第19話 片思い同士
「
「え?」
夜の歩道橋。
私──明生がぼんやりしていると、
いつもなら嬉しくて、すぐに何か話したくなるんだけど、今回はそういう気持ちにはなれなかった。
「あの女は突然死ということで処理されたが……」
それから柊征さんが警察を呼んでくれたけど、その後のことはあまり覚えていなかった。
きっと私、動揺してたんだと思う。だって、目の前に知ってる人の……。
「大丈夫とは言えないけど、仕方ないんですよね、きっと」
「……明生」
「それより、
「お前は本当に、いつも他人のことばかりだな」
「彩楽は他人じゃないですよ? 同じ体を共有する仲間なんだから」
「会ったこともない相手を、仲間だと思うのか?」
「だって、文や柊征さんから彩楽の悪口なんて聞いたことないし。きっといい人なんだと思うんです」
「そういえば、あれから彩楽が出てこないようだが」
「あ、そうかも。今日はちゃんと記憶がある……もしかして、あの女の人が死んじゃったこと、彩楽はショックだったのかな」
「……そうかもしれない」
***
「……ねぇ、
夜の、真っ暗な自室。
私は目を閉じて彩楽との意思の疎通を試みる。
心の中で何度も呼びかけてみると、少しずつだけど胸が温かくなって──誰かの声が聞こえた。
そして、私はまるで夢の中にいるみたいに森の奥深くへと誘われて、彩楽のいる場所へと進んでいった。
「彩楽、どこにいるの? 彩楽」
「うう……私のせいだ……私が術を使ってしまったから……」
気づくと、森の中でも──ぽっかりと空いた木々の間で誰かが泣いているのが見えた。
「ねぇ、あなた」
「……誰だ?」
「あなたが彩楽?」
「……ああ、そうだ」
「初めまして、彩楽。私、明生だよ。良かった。やっと会えた。私、ずっとあなたと喋ってみたいと思ってたんだ」
「私は……明生に会わせる顔がない」
「どうして?」
「私は明生の綺麗な手を穢してしまった」
「私の手を汚したって、どういうこと? 詳しい話が聞きたいな」
「……」
私は近くにある大きな岩の上に座って、彩楽に理由を訊ねた。
「あの時、何があったの?
「話を聞けば、きっと明生は……」
「私がどう思うかは、聞いてみないとわからないよ?」
「明生にとって決して良い話ではないぞ?」
「いいよ。それでも私は知りたいよ」
私がしつこいくらい食い下がると、彩楽はぽつりぽつりと話し始めた。
「……明生と最後に入れ替わったあの時、私たちを
「魂を? 普通の人に、そんなことできるの?」
「ああ、できなくはない。きっと
「賜さんが……」
「だが、女が魂を飛ばしてきた瞬間……私は無意識に術を使って、女の魂を異界に送ってしまったんだ」
「異界?」
「死後に進むべき世界だ」
「どうしてそんなことを彩楽が知ってるの?」
「私は明生の体に入る以前は、死神だったんだ」
「じゃあ、彩楽は私の別人格というわけじゃないんだね?」
「ああ、私は赤の他人だ。私のような恐ろしいやつが、明生の体を共有してすまない」
「恐ろしいやつ? 彩楽のどこが恐ろしいの?」
「私は死神だ。恐ろしい以外の、何者でもないだろう?」
「そうかな……彩楽は良い人……良い死神様だと思うよ?」
「良い死神?」
「うん。だって、私のことを大切にしてくれてることがわかるから」
「大切にしたかった……だが出来なかったんだ。私は人を殺めたも同然だ」
「でも、不可抗力でしょ?」
「そんなことはない。きっと他にも方法はあったはずだ」
「そうかな。もしあの時、私が彩楽に変わってなかったら、私は無事じゃなかったと思うよ? だって、私には何もできないし」
「だが、文たちがすぐに駆け付けてくれたじゃないか。私がいなくても、文たちがなんとかしてくれたに違いない」
「それはわからないよ。間に合ったかもしれないし、間に合わなかったかもしれない。でも、彩楽が助けてくれたのは事実だよ」
「私は明生を助けたわけじゃない……本能的に動いただけだ」
「なら、仕方ないんじゃない?」
「仕方ないなんて……そんな簡単に」
「確かに後味はよくないけど、私には何もできなかったんだから、仕方ないんだよ」
「……明生」
「私は大丈夫だから、彩楽は出てきてもいいんだよ? ずっとこんなところで一人ぼっちなんて、寂しいし」
「だが、私が表に出れば、明生の時間が減るんだぞ?」
「いいよ、それでも」
「……寿命が一年しかないのに、明生はどうしてそんなに落ち着いていられるんだ?」
「そうだね……なんでだろう。今が充実しているからかな?」
「それは、逆じゃないのか? 幸せなら、この時間がずっと続いてほしいと思うだろう?」
「うーん……実感がないせいかもしれない。それに文と結婚すれば、寿命がなくなるって言ってたし」
「そのことだが……明生はどうして文を振ったんだ? あんな良い人なのに」
「彩楽は文のことが気になるんだ?」
「……そうかもしれない」
「困ったなぁ……私は柊征さんのことが好きだし、文も悪いやつじゃないんだけど……」
