第25話 優しい神様の叱り方
「ここはどこだろう」
私──
そこは博物館で見た平安貴族の
そんな中、長い廊下を進むと、池に面した場所に、どこかで見たことのある三人の姿があった。
「ソラは今日も真面目だね」
そう言って、隣にいる女の人に声をかけたあの人は……
でも雰囲気が違うよね。誰だろう。
「
あ、今喋った人が本物の賜さんだ。
だったら、さっきの人は賜さんの兄弟かな?
賜さんソックリだけど、〝たつき〟って言うんだ?
「賜兄さんこそ、またサボって海にいたでしょ? あんまりサボりすぎると、寿命がもたないよ」
「わかっている。わかっているが……人の死に触れるのは疲れる」
「兄さんは難しく考えすぎるんだよ」
「お前こそ、もうちょっと自分の行動をよく考えろ。あとさき考えずに動いて、いつも失敗するんだろ」
「兄さんは心配症なんだから」
〝たつき〟さんがふわりと笑うと──そこで私の世界は真っ暗になった。
「……夢? もう朝?」
ベッドでゆっくりと身を起こした私は、伸びをしながら窓の外を見る。
そして久しぶりに静かな気持ちで制服に着替えていると──バタンと大きな音を立ててドアが開く。
「明生!」
「ちょっと
「悪い」
「それよりどうしたの? 朝から血相変えて」
私が最後の靴下を履きながら訊ねると、文はいつになく焦った様子で言った。
「
「甚人? いなくなったの?」
「ああ、今日は一度も姿を見ていない」
「間違えて踏み潰しちゃったとか……じゃないよね?」
「そんなことするわけないだろ……それより明生のところにいないなら、あいつはどこに行ったんだ?」
「もしかして……」
「なんだ?」
「ううん、まさかね」
「あいつ、もう丸五日何も食べてないんだ。だから、早く探さないと」
「私も手伝うよ」
「ああ、頼む」
「大丈夫、きっとすぐに見つかるよ」
どこか疲れた顔をしている文の背中を軽く叩くと、文は苦笑した。
***
「ふう……この体で歩くのは大変だ」
甚人は明生たちの街から離れた、道路橋の手すりの上を歩いていた。
「文も連れて来ればよかったな」
甚人は空っぽの腹を撫でながら、周囲を見回す。
自分がどこにいるのかもわからなかったが、人間に声をかけるわけにもいかず。
どこかに神はいないかと探していたら──
「おい、そこの断罪者」
人間ではない者を見つけた。
黒は神を断罪する者の証。
春の陽気にもかかわらず、真っ黒なコートに黒のスラックス、それにサングラスを身につけた男を見つけるなり、甚人は踊りながら声をかけた。
「なんですか、あなたは……その大きさ、
男は物珍しそうな雰囲気で甚人に近づく。
甚人は胸を張って言い返した。
「これでも
「……死神のお知り合いですか?」
「知り合いと言えば知り合いだ。決して仲は良くないが」
「その賜という死神を探して、どうするおつもりですか?」
「うむ……とくに何も考えてなかった。……が、説教がしたいな」
「説教ですか?」
「そうだ。同胞を死なせたことを、反省させてやりたい」
「なるほど。では、私が断罪いたしましょうか?」
「いや、断罪者の力は借りない。私が直接叱ってやりたいのだ。子供を叱るのが、我ら大人の役目だ」
「大人……ですか?」
「こう見えて、私はけっこう年を食っているからな」
「では、ご老体の足では大変そうなので、私が死神のところまで連れていって差し上げましょう」
「おお、助かるぞ。なかなか良い断罪者がいるものだ」
***
「
学校を休んで甚人を探していた私は、家から近い公園で文と合流した。
「いや、どこにもいなかった」
甚人を探して街中を駆け回った文も、手がかりすら見つからなかったらしい。
小さな甚人を見つけるのは難しかった。
「大丈夫かな? 猫に食べられたりしてないかな?」
「お前、怖いこと言うなよ」
文が怒った顔で言うけど、私は恐ろしい想像しかできなかった。
「だって、あんなにちっちゃくて可愛いから……」
「小さくても
「たぶんなの?」
「さすがの甚人も猫の大群に囲まれたら、終わりだな」
「早く探さないと」
「明生から交信することはできないのか?」
「交信って何?」
「甚人のやつ、
「繋がって? よくわからないよ」
「そうか。じゃあ、やっぱり地道に探すしかないな」
***
「おお、
輝く海が広がる砂浜に不釣り合いな黒づくめの男。
男の肩には甚人の姿があり、その視線の先には賜の背中があった。
「
「南閣か。ありがとう、南閣」
甚人が礼を告げると、南閣は肩にいた小さな宿神を砂の上におろした。
「では、私はこれにて……
「おお、柊征の友達だったのか? よろしく伝えておこう」
