第6話 暗殺者、姉を鍛える。
月日が流れ、姉も俺もそれぞれの鍛錬を続けて覚醒した才能をどんどん伸ばした。
俺が覚醒してから一年が経ち、姉が十二歳、俺が十一歳になった。
ガブリエンデが所属している『ミガンシエル王国』は、大陸にある王国四つのうち一つであり、南側に面している王国で、温かな気候が特徴的だ。
土地は広大だが、それが却って交通の便の悪さをつくり、土地としてはあまり人気はない。さらに――――全ての利益を少人数が支配している世界なのもあり、豊かな穀物でも住民たちの生活はあまり裕福ではない。
ガブリエンデ家はというと、ミガンシエル王国内でも最も田舎であり、王都からうちの領地にくるまで馬車で何十日もかかってしまう。
最初こそ姉の『剣神』に魅入られた多くの貴族が顔を出していた去年だが、その足もすっかりなくなった。一番の理由は、やはり距離。来るまでも大変だが、来たとて上品な料理が食べられるわけでもなく、高級ベッドで眠ることもできず、帰るのも一苦労。いくら魅力的な才能を持つ人がいたとしても、貴族たちが敬遠するようになるのは理解できる。
ただ、いまでも手紙はひっきりなしに届いているので、姉は毎日愚痴を言いながら手紙を返していた。虚無そうな目は哀れにすら思えるほどだ。
今年は、本来なら来年するはずの領地内に顔出しに向かう。
俺はガブリエンデ家の長男として、ガブリエンデ家を継ぐことになる。領地民にとっては未来の領主というわけだ。十二歳のときに回るのが通例だが、姉のわがままで今年回ることになった。
生まれて十年以上馬車に揺られることはなかったが、さすがに領地周りは馬車を用いる。馬車は乗り心地はあまりよくないと思われたが、魔道具が発達したことで非常に良い乗り心地になっていた。
椅子の下に大量の本を積んでおり、移動中は大半が読書だ。
「アダム~また魔法見せて~」
姉よ。俺の魔法は見せ物ではないが…………。
俺の心を読んだのか、あの鈍感過ぎる姉が目を細める。
このままスルーしてもうるさくなるだけだし、馬車内は狭いのもあるので、仕方なく魔法を発動させる。
空中に黒いサバイバルナイフが現れる。
「これはヒーリングよね?」
手を伸ばしてサバイバルナイフに触れるが、触ることはできない。これは魔力でできてるから、空気を触ろうとしているのと同じことになる。さわることはできないが、触れていると傷が回復する。
「アダムの回復魔法って……不思議だよね」
「不思議ですか?」
「だって――――武器って癒すというより、傷つけるものなのに、アダムの回復は武器なのよね~」
それを聞いた父はクスクスと笑う。
魔法はイメージが大事なので、同じファイアボールといってもみんな形が違う。が、普通のイメージは大体似たものがあるのだが……回復は大半の聖職者がキラキラした光をイメージしているから神々しい。俺は…………。
「…………」
「聖職者って刃物を嫌うって聞くのに、変なの~」
「本当にアダムの魔法は不思議だな。聞いていた通りだが、黒色で人を癒すというのは不思議なものだな」
父も不思議そうに空中に浮いたナイフを見つめる。
「これってアダムは触れられるんだよね?」
「はい」
ナイフを手に取ってみる。どんなものよりも手に馴染む大きさ。刃の長さもとても手に馴染む。
このサバイバルナイフは、前世で俺が引退するときに世話になった仲介業者がくれた土産だったりする。あれから何年も使ったこともあり、随分と手に馴染むのだ。
――――唯一、人を傷つけなかったナイフだ。
だからなのだろう。俺にとってナイフは暗殺道具だったのに、このサバイバルナイフだけは、俺にとって“平和”の証なのだ。
「でもでも~すごくかっこいいよ! 私はすごく好きかな!」
「そうだな。人それぞれ形があるのだからな。形が大事なのではなく、アダムもソフィアもこれから何を成し遂げるかが大事なのだからな。自分の気持ちに素直に生きることも大切にな」
ガブリエンデ家はいわば没落貴族の一家だ。大昔は名門として王都の一角に土地を持つ貴族だったが、どんどん落ちぶれてしまい、田舎の土地に左遷されたほどだ。
それから代を重ね父の代となり、今代はだいぶと順調で優しい経営に領民からの温かい声が届いている。それも父の優しさなのだろう。