「柊征が好き? だが柊征は……」
「?」
「いや、なんでもない」
「もしかして柊征さんって神様なの?」
「そ……それは」
「まあいいや、今度本人に直接聞いてみよう」
「……」
「彩楽……もう、大丈夫みたいだね」
「……ああ、明生のおかげで少しだけ気持ちが楽になった。すまない……私のような不甲斐ない死神のせいで、明生の手を煩わせた」
「謝る必要なんてないよ。それに、こんな風に言うのは変かもしれないけど、彩楽は良い死神様だよ。大丈夫、私は彩楽の味方だから」
私が立ち上がって、彩楽のおでこに私のおでこを乗せたら、彩楽は驚いた顔をしていたけど──
「ありがとう、アミ」
彩楽は私から離れて泣きながら笑った。
***
「おはよう、
早朝の通学路の木の下で文を見つけた
すると、文はほんの少しだけ口の端を上げた。
「ああ、おはよう。今日は朝から楽しそうだな」
「昨日ね、彩楽に会ったんだ」
「ふうん」
「彩楽はいい子だよ」
「知ってる」
「これから大変だなぁ」
「何がだ?」
「だって、恋心は二つなのに、体は一つでしょ? どっちか一人が諦めなきゃいけないのかな?」
「いったい、なんの話だ?」
「女の子同士の秘密だよ」
「なんだか知らないが、二人の仲が良くて何よりだ」
「今度会ったら、恋バナとかしたいな……そうだ! 柊征さんにまた聞きたいことがあるから、呼びだしてほしいんだけど」
「いい加減、電話で連絡しろよ。お前も知ってるだろ」
「知らないけど」
「お前のアドレスにないわけが……いや、ないのか」
「そうだよ」
「誕生日の次は何が知りたいんだ?」
「なんで誕生日のこと知ってるの?」
「それは……柊征が教えてくれたんだよ」
「……へぇ。まあ、いいけど」
***
「
「今度はなんなんだ?」
またまた公園に柊征さんを呼び出した私、
「私、柊征さんに聞きたいことがあるんです」
「誕生日の次はなんだ?」
「柊征さんって、神様なんですか?」
「……違う」
「あ、今嘘ついた」
「なんだと」
「今、嘘つきましたよね? そっか……やっぱり柊征さんは神様なんだ」
「俺は違うと言った。それなのにどうして嘘だと思ったんだ? お前は〝人間の負の感情〟しか見えないはずじゃ……」
「柊征さん、どうして私が〝人間の負の感情〟しか見えないことを知ってるんですか?」
「……文に聞いたんだ」
「それも嘘ですね」
「……」
「実は私、あの事件の時から、神様の悪い部分もわかるようになったんです」
「神の悪い部分も、だと?」
「はい。だから嘘をついても無駄ですよ」
「……もし仮に俺が神様だったら、どうしたいんだ?」
「私、柊征さんのことが好きなんです」
「……は?」
「だから付き合ってください」
「はあ!?」
「柊征さんは私のことをどう思ってるんですか?」
「どうって……」
「私、実は余命が一年しかないんですが……神様と結婚すれば寿命がなくなるみたいなんです。あ、でも! 寿命のために結婚したいとか、そういうわけじゃなくて……えっと、寿命は確かに延びてほしいけど……とにかく! 結婚を前提にお付き合いをしてください!」
「結婚って……」
「お願いします!」
「……悪い」
「へ?」
「俺は君のこと、そういう風には見れないんだ」
「……今度は嘘、じゃないみたいですね」
「ああ……ごめん」
「……いきなり変なこと言って、すみません」
「明生!」
私が柊征さんの顔を見ないようにして走り去ると、背中で私の名を呼ぶ声が聞こえた。
「……振られちゃった」
「おい、明生」
やや暗くなった歩行者道路を、肩を落として歩いていると、後ろから文がやってきた。
すごくタイミング悪いんだけど……。
「何よ。今文の相手をする余裕なんてないんだけど」
「仮にも神様に向かって、その言い草はないだろう」
「じゃあ、願い事を叶えてくれる?」
「柊征と結婚させろとか、そういうのは無理だぞ」
「なんでわかるの」
「お前が言いそうなことだろ」
「だって……」
「まさか振られるとは思わなかったのか?」
「全然、何も考えてなかった……って、なんで文が振られたこと知ってるの? もしかして、こっそり見てたの?」
「……気になったから」
「そういうの、やめてよね……でも失恋した文の気持ちがわかったよ」
私が泣きそうになっていると、ふいに文が私のことをぎゅっと抱きしめる。
驚きすぎて大きく見開く私を、文は強く強く抱きしめた。
「お前もやっと人のことを考えられるようになったか」
「こんなに悲しいなんて……思わなかった」
「だから、俺にしとけって言ってるだろ」
「文は諦めが悪いんだから」
「お前も諦めてないんだろ?」
「……」
「けど、俺と結婚すれば良いことがあるぞ」
「なによ」
「命を繋ぐことができる」
「文は卑怯だよね」
「卑怯でもなんでも、使わない手はないからな。で、どうなんだ?」
「……考えとく」
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