第16話 鈍い人



「今日はいつもの明生あいなんだね」


 学校のお昼休み。


 席をくっつけてサンドイッチを食べる私に、ニキが言った。


「え? いつもの私?」


「最近さ、明生がまるで別人みたいになることがあると思って」


「私が? 別人に?」


「明生は自覚ないんだ?」


「最近頻繁に寝ちゃうけど、それと関係あるのかな? 寝ぼけながら喋ってるとか」


「頻繁に寝てる?」


「さっきも授業中に居眠りしちゃったけど、バレなくて良かった」


「居眠り? 先生に当てられてもちゃんと答えてたのに、寝ぼけてたの?」


「ちょっと待って……私が当てられた? 覚えてないんだけど」


「明生……大丈夫? また調子悪いとか?」


「私は絶好調だと思うよ。……けど、もしかして私、寝てる間も起きてるのかな?」


「どういう意味?」


「ひょっとして、別の私が……ううん、やっぱりなんでもない」


 まるで私じゃない誰かが私のかわりに動いているような、そんな気がして気持ち悪かったけど──私は何もないふりをした。




***




かざり


彩楽さらか」


 図書室で彩楽が声をかけると、文はいつものように表情の薄い顔で振り返る。 


「どうして私だとわかったんだ?」


「言っただろ? 彩楽さら明生あいとじゃ、まとう空気が違うんだ」


「明生は〝ふわふわしている〟というやつか……私も〝ふわふわ〟になれるか?」


「ふわふわ?」


「私も〝ふわふわ〟になれば──いや、なんでもない。今のは忘れてくれ」


「よくわからない奴だな、彩楽さらは」


「そうか?」


明生あいがわかりやすすぎるのか。それより、甚人じんとが彩楽に聞きたいことがあるらしい」


「甚人さんが?」


 名前を出すと、甚人がかざりの肩にひょっこりと現れる。


「実はこの間のことだが……ずっと気になってな」


「この間というのは?」


たもるという死神が現れた時のことだ。死神といったい、何を話していたんだ?」


「実は……」


 彩楽は途中で口ごもると、俯いて何かを考えたあと口を開いた。


「実は……あまり覚えてないんだ」


「覚えてない?」


「それが、あの男の顔もおぼろげで……はっきりと思い出せない」


「ううむ。あやつ、何か術を使ったのか?」


「あの時は、死神という存在が怖くて……甚人さんが来てくれて本当に助かった」


「彩楽とは交信が上手くいったからな。これからは何かあれば駆けつけるぞ」


「それは心強いな」


「彩楽のところに行くなら、せめて俺にも居場所を教えてからにしてくれ」


「あの時は、居場所がわかったと思えば、すでに移動していたんだ」


「甚人がひとりで行ったところで、何ができるんだよ」


「何をいうかぁ! 私にだって出来ることはたくさんあるぞ」


「たとえば?」


「たとえば……けん玉とか、竹馬とか……」


「遊具かよ」


「これでもけん玉の付喪神と言えば有名だったんだ」


「予想以上に、心強くてびっくりした」


「そうだろう、そうだろう」


「アハハ」


「何を笑うんだ、彩楽」


「二人を見ていると本当に飽きない」


「そうだろう、そうだろう」


「……」


 文がため息をつく中、彩楽が目を瞬かせる。


「二人は何を笑ってるの?」


「明生なのか?」


かざりもお兄ちゃんと同じこと言うんだね。私以外の何に見えるの?」


「その……最近、調子はどうだ?」


「調子って?」


「何か体に異変はないか? 苦しかったり、痛かったり」


「そんなのないよ。いたって普通だけど」


「そうか。それならいいんだ」


「変な文」


 明生が怪訝な顔をしていると、甚人が踊りながら口を挟む。


「文は明生のことを心配しているんだ」


「心配? どうして?」


「それは、明生の寿命が……」


「こら、甚人!」


「なぜ秘密にするんだ? 本人が知らないなんて、不憫じゃないか」


「ダメだ。知らないほうが幸せなこともあるんだよ」


「もしかして、私の寿命が一年しかないことと関係ある?」


「おい……どうして明生が知ってるんだ?」


たもるっていう死神様に言われたんだ。私の寿命は一年しかないって」


「あいつ……どうして明生に」


「死神様とは知り合いなの?」


「知り合いというほどでもないが……それより、賜は他に何か言ってなかったか? 結婚の話とか……」


