第18話 助けてくれた人


たもるさん……どうして」


 学校の帰り道。


 文と一緒に帰っていたはずなのに。

 

 気づくと私は、暗い部屋にいた。


 ベッドと本棚だけがある広い部屋。


 私がその部屋を見回していると、後ろからかかとを叩くようなカツカツという音が聞こえた。


 振り返ると、そこには賜さんがいた。


「ここで大人しくしてくださいね」


 賜さんはそう言うと部屋のドアから出ていった。


「ここどこだろう。前に閉じ込められた場所じゃないよね。また柊征しゅうゆさんやかざりが助けに来てくれるかな?」


 私は高い場所にある窓を見上げて、大きく息を吐いた。

 



 ***




「どうしてさっさと魂を移動させてくれないの? あの子を連れてきたのに」


 〝サツキ〟の体を共有する女が、明生の二つ隣の部屋で騒いだ。 


 対してたもるは感情の読めない顔で告げる。


「焦らないでください。まだですよ。今はまだその時じゃありません」


「あまり時間をかけていると、またあの神様たちがあの子を助けにくるわ」


「それは大丈夫です。この建物には目くらましをかけていますから、外からは見えません」


「でも相手は神様よ? どんな術を使ってくるかわからないじゃない。それに、賜は戦えないんでしょう?」


「……ええ。確かに戦えませんが……逃げることはできます」


「逃げてばかりで気が滅入るわ」


「もうあの娘は捕らえているのですから、落ち着いてください」


「これまで何度も誘拐して、失敗したのよ!」




 ***




「おい、柊征しゅうゆ

 

 目の前で明生が消えた後、かざりがスマートフォンで真っ先に連絡したのは、柊征だった。


『いきなりどうした?』


「また明生のやつが攫われた」


『またか!?』


「しかも同じ女にだ」


『お前がついていながら、どうして……?』


「今度はあの女と一緒にたもるが現れたんだ」


『あの死神か!? やっぱり……うさん臭いやつだと思っていたんだ』


「まずはGPSを調べてほしい」


『……ダメだ。位置情報がきちんと表示されない。何か術を使っているようだ』


「私が交信してやろうか?」


 文と柊征のやりとりを聞いていた甚人が申し出ると、文が焦ったように甚人に声をかける。


「できるか甚人?」


「表に出ているのが彩楽さらなら、交信可能だ。明生とはまだ、きちんと成功したことがないからな」


「じゃあ、呼びかけてみてくれ」


「ぐぬぬぬぬぬ」


「おぉ!?」


「どうした?」


「そういえば腹が減ってるんだった」


「この非常時にお前は……!!」




 ***




「お兄ちゃん、心配してるかな? 柊征しゅうゆさん、来てくれるかな?」


 私は非常時とわかっていながらも、柊征さんが迎えに来てくれるところを妄想して口元を緩ませていた。


『おい明生、大丈夫か?』


 かっこよくドアを破壊して駆けつけてくれた柊征さんが手を差し出してくれて、その手に私がそっと手を重ねるところを想像したりして……。


「はい、大丈夫です。だって、柊征さんが来てくれたから……なーんちゃって」


「一人なのに楽しそうね」


「あなたは……!」


 呑気に妄想を楽しんでいた最中、現れたのは〝サツキ〟さんだった。


「賜はああ言ったけど、やっぱり待ってられないわ。あなたには協力してもらうわよ」


「協力ってなんです──」


 言いかけたその時、心臓が跳ねる音がして視界が真っ暗になった。




 ***




「あなたは誰だ?」


 明生の意識が落ちて、現れた彩楽さらは〝サツキ〟を真っ直ぐに見据えた。


「あなたがたもるが仕込んだ魂ね」


「……ここはどこだ? どうして私はこんな部屋にいるんだ?」


「それはあなたを逃がさないためよ」


「何をするつもりだ?」


「悪いけど、私たちをあなたのカラダに移動させてほしいの」


「明生の体に?」


「そうよ。これから仲良くしましょうよ」


「冗談じゃない。私が存在するだけでも、明生の迷惑になるというのに……あなたたちみたいな得たいのしれない魂を明生に移すなんて……」


「仕方ないのよ。私たちが逃げるには、あなたの体をもらうしかないのだから」


「そんなの知らない。だからって、明生は渡さない」


「大人しくしなさい!」


 捕まえようとするサツキから、彩楽は部屋の中を逃げ惑った。


 ────寄るな!