没落貴族からこんなに心優しくて働き者でイケメンが生まれたのは奇跡だとメイドたちが言っていたのを思い出す。
母は一般人ではあるが、その美貌は領地内でも有名で、領地外の貴族からのアプローチも多かったそうだが、同級生だったこともあり、二人はお互いに一目ぼれだったそうだ。
「ソフィア。来年の準備はそろそろできたか?」
「…………」
何も言わず、怒ったように頬っぺを膨らませて父を見つめる姉。
「あはは……仕方ないだろう? ソフィアとアダムじゃ年齢が違うから。でも一年待てば、アダムも
「それが嫌なんです! アダムと同級生になりたいのに!」
姉がわがままを言うのは、王国貴族として必ず王都にある学園に入学しなければならず、そこに俺と同じ学年に入学したいとの意見だ。最上級才能である姉は、王から熱烈な手紙を受け取ったくらい、多くの人たちの注目の的になっている。当然、今年入学しないわけにはいかない。
「私、当日熱を出して……」
「アダムに治してもらうから」
「…………それもちょっといいかも?」
「母さんに怒られるのは?」
姉の顔から血の気が引く。
「そ、それは…………」
さすがの姉も母は怖いらしい。
学園は十三歳になる年の春に入学し、十五歳になる年の冬に卒業する。十六歳。異世界では成人を意味する年齢だ。平民も平民の学園があり、十六歳になる年に結婚する人が非常に多いのも学園の入学と卒業年が関係する。
「そもそもソフィアとアダムが同じ年齢で入学したとて……学級が違うと思うぞ? ソフィアは剣士組だろうが、アダムは魔法組だろうからな」
ポカーンとする姉は、また膨れて、今度は俺を見つめる。
姉よ……俺を見つめても答えは出ないし、結果も変わらないぞ。
来年の学園生活は嫌だと愚痴をこぼす姉を、父と二人で宥めながら数日をかけて領地を見回った。
大きな街は俺たちが住んでいるところだけで、他はほとんど村規模であり、訪れてくるのは商人くらいで、観光客や冒険者が訪れることはほとんどないので旅館業はあまり流行っていない。それもあって、各村にある旅館は小規模で、領地から援助があって経営している。
父が領地で援助している旅館業は、訪れた観光客や冒険者を思ってのことで、父の想いを聞いたとき、俺も姉も感銘を受けた。
領民と触れ合うことで、自分が領主の息子であることを実感した。
帰り道、馬車の屋根の上で姉と一緒に体幹の練習をする。
「アダム? こういう訓練にどういう意味があるの?」
不思議そうに話す姉。この訓練は俺が提案したものだ。魔道具によって中は快適でも、馬車の外は揺れをダイレクトに感じる。屋根の上にいるだけで車体の揺れに体が揺れる。
「姉上。これから体を押します」
俺は姉の左肩を押し込む。倒れないように少し前傾姿勢になったところで力を抜くと、体が前倒れになりそうですぐに反応して元に戻った姉を再度押し込む。
「ふえ!?」
最強の才能を持つ姉ですら体幹がブレて一瞬のロスが生まれる。才能があるからこそ気付きにくいのだ。
「こういった通り、体幹というのは常に自分中心にすべきなんです。姉上は今の僕の押し引きに釣られて体を前後に動かした。それが敗因です」
「じゃ、じゃあ! 私も!」
姉が俺を押してくるが、押したり離したりしても俺は動かない。姉の力で押せば、耐えることこそできないが、俺の体幹を感じられる強さで押し込む姉は目を大きく見開いた。
「剣を振る際にほんの少しだけ足元がふらつくときがあります。それが姉上の一番の弱点です」
「え~でもでも……それよりも速く斬ったらいいんじゃないの?」
「ええ。それもその通りです。ですが、それが敵わない相手には、何もできずに斬られるでしょう。今の姉上は速度に任せた戦い方になってます。重要なのは――――技量です」
「技量……」
「こういう座り方を試してみましょう」
あぐらをかいて、片足首の側面だけで体を支える。足首の鍛錬にもなるし、体を支えるのに一番重要な足を鍛えることもできる。
「あまり長時間だと足首を痛めるのでほどほどに足を変えます」
「わかった!」
それから移動中は屋根の上で体幹の鍛錬を行った。
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