第3話 暗殺者、今世の才能を覚醒させる。

 異世界にも春夏秋冬があり、春には花が咲き、夏には虫の鳴き声が響き、秋には葉っぱが散り、冬には雪が降る。


 一面が真っ白になる冬が終わるとまた新しい一年が始まる。窓の景色を自由に眺める年齢になって、何度も窓の外の白い一面を目にする。


 そして、十度目の冬が終わり、俺は十歳を迎えた。


 白と黒のレンガで作られた建物は尖った屋根が印象的な作りになっていて、屋根の上には大きな鐘が見える。定時刻になると鐘の音が町中に響き渡る。


 カーンカーンと体に響く気持ちいい音は、今日という日を祝ってくれるかのようだ。


「アダム。今日は楽しみだね!」


 俺自身よりも姉の方が楽しみのようで、ワクワクしているのが表情から伺える。


「去年は私だったけど、今年はアダムの番だもんね……楽しみだなぁ~できれば…………う、ううん! 何でもない!」


 きっと「才能があったらいいな」と言いそうになったのだろう。十年も姉を見てきたからよくわかる。


 今日は十歳になった子どもたちが、神から才能を授かる『覚醒日』である。これらは祭司によって与えられ、全員が才を公表される。その理由としては、自国の戦力を確認するという意味がある。もちろん、教会もだ。


 去年、我がガブリエンデ男爵家が統治しているエリアン町に大きな才能が一人生まれた。才能には強さを簡単に表現するためにランク付けがされており、『最上級才能』『上級才能』『中級才能』『下級才能』『才能なし』の五つに分けられている。才能なしは文字通り才能がなく、己の体だけで生きていかなければならない。


 前世での才能というのは曖昧な言葉だった。誰かはこういう才能があるなどという曖昧な事象に才能という言葉を当て嵌めて、まるでわかったかのように語る人々が大半だった。


 だが異世界は違う。才能というのは曖昧なものではなく、現存する力なのだ。


 去年生まれた最上級才能の一つ『剣神』。剣を司る才能の中で最も上位モノであり、どんな剣でも一度握っただけで使え、まるで自らの手のように操ることができる。その上に、剣を持つだけで――――特殊な力まで発揮するのだ。


 つまるところ、今年の十一歳の時代で、まさに“最強”を意味する。いや、十一歳の時代だけではない。この時代に住む全ての者の中でも頂点になり得る才能を持つのだ。


 そんな最強の才能を持つのが――――俺の左手を握っている彼女。ソフィア・ガブリエンデ。姉だ。


 鐘の音が鳴り止むと、教会の大きな扉が開く。それと同時に周りに降り積もった粉雪が周囲に吹き飛ばされ、綺麗な雪の世界を見せてくれる。


「アダム。行こうか!」


 姉とともに家に入っていく。後ろからは母と父も仲睦まじい様子で続いてくる。


 長椅子に腰を下ろして少し待つと、一人の祭司が祭壇に上がり演説を始める。才能というものについて。才能がある者はこれから王国のために、才能がない者は才能がある者のために、これからも日々生きていかなければならないという説教だ。


 ああ。なんとも――――くだらない。何故自らの道を他人に決められなければならないのか。今日この日を以って我々十歳となった者が道を決められることに、俺は大きな怒りを感じずにはいられない。


 だが……前世だって同じものだった。自分が歩みたかった道を歩めた人がどれだけいただろうか。どれだけ文明が発達しても、世界に魔法が存在していても、一人の人間の先なんて、自分の意志など関係なく、神とやらに決められ、歩かされる。それは人間の当たり前のものかもしれない。