 叫んだところで、目の色を変えたサツキが動きを止めることはなく。


 そんな時、こぶし大ほどの白いかたまりが、サツキの口から這い出てきたかと思えば、彩楽の体にまとわりついた。


「複数のたましいが……まとわりついてくる。この状況、見たことがある……?」


 なぜか見たこともないたもるの笑顔が脳裏をよぎった時、彩楽はサツキに向かって自然と手をかざしていた。


「……こっちに来るな!」


 部屋を包み込む眩い光。


 全てが光で満たされる中、サツキの悲鳴がそこらじゅうに響き渡った。




 ──数分後。


 光が消えて、彩楽が気づいた時にはサツキが目の前で横たわっていた。

 

 その土色の顔を見て、恐ろしいことを察した彩楽が小刻みに身を震わせる中、ドアがガチャリと開いた。


「おやおや、どうしたんですか?」


 賜の顔を見て、彩楽はますます震えた。

 

 明生とのやりとりを知らない彩楽にとっては、救いのようにさえ思っていた。


「……た、賜さん」


「彼女は息絶えていますね。魂の移動に成功したのですか?」


「……? 魂の移動? あなたは彼女のことを知っているのですか?」


「……やはり失敗に終わったようですね。良かったです」


「賜さん……何を?」




 ***




「彩楽、聞こえるか?」


『……じん……と?』

 

 灯台の足元で、柊征と合流した文だが。


 明生のGPSがわからない現状で、甚人の交信に頼るしかなかった。

 

 だが交信がうまくいったはずにも関わらず、甚人は良い顔をせず、文の顔色に動揺が浮かぶ。


「甚人? どうした?」


 話しかける文を無視して、甚人は交信を続ける。


「なんだか嫌な予感がする。今からそちらに向かうから、待っていろ彩楽」


『どうしよう、甚人』


「どうしたんだ? 彩楽」


『私は……あの人たちの魂をに送ってしまった』


「彩楽?」


『思い出したんだ』


「なんの話だ?」


『……私が以前は死神だったこと。だからとっさに術を使ってしまって……』


「待っていろ、すぐに行くから!」


「甚人?」


「文、柊征、私に捕まれ。今なら彩楽のところまで移動できる」


 甚人の言葉に、文と柊征は顔を見合わせて頷いた。




 ***




彩楽さら! いったい何が起きたんだ!?」


 甚人じんとの力で彩楽のところまで柊征しゅうゆは、その暗い部屋にたどり着くなり真っ先に彩楽に駆け寄った。


「彩楽! なんだ? 何があった!?」


 取り乱して泣いている彩楽を見て、何か只事ではないことが起きたのだと気づいた柊征だが、彩楽に事情を訊ねる前にかざりが柊征を抑えた。


「おい、落ち着け柊征」


「この状況、落ち着いてられるか!?」


「彩楽には俺が事情を聞くから、お前は待ってろ」


「なんだって!?」


「ああ、柊征は少し落ち着いた方がいい」


「甚人まで……」


 甚人にまで諭されて、柊征はしぶしぶその場を文に譲った。


 だが文が彩楽に声をかける前に、少し離れた場所に立つたもるが口を開く。

 

「……どうやら、明生さんは彼女を死なせてしまったようですね」


「違う、明生じゃない。私だ。私がやったんだ……ごめん、明生」


「彩楽、落ち着け。何があったんだ?」


 文が訊ねても、彩楽は同じことばかり呟いた。


「ごめん、明生……ごめん。私は彩楽なんかじゃなかった。私の名は……」


 彩楽はそこで言葉を切った。


 嗚咽をこぼす彩楽は、泣いてばかりで説明できるような状態ではなかった。


「賜さん、これはどういうことだ?」


 代わりに説明を求めようと、文が賜に声をかける。


 すると、賜は足元で眠る〝サツキ〟を指差して、困ったように告げる。


「申し訳ありません……私はその女に脅されて、仕方なく明生さんをさらったのです」


「死神が人間に脅された? そんな馬鹿な話があるか!」


「弱みを握られていたのです。ですから、明生さんをさらいたかったわけではありません」


「そんな言葉で、俺が納得すると思うか?」


「やめろ、柊征。宿神が死神に危害を加えるのはペナルティものだぞ」


「……わかってる。だが、こいつの言うことが信じられない」


「そもそも死神も、人間に危害を加えてはいけないという掟があるんだ。だから女に脅されたというのは本当なんだろう」


「……違う」


彩楽さら?」


「ううん、明生あいだよ」


「明生、大丈夫か?」


「うん、大丈夫。それより……その人、嘘ついてるよ」


 明生は目覚めるなり、強い眼差しを賜に向けた。


 そのあまりに強い目に、賜は一瞬ひるんで目を逸らす。


「死神が? 嘘だと?」


 文が怪訝な顔をする中、明生は断言する。


「どうしてかわからないけど、私……はっきりわかる。賜さんは嘘をついてる」


「……あなたは厄介な人ですね」


 明生が真っ直ぐ見つめる中、賜はそう言い捨てて煙のように姿を消した。


「おい、逃げるな!」


「ねぇ、どうしてその女の人……倒れてるの?」


 土色の顔で横たわる〝サツキ〟を指差す明生に、文は言いかけて飲み込んだ。


「もしかして、私が何かしたの? それとも彩楽が?」


「……ああ」


 文がかろうじて出せた言葉に、明生は小さく微笑む。


「そっか……彩楽はきっと私を助けようとしてくれたんだね」


「……明生」


「彩楽にお礼を言いたいなぁ」


「柊征、警察と救急車だ」


「……ああ。わかってる」


「もしかしてその人……息、してない?」


「……」


「……そっか」






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