第14話 死の回収
「なぁ、
図書室で明生の姿を見つけた
そして明生の姿をした別人は、困ったように口を開いた。
「その……アイと呼ぶのはやめてくれないか?」
「そうだな。別人といえば、別人だしな」
文が考えるそぶりを見せると、文の肩で踊っていた甚人が提案する。
「名前がないなら、〝
甚人の言葉に、明生の姿をした彼女は目を瞬かせる。
「さら?」
「彩る楽しさと書いて、
「……」
「嫌か?」
「そんなことはない。不思議な感じがするだけだ」
「ていうか、なんで
「明生から名前をもらったお返しだ。これで
「なるほど。それは便利だな。交信が成功しているところを見たことはないけどな」
***
「おかえり、
学校から帰るなり、にこやかに玄関で迎えた
「明生じゃない」
「……また別人格が出てきたのか?」
「
「さら?」
「
「ふーん……ご飯は食べるか?」
「ああ、いただきたい」
「サラは素直だな」
「──サラって誰?」
「……」
「私、なんで家にいるの? 学校にいたはずなのに……」
「明生か?」
「お兄ちゃん、私が明生以外に見えるの?」
「いや」
「それより私、また学校で寝落ちしたの? それでまた
「……そうだな」
「病院に行ったほうがいいかな? ところかまわず眠っちゃうなんて変だよね」
「……まあ、季節的なものだろう」
「お兄ちゃんは心配じゃないの? 私、どこでも寝ちゃうんだよ?」
「もちろん、心配だ。だが、これは医者では解決できない気がするんだ」
「じゃあ、どうすれば治るの?」
「それは、これから調べてみるから、お前はなるべく文と一緒にいろよ」
「寝落ちのたびに文におぶってもらうのは嫌だなぁ」
***
「お前、よくここで見かけるが……どうして図書室に?」
本の返却のため図書室にやって来た
「私には授業がよくわからないから、勉強しているんだ」
「授業がわからない? 明生と基本的な記憶を共有できるわけじゃないのか……だったら、俺が教えてやるよ。どこがわからないんだ?」
文が訊ねると、彩楽は教科書を広げて見せる。
「ここまではなんとかわかるようになったんだが……」
「本当に初歩の初歩なんだな。仕方ない、要点だけまとめるか」
顔を寄せて教科書を覗き込む文に、彩楽は少しだけ後ろに下がった。
「どうかしたのか?」
「……なんでもない」
「テストの時は明生が出てくれればいいんだが」
「すまない、私のせいで」
「お前が悪いわけじゃない」
文が珍しく口角を上げて言うと、彩楽は文から顔を背けるように下を向いた。
それを見ていた
「文はどうしてこんなによくしてくれるんだ?」
「そりゃ、明生とは幼馴染だから」
「それだけじゃなさそうに思える」
「鈍感な明生とは大違いだな。……実は俺、明生に片思い中なんだ」
「片思い? 明生はあなたのことが好きじゃないのか?」
「何度も振られてるけど、まだ諦めてない」
「そうか……こんな良い人を振るなんて、明生はもったいないことをする」
「もったいないか……彩楽のおかげでまだまだ頑張れそうだ」
余裕たっぷりに言う文を、甚人はじっと見ていた。
***
「……ねぇ
「え?」
「もう、やっぱり聞いてない」
「私……どうしてここに?」
私、明生は気づくと教室にいた。
ここ何日か、記憶が飛ぶことが多くて困惑していると、ニキが呆れたようにため息を吐く。
「何言ってるの、ずっとここでお喋りしてたのに、寝ぼけてるの?」
「本当に、寝ぼけてたのかも」
「大丈夫? まだ調子悪いの?」
「そうじゃないけど……でも、そうなのかな?」
「今日は一緒に帰る?」
「もう帰る時間なの? いいよ、大丈夫。帰るくらいなら」
「そっか。
「うう……これ以上、文に迷惑かけたくないから、私一人で帰るよ」
「え? ちょっと、明生」
「また明日ね! ニキ」
私はニキに手を振って、早々に教室を出る。
記憶が飛ぶのも嫌だけど、文に世話をしてもらってばかりの私は、文に会うのが恥ずかしい気がした。
「なんで私、すぐに眠っちゃうんだろう……文に運ばれるのはもう嫌だよ」
憂鬱な気持ちで学校近くの道路橋を歩いていると。
ふいに強い風が吹き荒れて──前方に、神主さんの衣装みたいな古い服を着た男の人が現れる。
「こんにちは明生さん」
空色の衣装を着たその人は、大きな槍を持ってゆっくりと私に向かって歩いてきた。
「……えっと、誰だっけ……? って、あ! サツキさんの家にいた人!」
「覚えていてくださいましたか」
「あの……何かご用ですか?」
「ええ。今日は明生さんに用があってきました」
「なんですか?」
「ここで話すのもなんですから、移動しませんか?」
なんでだろう。
ものすごく怪しい人なのに、空色の衣装を着たその人の言葉に、私は素直に頷いていた。
「それで、話ってなんですか?」
湖に囲まれる灯台の足元へと移動した私は、槍を持ったその怪しい人に恐る恐る訊ねた。
すると、その怪しい人は、優しい声で告げる。
「まずは私のことですが、明生さんは神というものをご存じですよね?」
「……宗教の勧誘ですか?」
「あはは、そう警戒しないでください。私はあなたの側にいる方たちと同類です」
「私の側にいる方たち?」
「ええ。私は
「文たち?」
……文と甚人のことかな?