 説教が終わると、一人一人祭壇の前に呼ばれて、一人ずつ才能を覚醒していく。


 才能を隠すなど到底不可能で、覚醒する際に体をまとう光の強さでわかってしまう。去年の姉は町をまるごと包むほどの強烈な光を放った。


 十歳の子どもたちの覚醒が全て終わり、『最上級才能』は発現しないまま、最後の俺の番となった。


 去年の姉の件から、野次馬たちからは無意味な期待の眼差しが送られる。


 祭壇の前に立つと、澄んだ水色の水晶が置かれていた。


「そちらに手を上げなさい」


 祭司に言われたまま、今まで見てきた通りに右手を水晶の上に乗せて触れた。


 ドクン。


 水晶から大きな心臓の音が響く。今まで他の子どもはこういう音がしなかったが、触れた子で才能があった者はみんなが驚く仕草をしていた。


 なるほど。才能がある者に反応を見せているのだな。


 水晶から手に不思議な力が伝わり、体の奥深くに力が注ぎ込まれる感覚があった。そして、体内から何かが溢れ出し、全身から光となり周囲に放たれる。


 姉ほどの光ではないが、教会の中を全て包めるほどの大きな光。これだけで自分がどれくらいの才能を授かったのか予想することができる。


「才能――――こ、これはっ!?」


 祭壇に立つ祭司の目が大きく見開く。才能の強さに驚いているのではない。才能の種類に驚いている様子だ。


 彼と目が合う。彼はゆっくりと震える口を開いた。


「――――か、カーディナル!!」


 周りの人々が立ち上がる。姉と両親も。すぐに歓声が沸き上がるが、家族だけは硬い表情のままである。


 カーディナル。それは聖職者系統の才能の一つ。下級『クレリック』、中級『プリースト』、上級『ビショップ』、最上級『ホープ』の四つの順だが、実はこの上級と最上級の間に特殊上級という不思議な才能が存在する。


 光の『アークビショップ』。闇の『カーディナル』。


 ホープという才能が時代に一人しか持てないように、アークビショップもカーディナルも一人しか現れないとされており、存在しない時代もあるという。


 そんな珍しい才能が俺の才能『カーディナル』だ。


 闇の『カーディナル』と呼ばれる理由は、聖職者系統の中でも珍しく黒色の光・・・・を放つことで『闇の聖職者』と呼ばれるが、闇の力を扱ってるのではなく、力は聖職者そのものだ。がしかし、何故か色が輝かしい光の色ではなく黒色だからである。


「アダム殿。これから少し我々の話を聞いてはいただけませんか?」


 誰よりも先に祭壇に立つ祭司から声を掛けられる。それも当然だ。教会こそは聖職者という才能を逃したくないのだから。


 すぐに父と母、姉がやってきて俺を庇うかのように囲む。王国の権力争いがあり、できるなら聖職者系統の才能だけは授かりたくなかったし、それならいっそのこと才能なしの方がよっぽど嬉しかった。だが、神のイタズラというのはこういうことを指すのかもしれないな。


「後日正式に我が家に面接を伺ってください。祭司殿」


「…………いいでしょう」


 意外にもすんなりと引いた祭司だが、あの目は諦める目ではない。


 多くの人に最上級才能『剣神』の姉と、特殊上級才能『カーディナル』の弟として大いに祝ってもらいながら、俺たちは逃げるように屋敷に帰った。




「父上。母上――――申し訳ございません」


 俺は深々と頭を下げる。


「アダム!? 君が頭を下げる理由は何一つないんだぞ?」


「いえ。僕が聖職者系統の才能を授かったばかりに、教会との争いごとに巻き込んでしまいました。ガブリエンデ長男として失格です」


 俺の両肩に優しい手が触れる。


「そんなことはない。俺はアダムが息子で誇りに思っている。むしろ、素晴らしい才能を覚醒したにも関わらず、貴族の争いごとに巻き込んでしまったのを父として不甲斐ないと思ってる」


 父は優しい笑みを浮かべてそう話した。後ろでは母も姉も同じく慈悲に溢れた笑みを浮かべている。


 貴族の権力争いというのは、俺が想像していたよりもずっと醜く酷いもので、男爵位の父は自分の能力だけではどうにもならない権力争いに頭を抱えていた。


 とくに去年姉が剣神を覚醒してからは、ひっきりなしに自分の息子を連れて訪れてくる貴族が後を絶たない。姉も連日貴族の子息とつまらない茶会に愚痴をこぼしていた。


 そして、今回俺は教会に目を付けられた。教会は、王国の大きな派閥の一つでもあり、王政と対立関係になっている。つまり、貴族のライバルとでもいうべき存在だ。


 教会は教会なりの権力を持ち、それを使い聖職者系統の才能を持つ者をかき集めている。だからこそ、戦争で必要な回復魔法が使える聖職者を“派遣”という形で多額の寄付金を求めているのだ。


 今日俺が『カーディナル』を覚醒したからには、教会だけでなく貴族側としても何が何でも味方に入れようとしてくるはずだ。


 奇しくも、姉と同様に政治の駒になってしまう才能を覚醒してしまった。


「あ~! お父様! お母様!」


 何かを考えていた姉が声を上げる。何かを思いついたのか、満足したような笑みだ。


「ソフィアちゃん? どうしたの?」


「私にすごくいい提案があります! これなら――――私もアダムも誰かに利用されることなく、私たちでやっていけるかも!」


 それから姉はとあることを話した。


 当然――――父も母も大反対。


 だが、珍しく姉は引こうとしなかった。


 そう――――あの日一歳のときと同じように、届かない俺に向けてずっと手を伸ばし続けているように、彼女なりに現状を打破するために。

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