自制心

「初めまして、私は林田と申します。このような突然のメッセージを送りしたことを始めにお詫びさせて頂きます。申し訳ありません。何故、全く関わりのない私が、貴方様にメッセージを送ったかの経緯について語らせて下さい」


 そこから、長々と上記の思考の流れを余すことなく説明し、最後にこう締め括った。


「私を試してみませんか?」


 腰の低さに託けて、挑発的な言い回しで彼女を刺激する。情事に於ける不甲斐なさを語りながら、疑問符で終わらせるこの不敵さは、礼を知らない阿呆の舌禍となり得たが、私は飾り気がない文章の連なりに興味を持ってもらえると希望的観測を抱いていた。それから数日の空白期間を経て、六畳一間の自室で携帯電話の画面に映る通知に小躍りする。


「吾妻美玲様のメッセージを受信」


 返答など、万が一にも期待していなかった。「吾妻美玲」という名前の出現にひたすら目蓋を上げ下ろしして、目を擦り出すのも吝かではなかった。だがしかし、現実に彼女から返答を受けているし、虚飾ではないと断言できる。それでも私は、その内容に直ぐ飛び付き、目を皿にするだけの勇気が持てなかった。表面をなぞって有頂天気味な私の頭をかち割るかのような、極寒に冷えた金槌が情け容赦なく振られるのではないか。そんな不安がこんこんと湧いて止まらず、直下に築いた間合いの距離が、私の抱いた警戒を物語る。


「……」


 真一文字に閉じた口は、錠前を付けたように頑なであった。寝静まったはずの腹の虫が色めき立ち、私を囃し立ててくるが、ここは慎重になるべきだ。浮ついた心根そのまま、軽佻浮薄に指を扱い、見通しが甘いと叱責を受ければ取り返しの付かないダメージを心身に受ける。彼女に対する敬意を忘れずに、阿るつもりでメッセージの内容と向き合うべきなのだ。今の私は、岸壁から飛び降りるかのような勇壮なる気分をまじまじと味わっている。口から多くの空気を取り込み、膨らんだ胸の形に風船を重ね合わせれば、声が木霊する広い空間を空目した。あまつさえ目を瞑ろうものなら、マンションの一室は伽藍の修行場と化し、念仏を唱え出しても不思議ではない精神統一に耽った。


 小躍りまで披露して、みごとに浮き足立った先刻の私はもういない。平常時と変わらない心拍数が、「冷静沈着」と形容される均一な感情の拠り所となり、身体の末端に至るまで地の足が着いた感覚を覚えている。


「ふぅー」


 自制がもたらす副産物に、筋膜の張り具合から喜怒哀楽のどれに属する表情をしているか、鏡を用いずに看取でき、きわめて冷静な感覚によって感情の制御すらできるようになる。豪放磊落なる座り心地を尻から受け取り、彼女から送られてきたメッセージに対して、おっかなびっくりに飛び退くきらいは既にない。

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