第7話 暗殺者、姉の入学を見送る。

 異世界には大きな脅威がある。それは――――魔物という存在だ。


 自分よりも遥かに巨大な熊のような魔物に対峙する姉。鋭い牙と爪は熊など比べ物にならないくらいに恐ろしい姿をしている。


 名はフォレストベア。魔物に付けられる強さを表すランクEランクからSランクの中で、Dランクと言われているこの魔物は、魔物の中でも弱い方であるが、その姿は非常に恐ろしい。その上、強靭な力を持っているのだ。


 普通の村娘なら一目散に逃げるだろうが、姉は静かに鞘に手をかける。そして――――風のようにその場から一瞬でフォレストベアを通り過ぎる。


 何が起きたか理解できなかったようで、フォレストベアは後ろを向いて再度姉に襲い掛かろうとした。が、頭両手両足が離れ、六等分になってその場に倒れ込んだ。


「う~ん。アダムから教わった削ぎ斬るが難しいよ~」


「姉上。完璧でしたよ」


「遅い相手ならね~これ以上速いと五連斬撃が限界かな……」


 前世でもそこそこ名を上げた俺ですら五連斬撃を一つ一つ丁寧に削ぎ斬るのは難しいというのに、姉の才能の高さには舌を巻く。


 削ぎ斬るというのは、斬る寸前に真っすぐ刃を当てるのではなく、刃を流れるように斬り付ける行為で、それを一瞬で五連続行う姉。末恐ろしいものだ。


「アダムぅ~また補助魔法かけてよ~」


「ダメです」


「え~ケチ~!」


「あまり慣れるものではありません」


「むぅ……じゃあ、ずっとかけてくれたらいいじゃん」


「ずっと……ですか」


 俺の魔法は以前話した通り三つのモードを形成することができる。全部で10ある数値を最低1ずつ振り分けて同時に使うことができる。例えば、筋力上昇バフ魔法1を十人分。筋力上昇バフ魔法5と回復魔法3と固定魔法2を同時に使うことができる。


 補助魔法を一つに集中させ複数を入れることで、より上昇する効果が高まるので、発動種類を増やすだけがいいわけでもない。


 魔法は発動しているときにずっと魔力を消耗し、発動数が増えれば増えるほど消耗する魔力も大きくなるし、一つに集中すればするほど魔力消耗も大きくなる。


「僕の魔力は無限じゃありません」


「むぅ……アダムのケチ! アダムはすぐに鍛えれば何でもできるって言ってくれるのに、魔力は増やせないの? 一年くらい私に補助魔法かけられるくらいになってよ!」


 なってよ! と言われても…………だが、姉の言うこともわかる気がする。体は鍛えれば筋肉が付き、体幹を鍛えれば強くなる。では魔力は? 魔力の量を鍛える方法はあるのか? そもそも覚醒した日から魔法の使い方は上達したが強くなった感じはしない。


「少し面白いですね。それを試してみましょう」


「えっ……?」


 俺は体の頑丈さを上げる補助魔法を、いつものサバイバルナイフ形で作り、姉の体に――――差し込んだ。これなら、補助魔法にかかってる感じに見えない。


 可愛らしい姉に禍々しい黒いサバイバルナイフが付着している様は少し異様に思えたから。


「これってなに?」


「頑丈さを上げる補助魔法を最弱にしました。姉上の体の内側に置いてます」


「外じゃなくて?」


「外でも内側でも構わないのですが、見えない方がいいかと思って」


「え~私は見たいのに……」


「体の中にあるから問題ないのでは?」


「…………」


 するとニヤっと笑った姉は「それもそれでありね。私の中にアダムの魔法が……」と言いながら、サバイバルナイフを入れ込んだ腹部を触った。


 それはいいとして、これでどこまで持つか・・・・・・・検証だ。こういう検証はしたことがなかったので、ちょうどいい。


 一時間後、魔力が減り少し倦怠感を覚える。


 三時間後、魔力がかなり消耗して、全身に力が入らない。


 六時間後、全身から大量の汗が流れ、立っているのもしんどくなった。


「アダム! もうやめて!」


「いえ。これもいい検証になりますし、鍛えることにもなります」


「ごめんなさい! 私が悪かった! もうわがままは言わないから……アダムが辛くなってほしいわけじゃ……」


「姉上……いえ。これも鍛錬です。姉上に言われて気付きました。鍛錬というのは、安定したままでは大した成果はありません。極限にいてこそです…………これでいい。見守っててください」


「アダム…………わかった。でも、それで病気したりしちゃダメだからね?」


「ええ」


 冷たい水で濡らしたタオルでソファーに横たわっている俺の汗を拭きながら、心配そうに見守り続けた。


 検証はさらに進み、八時間くらいで魔力欠損症により気を失った。




 それから毎日検証を重ねることでわかったことがある。気を失うたびに魔力総量が上昇することだ。しかも、上昇する量は一定ではなく、気絶を繰り返せば繰り返すほど増える量もどんどん上昇していく。途中から増える魔力総量を効率よく上げるために姉にかける補助魔法に使う魔力をぐっと増やしている。頑丈さなら上がっても身体能力にそう差は感じないはずだから。


 元々あった魔力量を1とするなら、半年が経過する頃には、150を超えるようになった。魔力量を増やすきっかけとなった姉の意見には感謝するばかりだ。


 それともう一つわかったことは、『カーディナル』の特性なのか、魔法が自分に与える効果が他人にかけるものよりも効果が高い。いや、逆かもしれない。『カーディナル』の魔法は自分ではなく他人にかけた場合、効果が軽減する。


 『カーディナル』がどうして黒い光なのか、少しだけわかった気がする。誰かを照らすのではなく光を吸収する闇のように、自分を強化するかのようだ。


 誰かのためではなく自分のため。聖職者であるはずの才能でも誰かのためになりにくいのは、前世から転生して与えられた試練なのかもしれないな。




 魔力総量を増やすためにもっと効率いいことを考える。そこで面白いことを思いついた。


 気絶して目覚めるまで五時間はかかる。魔力欠損症による回復だからだ。だが、俺には『カーディナル』の力がある。それを使えば気絶すら回復させてしまうことができるのではないか?


