第4話 暗殺者、異世界暗殺者と対峙する。

 姉と俺の未来のことを話し合い、終わらない討論ですっかり外は暗くなり、今日はそれ以上の話し合いは辞めて後日にすることになった。


 異世界は魔道具の普及により、科学が発達した前世とそう変わらない生活水準を実現している。いや、むしろそれを越えたものを実現しており、水道がなくても水を使用できるほどである。


 十年も生きていればこの生活にも慣れる。特殊な蛇口を捻ると上部についているシャワーヘッドのようなものから温水が降り注ぐ。


 自分が覚醒した才能『カーディナル』。最上級才能は、たった一人で大軍にすら勝ててしまうほどに強くなるという。だからこそ、強い才能を持つ人材はそれだけでいろんなことに巻き込まれる。教会ですら目の前でスカウトしようとしたほどである。


 前世では盗みから暗殺までいろんな技術を学ぶうちに、自分に暗殺の才能があることに気付いた。今世は…………人を癒す聖職者という才能を覚醒した。


 これは因果……なのだろうか? 前世では多くの人の命を刈り取ってきた死神のような俺が、今度は人々を癒せというのか。


 才能を覚醒してから体の中に得体の知れない強大な力を感じている。これが『カーディナル』の力なのは言うまでもないだろう。


 両手に力を集中させると、不思議な光が姿を現した。


 光というのは、輝かしいものだ。だが、俺の両手に浮かんでいるのは、黒く輝いている・・・・・・・不思議な光だ。


 見方によっては闇にも見え、暗闇に飲み込まれそうなくらい禍々しくも見える。だが、この力はれっきとして『誰かを癒す力』なのがわかる。


 黒い回復か…………毎日手を血に染めていた自分にとってはお似合いか。


 頭から滴る水が手のひらに落ちて、黒い光を通り抜けて地面に落ちる。透明な水は何かに影響を受けることなく透明のまま落ちていった。




 ふかふかのベッドの中に横たわり外が静寂に包まれている頃、懐かしい・・・・気配を覚えて目が覚めた。


 ほんの微かな血の気配。匂いでもなく、視覚でもなく、事実でもなく、それはただの感覚で、血を求める者だからこそ、同類・・を感じ取るものだ。


 あまりの懐かしさに、それは昔の記憶なのか、はたまた自分の欲望なのか、はたまた偶然なのかはわからない。だが、感じ取ったことに無意味さはない。


 久しぶりに気配を殺したままベッドから動きだす。布がこすれる音すら響かせずにベッドの傍らに立ち、目を瞑って感覚を研ぎ澄ませる。


 最近は平和な日々にやることはなかったが、自分を『影』にする感覚。影と一つになることで闇に潜み、闇となる。暗殺のために身に着けた技術の集大成の一つである。


 俺は部屋から窓を通してベランダに出る。不思議と体が本物の影・・・・になって窓の隙間から外に出られた。


 風一つない静寂な夜空の下。空の上に浮かんでいるはずの青い月は、雲に隠れて明かり一つない暗闇が地上を支配している。


 虫が鳴く音一つ聞こえない世界で、それ・・は動いた。いや、感じ取った。それの動きに無駄はない。音もしなければ、感情もなく、まるで――――闇そのもののように動く。


 俺は吸われるかのように影のままそこに向かう。


 異世界に来て十年間、影になることもなかった。感覚が昔の感覚に戻るのを感じる。その感覚がしっくりくるのは。


 俺にとって本当の力はこっちだというのか?


壁を伝ってたどり着いたのは、意外にも――――姉の部屋だった。


 ベランダの窓の内側にかかっている鍵が音もなく開いて、窓がゆっくりと横に開いていく。


 闇に紛れていた黒装束の男が現れ、足音を立てずに部屋の中に入っていく。そして――――何の躊躇も見せずに、右手に持っていたどす黒い刀身の短剣を、眠っている姉に刺した。


