誠心誠意
「……」
メッセージと書かれた文字の裏手に隠れるページの移行を促す英数字の連なりに導かれて、これまで一度も受け取ってこなかった白紙の項目に、「吾妻美玲」と書かれた名前がぽつねんと鎮座している。私はその内訳を知ろうと、指でソフトタッチした。
「どうもありがとう。三島さん」
文頭にある感謝の言葉は、私を撥ね付ける為の助走のように思え、寸暇に手が止まって目を背けた。頭上に垂れ込む暗雲が、取り付く島もなく雨を降らしてきそうである。ただ、このまま先送りにしても埒が明かないことは分かっている。
「……」
玉砕覚悟の特攻を腹積りに彼女へ接触を図ったとはいえ、いざ現実を目の前に突き付けられると二の足を踏んでしまう。私が小心者であることをわざわざ標榜せずとも、誰もが往々にして感じて然るべき不安と恐怖に違いない。私は恐る恐る、襖の隙間を覗くかのように逸らした視線を携帯電話がある位置に戻していく。先程、把捉したばかりの文頭に注目しつつ、やおら視線を下げていく。すると、思いがけないものが並んでいた。
「貴方の真摯な述懐と切実な訴えに感銘を受けました。自身を虚飾し、誇大的な立ち振る舞いに終始する、取るに足らない有象無象の仮初より遥かに清廉です」
綴られた文言は、私が如何に純朴であるかについて語られ、メッセージを送り返す相手を間違えたのではないかと錯覚するほど、ひとしおの喜びがあり、間抜けにも小躍りした恥辱が名誉となって挽回する。ジンワリとした仄かな温もりが鳩尾辺りから全身に広がり、得も言えぬ感覚が私の感情と紐付いて、これまでの人生が報われたかのような万感を覚える。のちに続く彼女の言葉を舐めるようにして熟読し、熟れた息を吐くと、携帯電話の画面は私が放つ熱気で曇りがちになった。
滅多にない多幸感を骨身に沁みるほど味わい、陽だまりの中で昼寝を楽しむ幼き日の童心を思い出す。無知ゆえにしがらみを感じず、毎日を思うがままに過ごしていた。親からの躾は勿論あったが、それに絡め取られて泣きじゃくったことはない。二度と回帰することはないと考えていた私の判断はどうやら間違っていたようだ。
「来週の土曜日。午後十八時から時間を頂けませんか?」
謙るような彼女の言い回しを受けて、鼻高々に振る舞ってはいけない。あくまでも、礼節を重んじた大人同士のやりとりである。私は返事の為に綴った文章と睨めっこし、何度も書き損じや誤字、不備がないかをつぶさに確認する。「はい」か、「いいえ」のどちらかを示すだけの簡単なやりとりではあったものの、石橋を叩いて渡るような慎重さで視線を上下左右に往復させた。
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