第16話 王都の危機

 

「その方に用があります。連れてきて。」


女性にしてはやや低めの、落ち着いた声が響く。


薄いパステルカラーのラベンダー色の髪に、金の瞳をもつ色白の美女。


さすが、民からの絶大な人気を誇る聖女ノエラである。

――――民から悪女と罵られる元王女のアンジェラとは正反対の存在。



命令された兵士も、聖女の声とご尊顔に一瞬ポーッとなってから、しばらくして正気に戻り、アンジェラをまるで罪人のようにひっとらえる。


そのまま、ベールを冠ったアンジェラは引きずられるかのようにして、神殿に連れて行かれたのだった。



(それで、これはどういう状況ですの!?)


 明らかに豪華な、神殿の応接間に聖女ノエラとふたりっきり。

しかも、目の前のノエラは優雅に紅茶を飲んでいて……。


(これは……私にどうしろと……?)


しばらく、平静に取り繕いながらも、心の中はあたふたしていたアンジェラ。

気まずい沈黙の時間が少しばかりすぎ、先に口を開いたのは、聖女ノエラだった。


「お久しぶりでございます、王女様。ところで、あのようなところで何をしていたのですか?こんな時期に、馬鹿なんですか?」


「馬鹿って…馬鹿と言われましても……。一部の上の者しか知らないので、知らなくて当然だとは思いますが………私は王城から追放された身でして。」


「それは知っております………聖女ですから。」


涼しげな顔で語るノエラは続ける。


「わたくしが言っているのは、なぜ王城があのような様であるのに、のんびりしてらっしゃるかというのを聞いているのです。」


「あのような状況とは…何かが王城で起きてるのでしょうか?」


聖女ノエラはふ~~っとため息をついてから重い腰をあげ、わざわざアンジェラの隣に座り直す。


「ついに、貴族派が、ラドルフ王弟殿下を祭り上げました。つい昨日のことです。」


ノエラはアンジェラの耳元でボソッと言う。


その言葉が意味するのは―――


「叔父様、ついに王位を堂々と狙うことにしましたのね…。」


父である現王には、子供は娘であるアンジェラしかいない。

そのアンジェラが追放されたとなると、必然的に叔父であるラドルフに王位継承権1位がくるはずである。


(わざわざ、名乗り出なくても、王位は叔父様に転がってくるでしょうに…。なぜ??)


「王女殿下が追放されたことは、陛下と公爵、それにわたくしぐらいしか知りません。」


「つまり、叔父上は、私が追放されてることも知らずに、わざわざ父である陛下に反旗をひるがえしたということになりますわね。…反旗をひるがえさずに何もしていなかったら、そのまま王位につきましたのに……。」


「はい、知らなかったのでしょう。…まあ、あの方の場合、何もしなくても、王位に手にすることはできませんけど。王の器ではありませんから。」



(なんて馬鹿な…叔父様。)


「王女殿下の、追放の件だって、きちんと調べれば知りうることができるのですよ?王弟の立場で、ちゃんとした情報収集をすれば、わかるのですから。

しなかったのは、あの方自身の努力不足。やはり、王の器ではありません。」


「………状況はよくわかりました。ですが、追放されてる私には何をすることもできません。」


「……本当にそうでしょうか?」


「?」


ノエラはアンジェラの髪を一房、手に取る。


「多くの人は、王女殿下の追放を知りません。なので、あなたにはまだ力があるはずです。」


「待ってください。聖女ノエラ様、あなたは私に何を求めているのですか?」


ノエラは、ニコりと笑う。


「反旗をひるがえした王弟………いえ逆賊ラドルフは、王城を含む王都を攻撃し、支配下におこうとしています。」



(反旗をひるがえしたのだから、そうでしょうね。)


「私は聖女です。多くの血が流れる事を好みません。ラドルフが王都を攻撃をすればするほど、血は流れます。たとえ平和的にラドルフに王位を譲っても、あの方の統治では、また血が流れるでしょう。」


「それはそうだと思います。間違いないでしょう。」


アンジェラのその言葉に、ノエラは頷き、そして頭を下げた。



「私は、貴女に――アンジェラ王女殿下に王位を継いでいただきたい。」













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