 カーン。


「!?」


 俺の右手にまとった黒い闇が刃の形になり、まるで闇の剣のようになり、男の短剣を受け止めた。


 鋭い刃がぶつかる金属の音。とっさに『カーディナル』の力を用いて作った刃は、鋼のごとく鋭い剣になってくれた。


「ん…………ア……ダム……?」


 寝ぼけている姉の声が聞こえる。


 間を空けずに、左手に魔力を集中させてまた黒い刃を作り、男を斬り付ける。が、身軽にかわされた。


「姉上。動かないように」


 全神経を戦いに集中させる。男の右手が動く気配を感じ取り、俺も右手を男の懐に差し込む。


 だが、俺の黒い剣が届くよりも前に男の足元から殺意の気配がして急いで後方に飛び込むと、男の足元から大きな闇の棘が一本生えて差し込まれてきた。


 たった一息の刹那。男と俺の間にいくつものフェイントや判断が繰り広げられる。


 ああ……前世での命を懸けた“暗殺”を思い出すな。心の奥から熱くも冷たい殺意が湧き出る。


 男の攻撃の気配を読みながら次の手を読む。


 ――――そのとき。


「きゃあああああ!」


 後ろから姉の甲高い叫び声が響き渡る。


 男はそれに動揺することもなく、左手を素早く背中に動かし、隠していた暗器を姉に投げ込む。


 黒鉄色の20cmほどの刃物からは不思議な気配を感じた。


 すぐに姉の前を塞いで全力で両手で持つ闇の剣で刃物を振り払う。が、闇の剣がぶつかった瞬間に男が投げた刃物はゴムのようにぐにゃっとなり、そのまま抜けて通り抜ける。


 今まで生き残るために刹那の判断を間違えずに生きてきた。たった一瞬の判断で弾丸を避けて相手を暗殺する。生きることこそが全てだった。


 従来通りなら俺は通り抜けた刃を見逃して男を始末していただろう。だが……どうしてだろうか。俺は信じられない行動を取る。


 肉に刃物がめり込む音が聞こえ、腹部に強烈な痛みを覚える。


「…………」


「…………我に失敗を与えし男。貴様を生涯忘れることはない」


「それは……光栄だね……」


 男がその気になれば、俺の首を刎ねて姉を殺すことだって容易かっただろう。だが、男は俺達を置いて静かに消え去った。


「アダム!?」


 姉があたふたと俺に駆け寄るが、体が思うように動かない。


「アダム……! し、死んじゃダメ! やだよ……やだよ!」


 何かの毒でも塗られていたのだろう。全身が強烈な痛みと麻痺で思うように動かない。


 死にかけたことは何度もあってその度に生き抜けてきたのに、異世界を甘く見ていた俺の弱さでここで命が果てるというのか……。


「アダム……! お願い! 私を……私を一人にしないで!!」


 大粒の涙を流す姉の可愛らしい顔が見える。


 …………姉はいつも泣いてばかりだな。あのときだって、触れられないからって大泣きしてたし、今だって変わらない。最強の才能を覚醒しても変わらない可愛らしい少女だな。


 ドクン。


 心臓が跳ねる音が耳元で聞こえる。


 そうか……俺もまた…………生きたいと願うか。


 刈り取った命を背負って、無数の屍を越えて、それでもなお俺は――――




 ◆




 体が温かい。


 左手に伝わる温もりに目が覚めた。


 目を覚ますと、もう十年も見てきた天井だ。


「アダム!! アダム!!」


 そこには目を真っ赤に染めて、目の下に隈ができている姉の姿があった。


「姉上」


「アダム……目を覚ましてくれて……本当にありがとう……アダム……!」


 彼女は体を乗り出して、俺の顔に自分の顔を押しつけてきた。


ガブリエンデ家は何かあるとすぐ頬を擦り付けてくる。


 ああ……鬱陶し…………いや、温かいな。


「父上と母上も」


「アダム……無事目を覚ましてくれて嬉しいぞ!」


「アダムちゃん……本当によかった……」


 母も父も目が真っ赤に染まっている。


 冷静に今を分析すると、姉を暗殺しようとやってきた男に見逃されて、猛毒を受けたがどうやら生き延びたらしい。


 弾丸を受けて生き残れたことはあったが、あのときの比ではない痛みだったはずだ。


「俺は……生き延びたのですね」


「うん……! アダムが気を失う前に、自分の手で刃物の毒を解毒したんだよ? あれがなければ、絶対に生きていなかったってお医者さんが……」


 そうか。俺はやはり……生きたかったんだな。


「カーディナルの力がなければ解毒させるのも難しい毒だった。アダム。生きてくれたこと、姉であるソフィアを守ってくれたこと、父として――――誇りに思うぞ」


 誰かにこういうまっすぐな眼差しを伝えられたことなど、生まれて一度もない。いや、異世界に来てからは何度もあった。


 それが……俺が生きたかった理由……だったかもしれないな。


 そのあと、今日までの事情を聞いた。


 襲ってきたのは、世界でも最大脅威の一つである暗殺集団『ラグナロク』によるものであること。一度失敗した相手には二度と暗殺を向けないポリシーがあるようで、姉の暗殺はもうないだろうということ。誰が仕向けたかまではわからないということ。俺が猛毒によって一週間寝込んでしまったこと。姉も一週間ほとんど眠ってないことを教えてもらった。


 姉は――――幸せそうに俺のベッドの中で一緒に眠りについた。

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