!」


「そういう未来もあるかもしれません」


「っ! はいっ! 私、頑張ります!」


 一体この娘は何を頑張るというのだ。そもそも初対面の人に結婚を申し込むほど無謀な娘だとは見えないのだが……。


 大きな溜息を吐いた教皇は「我々教会はいつでも貴方を受け入れる準備をしております。いつでも困ったことがあれば、頼ってください」と話してくれた。


 それから聖女アリサによって再度教会の案内を受けて談笑を交わして、俺は父とともに王都を離れて故郷へと戻っていった。




「アダム……あんなに冷静に判断するとは、驚いたぞ」


「恐縮です」


「…………俺の子なのが驚くほどに冷静沈着だな」


「いえ。僕も驚いてます。心臓がバクバクしておりました」


「ぷふっ。そうは全然見えなかったな。それにしてもやはり教会から誘いがきたな。本当に教会に所属しなくてよかったか?」


「はい」


「理由を聞いてもいいかい?」


「…………姉上を暗殺しようとした暗殺者。まだその首謀者がわかりませんから」


「!? まさか……教会の差し金だと思っているのかい?」


「教会だという確証はありません。ですが、そうでないという確証もありません。可能性はあるかもしれないとだけ」


「…………まさかそんなことを思っているとはな。驚いた……」


 父は目を大きく見開いて窓の外を眺める。


 何を考えているのだろうか。こういう人の裏を考えようとする俺に呆れてしまったのだろうか。


「ふふっ。だが安心した」


「?」


「アダムが自分の考えをしっかり持っているのはわかっていたが、俺が想像していたよりもずっとすごくて父として安心したよ。それに――――」


「それに?」


「――――あんな可愛い女の子の告白をあっさりと断れるんだから、母さんも安心して学園に行かせると思う」


 母さんも普段から「悪い女の子に騙されちゃダメよ!」というけど、そもそも「悪い女の子」って誰のことなのかさっぱりわからない。


 まあ、家で働いているメイドたちは四六時中父を誘う気満々でいるが、ああいう人たちを指すのかもしれないな。


「父上」


「うん?」


「父上は――――僕が彼女と結婚した方がいいと思いますか?」


「!?」


 向かいに座っていた父はすぐに俺の前にやってきては、目の高さを合わせて両手を俺の肩に乗せてきた。


「アダム。俺は家のためにとかそういう理由で結婚なんてしてほしくない。俺も母さんと結婚するときはいろいろあったが、母さんを好きになって結婚できて後悔なんてしてないし、今でもずっと幸せだ。アダムにも家のためとかではなく、自分が好きになった相手を結婚してほしい」


 曇り一つない目で見つめる父。それが本心であることくらい見抜くのはとても簡単なことだ。


 ガブリエンデ家の人はみんな真っすぐな性格をしている。自分の感情を隠すのは下手で、いつも真っ向から向き合ってくれる。父も母も姉も。


 俺は……ガブリエンデ家の…………息子にちゃんとなっているのだろうか?

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