 その仮説は――――見事に的中した。


 気絶する前に『回復魔法』を展開し続けることで、気絶した瞬間に残った魔力の残滓のおかげで、たった一分ほどで気絶が回復できた。


 さらに魔力総量を上げるのに役に立ったのが、すぐに起き上がることだ。つまるところ、五時間も眠っていると魔力の自然回復のせいで使い切るのに時間がかかることだ。たった一分の回復量なら十秒もかからず使い果たすことができる。


 これによって、俺は気絶をしたら回復魔法で一分ほどで目が覚め、再度回復魔法を展開させて気絶をしてを繰り返す。


 今までの効率が嘘のようで、とんでもない高回転率を記録できた。


 そして――――時間が過ぎ、秋から冬へ、冬から――――春になった。




 ◆




 長い時間をかけて初めて王都に向かう馬車に揺られる。その時間も姉は鍛錬をやめることなく、ずっと自分を鍛え続ける。


「ソフィア? 少しは休んだらどうだ?」


「ダメです。私が休んだらそれだけアダムに置いていかれてしまいますから」


「姉上。置いていきませんよ?」


「いいの。私がそう感じるんだから」


 いつしか勉強や鍛錬嫌いだった姉は、すっかり鍛錬好きになってしまったな。


 数日間、お互いに鍛錬を繰り返しながらいくつかの街を経由して王都にたどり着いた。




 水平線上に広大な街の姿と、その奥に立派な城が見える。


 王都に繋がっている大通りにも多くの馬車や道を歩いている人々を、普段は絶対に見ることができないからと姉と俺は馬車の中から驚いていた。ちなみに王都が近くなって馬車の天井での鍛錬は禁止になった。


 王都は一つの広大な都市となっており、端から端まで歩いても数日はかかるほどの規模感になっている。


「ソフィア。アダム。王都は下層、中層、上層、貴族層、城の五段階に分かれている。城にはもちろん王族が住んでいるが、その他の貴族は貴族層に住んでいる。面積もかなり広く取られていて、向こうに見える城の真下に見える範囲の屋敷が全て貴族層さ」


 父が指差した場所に注目する。


 確かに城の近くには遠くからでもわかるほどに高級そうな屋敷が並んでいる。


「次は上層、中層、下層だけど、こちらは平民が住まう場所になっている。あそこに見える正門から入った場所は『中層』となっていて、平民ゾーンの中では一番広い。平民の普通を想像してくれたらいいと思う。『上層』は貴族層と中層の間にあって、いわゆるお金持ちの平民が住まう場所になっている。それと騎士位や特別男爵も貴族層に住めずに上層で住む場合もある」


 中層と呼ばれる普通の場所は、白色に統一された壁で作られた建物が並んでいる。おそらく建物の様式まで王国側から決められているのだろう。そうでなければ色の統一などしないはずだから。


「中層だけでも十区も分けられていて、一つの区でもうちの街くらいは広いのさ。上層は四区に分けられているね。そして、最後の下層なんだけど――――それはあっちさ」


 父が指差した場所は王都のハズレというべきか、壁の外・・・にボロボロの材料で作られた建物が並んでいる場所を指差した。広さは中層に負けないくらい広がっている。


「あちらが下層。通称スラム街だ。見た目からわかると思うけど、乞食などが住まう場所になっている。もちろん治安も悪い」


「父上。下層もかなり広いように見えますが……?」


「ああ。その通りだ。年々増えている感じだな。二人にはまだ馴染みがないが、我が国は今でも戦争をしている。隣国とな。隣国はうちの国よりも強行策を取っているので逃げてくる難民も多い。それに…………残念ながら戦死してしまった兵の家族もいたりするからな」


 前世では国よりも国民の方が大事にされていた。救済策なんてのも存在したが、戸籍がなかった俺には意味のないものだったが、それで助かっている人を引退してから多く見ている。


 きっと異世界では親がいなくなれば引き取ってくれる行政など存在しないのだろう。教会も……結局はこの一年間で一度も訪れることもなく、ただ数枚の手紙を寄越すだけだった。俺が思っていた教会とは根本から感覚が違うようだ。


 馬車はやがて正門をくぐり、広い中央通りを真っすぐ進んでいく。


 周りには人の波が凄まじく、あまりの多さに姉は目を輝かせていた。俺は久しぶりの人波に少しだけ懐かしく思えた。


 馬車は中層を通り、上層を通り、貴族層の門で検査を受けて中に入った。


 事前に予約していたホテルに馬車を留めて、数日後にある姉の入学式まで最後の時間を過ごした。


 これから学園に入ることもあり、王都の散策などには出ず、他の貴族派閥に巻き込まれたくなかったのもあり、ホテルで三日ほど生活をして、姉は学園に入学した。


「アダム……一年間会えないけど、私のこと忘れちゃ嫌だよ……?」


「姉上を忘れるなど、ありえません」


「うん……行ってくるね」


 あからさまに寂しがる姉の後ろ姿を見送り、俺と父は――――教会にやってきた。

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