 明生は何かを言いかけて、一度考え込む仕草を見せた後、かぶりを振る。


「……ううん。それしか聞いてないよ。それより、柊征さんに伝えてくれた?」


「え?」


「ほら、会いたいことを伝えてほしいって言ったでしょ?」


「ああ、そうだったな」


「もう、忘れてたの?」


「こやつ、わざと忘れたふりをしているな」


「ちょっと、ちゃんと伝えてよ」


「ごめん、今度こそ伝えておくよ」


「絶対だよ?」


「……わかった。それにしてもお前は、余命を聞いても相変わらずなんだな」


「え?」


「俺がきっとなんとかしてやるからな」




 ***




「……あ、あの、柊征しゅうゆさん」


「ああ。今日はどうしたんだ?」


 柊征さんと再び会えたのは、週末の昼間だった。


 地元の公園で待ち合わせた私──明生あいと柊征さんは、木陰のベンチに座っていた。


「実は……確かめたいことがあって」


「確かめたいこと?」


「た、大したことじゃないんです」


 ──やだな、なんだかドキドキして喋りにくい。


「えっと……柊征さんの誕生日っていつですか?」


「俺の誕生日? それがどうかしたのか?」


「柊征さんの誕生日をお祝いしたいと思って」


「明生はお祭り事が好きだな」


「え?」


「あ、いや。そんな感じがしたんだ」


「確かに私、誕生日みたいな、お祭りごとが好きです。でもそれは、誰の誕生日でもいいわけじゃなくて……」


「……だ」


「え?」


「俺の誕生日はさん──九月一日だ」


「九月一日……ですか。柊征さんの誕生日は、私……ケーキを焼きますね」


「ケーキ?」


「はい。だから楽しみにしてくださいね」


「お菓子なんて作ったことないくせに……大丈夫なのか?」


「え?」


「あ、いや」


「それより、おま……君に言っておきたいことがあるんだ」


「なんですか?」


「もしもたもるという男が声をかけてきたら、無視しろ」


「賜さん? 柊征さんの知り合いなんですか?」


「いや、知り合いというほどでもないが……もう接触したのか?」


「もしかして、柊征さんも神様なんですか?」


「は?」


「だって、文の友達だし……普通の人よりも纏ってる空気がキレイな感じがして……」


「纏う空気?」


「雰囲気っていうか、ちょっと普通の人とは違うなと思って」


「俺は普通の人間だ」


「そうですか? 本当かなぁ」


「俺の素性なんてどうだっていいだろう」


「私は知りたいです。柊征さんのこと」




 ***




「あいつら……何を話しているんだ?」


 顔を隠すようにキャップを深く被ったかざりは、公園の滑り台の陰から明生たちを見ていた。


 声は全く聞こえないもの、明生あいのこぼれんばかりの笑顔が気になって仕方なかった。


 そんな風に一人で焼きもちを妬く文の肩に、甚人じんとが現れる。


「声をかけてみればいいじゃないか」


「明生は柊征しゅうゆと二人きりで話がしたいって言ったんだ。邪魔するわけにはいかないだろ」


「文は律儀なやつだな」


「甚人、交信で話を聞くことはできないか?」


「前言撤回だな。せこいやつだ」


「うるさい。気になるから仕方ないだろ」


「堂々と割って入ればいいものを……」


「明生に嫌われたくないんだよ」


「こそこそ盗み聞きするほうが嫌われると思うぞ」


「いいから、交信してくれ」


「仕方ないな……ぐぬぬぬ」


 文に言われて、甚人は頭に手の甲を乗せて唸る。


 すると、甚人の目が明生の視点になる。


『あの、柊征さん』


 甚人の耳に明生の声が響くと、明生の隣に座る柊征が甚人の目に映った。


『なんだ?』


『柊征さんはどんな女の子が好きですか?』


『は?』


『理想のタイプとかいますか?』


『理想? 理想か……そうだな。家族を大切にしてくれる人なら誰でもいいが……』


『そんな条件でいいんですか?』


『意外と難しい話だぞ。人も神も相性というものがあるからな』


『神も?』


『……』


「ぐぬぬ……あいつが身バレするのも時間の問題だな」


「は?」


 明生たちの様子を伺っていた甚人だが、文に報告する前に「腹が減った」と力尽きたのだった。


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