「あなたも神様なんですか?」
訊ねると、その人は小さく頷いた。
「ええ……神と言っても、死神ですが」
「……え」
「怖がらないでください。今日はあなたの魂を回収しにきたわけではありませんから」
「……そんな、死神様が私になんのご用ですか?」
「あなたの身近な方たちにはもうお伝えしましたが、実はあなたの寿命の件で……」
「私の寿命?」
「ええ……あなたはこのままだと、一年で寿命が尽きる予定なのです」
「……私、やっぱり何かの病気なんですか? ところかまわず寝ちゃうし……おかしいと思ってました」
「いいえ、ご病気ではありません」
「じゃあ、どうして?」
「あなたの側にいる神々の影響です」
「神様の影響?」
「そうです。どうやらあなたは神々の強い力の影響で寿命が縮んでしまったようです」
「……文と一緒にいるから寿命が縮んだってことですか? じゃあ、私は一年後には死んじゃうんですか? 何もしてなくても」
「ええ」
「そんな……」
「ですが、あなたの寿命を延ばす方法はあります」
「寿命を延ばす方法? どうすれば、私は生きられるんですか?」
「私の言う通りにしていただければ……寿命も自然と延びることでしょう」
「……何をすればいいんですか?」
「人間の魂が肉体を離れる際、膨大なエネルギーを発します。ですから、その力を吸収すれば、あなたの寿命も延びることでしょう」
「それって……どういうことですか?」
「人の死に立ち会えば、寿命が伸びるということです」
「人の死に立ち会う?」
「ええ」
「人が死ぬ瞬間なんて……そんな……」
「そんな簡単には遭遇できませんね。ですから、あなたが人の死を生み出せば良いのです」
「人の死を生み出す? それってまさか……」
「はい。そのまさかです」
「そんな恐ろしいこと、できません!」
「どうしてですか? このままではあなたは死んでしまいますよ?」
「ムリです! 私、そんなことできません!」
「即答ですか」
「当然です。私は誰も殺したくなんて……」
「そうですか。まさかこんな風に拒否されるとは思いませんでしたが……」
「たとえ寿命が延びたとしても、代わりに誰かが死ぬなんて……そんな怖いこと、考えたくもないです」
「仕方ないですね。では、もう一人の方にお伺いしましょう」
「え?」
「出てきてください」
私が断固拒否していると、その死神さんは私の目をじっと見て何かを唱えた。
すると、なんだか意識が遠くなって──その場で眠ってしまいそうになるのを堪えるけど、どうすることも出来ずに、視界は真っ白になったのだった。
***
気づくと、
そして目の前にいる男の姿を見るなり、彩楽は大きく見開く。
「……あなたは、この間の」
「またお会いしましたね」
「……文はいないのか?」
彩楽は心細そうに周囲を見回すが、知っている人間が側にいる様子はなかった。
空色の
「残念ながら、今はあなたと私の二人だけです」
「そうか」
「……それで、唐突ではありますが、あなたにお願いがあるのです」
「お願い?」
「あなたにやってもらいたいことがあるんです。……とその前に」
「?」
「あなたは自分がどういう存在なのかご存知ですか?」
「私の存在? 私は明生とは別の人格、という話か?」
「違います。実を言うとあなたは、私が明生さんに植え付けた他人の魂です」
「他人の魂?」
「そうです。一度死にかけたあなたを明生さんの器に流し込んだのです」
「……私には理解できない」
「あなたが明生さんではないのは確かです。しかし、このままでは、あなたは明生さんとともに死ぬことになるでしょう」
「……明生は死ぬのか?」
「ええ。明生さんは一年ほどで寿命を迎える予定です。しかし、あなたが私の言うことを聞いてくださるなら、明生さんとあなたの寿命を延ばすことができます」
「……何をすればいいんだ?」
「人の死を回収してください。そうすれば、あなたがたの寿命は延びることでしょう。この意味がわかりますか?」
「人の死を回収……? 私に人殺しをしろというのか?」
「そうです」
「断る」
「……」
「私が明生とは別人だと言うのなら、私には明生の手を穢す権利などない」
「ですがあなたが頑張れば、明生さんも長く生きられるのですよ?」
「ダメだ……私が余計なことをすれば、きっと明生や文が傷つく」
「……困りましたね。二人とも拒否するなんて……だったら、また別の魂を追加しますか。あの女のように……」
「……え?」
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