第14話 狂気の混じった………。

 ハサウェード子爵との顔合わせも難なく終わり、婚約がトントン拍子で進むレティー。

 彼女は、アンジェラの講義も驚くほどのスピードで吸収していった。


 今日もルード商会の屋敷のレティーの部屋で講義をしているのだが、レティーの飲み込みはかなり良い。


 「もう大半のマナーは大丈夫だと思います。後一週間ほど復習をすれば、もう完璧になるはずですわ。」


 「ほんと?よかったー!!じゃなくて、ご、ご指導ありがとうございました。」


噛みながらも感謝の言葉を言うレティー。


(………なんか、かわいい…。)


「それで、ご褒美に、市井に連れて行ってくれる、という話はどうなったの?」


「ええ、それなのですが、暴漢やスリに合わないように、平民らしい服装をしなくてはなりませんわ。」


「この服ではだめなの?」


「もう少し、シンプルなものにしなくてはならなくて……。」


 レティの着ている服は貴族のドレスには及ばずとも、平均的な平民からするととても豪華な物だ。

 大商人の一人娘なのだから、仕方ない。


「その辺は、私は詳しくないので、アルに聞きましょう。市井に行く前に、わたくしの家に寄って頂いてもいいですか?」


「アンの家?いいけど…。今から、行くの?」


「はい。………え?今から行くのでは?」


「………そ、それは聞いてない………。」






「お越し頂いてありがとうございました、レティー様。………それと、おうj…じゃなくて、アン。いってらっしゃい。」


 手早く平民の服装やヘアスタイルなどを、アルは手早く用意してくれた。


(レティーは、昔、アルが好きだったと言うから………少し気を揉んだけど、何もなかったわ………。)


 それどころか、むしろレティーはアルを避けていたようにも見えた。



「お嬢様方、足元にどうかお気をつけて。」

 

 ルード商会の馬車に乗り込み、市井にむかう。


そして、…街が見えてくるにつれて、横のレティーは窓に張り付くように、外の風景を見始めた。



「………レティーは、アルのこと、もうなんとも思わないの?」


「え?」


 気になって、うっかり聞いてしまった…。


(やらかしましたわ………いつもならこんなこと聞きませんのに……。)


「そ、その…、レティーは、アルのことが好きだったのでしょう??」


 アンジェラが慌てて付け足すと、レティーは、『ああ、なんだ』とでもいいたげな顔をして、それから呆れたように言った。


「別に、アルくんのことは本気じゃなかったよ。………ただ、少し憧れていただけで。そもそも、恋愛ってこと自体に憧れていただけなんだって、最近気がついたの。」


「わ、私に洗濯水をぶっかけてきたのに??!」


 初めてレティーに会ったとき桶に入った洗濯水を頭にかけられたことを思い出す。


レティーは少し赤面して…。


「あ、あれは本当はわざとじゃないの…。本当は…ただあなたに嫉妬していたのよ。」


「嫉妬?」


「こ、これ以上は言わせないでよね!もう過ぎた話なんだから!………で、でもわざとじゃなかったの…だから、ご、ごめんなさい。」


 目をパチクリさせるアンジェラ。


 (あのレティーが、謝ってくれた……。)


「………よかったですわ、先生を引き受けて!!」


アンジェラはニンマリと笑ってレティーをギューっと抱きしめる。


(かわいい…小さな妹ができた気分ですわ…。)


「な、何してるのよ!!離しなさいよ!わ、私は子爵様と結婚したいから、まだ死にたくないんですけど!!」


「死にたくないって………誰もレティーを殺さないわよ。」


「いや、アルくんとか…。」


「アル?アルは優しいわよ。別に人を殺したりもしないし、レティーを殺す理由なんてないでしょ??」


「………うわ…この人、ほんと、鈍いってやつね。」


「?」


「いや、どうせ、ラブラブなんでしょうねってことよ。お互い、お互いが好き好きって感じがするわ。というか………よく考えたら、ほんと、美男美女でお似合いよね。」


(………え、周りからはそう思われてるのかしら!?ラブラブって………。)


 何故か焦りだし、さらには真っ赤になるアンジェラ。


「別にそんなんじゃないから!」


「………なんか、いろいろ腹立ってきたから、もういいわ。」


 レティーは、たしかにアンジェラよりもさらに世間知らずだ。知識も教養も、品格もない。

 だけど………レティーには一つ人より優れたものがあった。


(………私は、人の目を見たら、その人が何を考えているとか、その人の感情がなんとなく読み取れる。商人の娘だもの………なんとなく分かるわ。)

 

 だから………。



 家の玄関先でさきほど見た、アルのアンジェラを見る目は、間違いなく………。


(愛しい人を見る目………それだけじゃない……。)


狂気が少し混じった、執着心。

そんなものを垣間見た。


(………あんなのに執着され、愛されているだなんて……。つくづく、あなたもかわいそうね。アン。)










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