甚人が笑顔で頷くと、南閣は口の端をわずかに上げて消えた。
そして南閣がいなくなるのを見届けた甚人は、慌てて賜の元に向かう。
つま先まで波が漂う砂浜に呆然と立つ賜に、ようやく近づいた甚人は、波にさらわれそうになりながらも声を上げた。
「おい、賜!」
「ん?」
甚人の声に反応した賜は周囲を見回した。
だが小さな甚人が目に入らず、考えるそぶりを見せる。
「今、誰かに呼ばれたような……」
「甚人! ここだ、ここ!」
「ココダココ?」
「ナタデココじゃない! ここだ! こ・こ!」
懸命に飛び上がりながら自分の居場所を示すと、ようやく賜は足元の小さな宿神の存在に気づく。
「あなたは……宿神の仲間? なぜそんなところに」
「探したぞ、賜!」
「……もしかして、敵討ちにでも来ましたか?」
「そうじゃない。お前を叱りに来たんだ」
「私を叱る、ですって?」
呆れた顔をする賜の体をよじ登って、甚人は大声をあげる。
「そうだ。お前がやっていることは、間違っている!」
賜の肩に立った甚人が、胸を張って告げると──意外にも賜は否定しなかった。
「間違っていることはわかっています」
「ならどうして、こんなこと……」
「宿神にはわからないことです」
「そういうやつに限って、わかってほしかったりするだろう」
「どうして私があなたなんかに……」
「本当は、誰かに止めて欲しいのだろう?」
「何を言い出すかと思えば」
「消えた
「……羨ましいわけがない」
「本当は、宿神ではなく、自分に罰を与えたかったのではないのか?」
「何をバカなことを」
「不器用なやつだな。自分が悪神になることで、誰かが裁いてくれると思ったのか?」
「勝手なことを言わないでください。なんでそんなこと……」
「私はお前を許すことはできないが、かといって、見捨てることもできない」
「なにを……」
「人間や宿神を苦しめてきた罪が、消えることはないだろう。だから、私が叱ってやろう。こいつめ!」
言って、甚人は渾身の力で賜の頬を殴った。
が──
「痛くもかゆくもないです」
「いや、お前は痛いはずだ……心がな」
「……あなたは変な宿神だ」
ため息を吐く賜の肩に、甚人は「よっこらしょ」と腰をおろす。
「その昔、深い深い山奥に人間嫌いな爺さんがいてな……ツボばかり集めていたんだ」
突然、昔話を始めた甚人の傍ら、賜は海に視線を向ける。
「いきなり、なんのおとぎ話ですか」
「ツボばかり集めていた爺さんは、生涯ほとんど人と交流せずに死んだが──不思議なことに、遺産やツボを全て他人に寄付する手配をしていたんだ」
「そのお爺さんは、人間が嫌いだったんじゃなかったんですか?」
「今だに、あの爺さんの考えていることはわからないが……根っから人が嫌いだったわけじゃないというのはわかった。もしかしたら、人に甘えるのが苦手だったのかもしれない」
「人に甘えることが?」
「そうだ。お前を見ていると、あの爺さんのことを思い出すんだ」
「……くだらない」
「……さて、用も済んだし、帰るとするか」
「あなたは、何しに来たんですか」
「もちろん、悪い子供におしおきをしにきたんだ」
「……早く帰ってください」
「本当は帰ってほしくないくせに。だが、私は帰るぞ。明生たちが待っているからな」
「……」
「お前と喋っていたら、腹が空いたぞ!」
「知りません」
***
ピンポーン
甚人を見つけられなくて、モヤモヤする私──
仕事から帰ったお兄ちゃんにも手伝ってもらおうと思って帰宅したら──家に着くなり、インターホンが鳴った。
私は慌てて玄関に出るけど、外には誰もいなくて不思議に思っていると……。
「明生、ただいま!」
気づくと足元に、小さな
「甚人! どこに行ってたの?」
「ちょっと散歩しただけだ。それより、腹が空いたぞ!
「じゃあ、お兄ちゃんに聞いてみるね」
「お前、今までどこにいたんだ?」
お兄ちゃんの親子丼をティースプーンで頬張る甚人に、向かいで座る文が声をかける。
甚人はテーブルにスプーンを置くと、腕を組んで文を見上げた。
「心配してくれたか?」
「当たり前だ」
文はテーブルに片肘をついて甚人を見下ろす。
すると、甚人は誇らしげに胸を張った。
「……ちょっとな、悪い子供を優しく叱りつけてやったんだ」
「甚人も子供みたいなものだろ」
「失礼な」
「それで、お前は……気が済んだのか?」
「なんの話だ?」
「どうせ賜のところにいたんだろう?」
「そうだな。これからは
「そうか」
文が無表情で返事をすると、甚人は親子丼を再び食べ始めた。
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