第11話 レティーの、婚約者との顔合わせ

 「なんとか仕上がりましたわね!」


 あの後、一週間、アンジェラのスパルタマナー講義になんとか耐えたレティーはぐったりしていた。


「………なんで、挨拶するだけが、こんなに大変なのよ………。」


 今日は、お相手の子爵の初の顔合わせ。

 レティーは不安そうだった。


「初のお顔合わせのときには、私もおりますから、なにかあればフォローしますわ!」


「いや、あなたがいても不安なんだけど………。」



 ハサウェード子爵は、アンジェラの記憶の限り、社交界でもあまり目立たない、静かな人物だ。

 

 この騒がしめなレティーと気が合うのか………とアンジェラは心配をしていた。

もちろん、ルード商会の人たちもである。



それが………。

 

「ええ、あのマッテラー伯爵夫人のサロンですよね!新しく出される紅茶は、なんと香辛料がはいっているのだとか!」


「紅茶に香辛料ですか?すごく奇妙ですね......。」


「それが、甘さを和らげていて、むしろおいしいんです!ぜひ、のんでみてください!」


「なら、せっかくですから、今度一緒にサロンにいきませんか?若い人が多いと、入りにくくて......。」


「もちろんです、子爵様!」


なんと、義務的会話どころか、すぐに打ち解けてしまっていた。



子爵も一回りほど年上と聞いたが、レティーと並んで話しているのを見ると、ふたりは割とお似合いなのではないかと思えてきた。


なにより、聞き上手で紳士的な子爵と、明るく話し上手なレティーの相性はとても良かったようだ。


しかし......。


『カチャンッ!』


レティーがカップの音を大きく鳴らした。

貴族のお茶会では大きなマナー違反だ。


子爵は何も言わないが、レティーの顔は次第に悪くなっていった。

そして......。


『ガッシャン!!パリンッ!!』と音をたてて、カップが割れたときは、いよいよレティーの顔が真っ青になった。


「も、申し訳ありません!!」


レティーが慌てて割れたカップを取ろうとした。

カップの中身だったお茶とカップの破片が子爵の靴にかかったからだ。


「ルード嬢、お座りください。僕はかまいませんので、お気になさらず。」


「で、でも…。」


「それより、お怪我はないですか?僕の靴なんかよりも、ご自身の方が大切ですよ。」


アンジェラは、人が恋に落ちる瞬間というものを見てしまった気がした。

もちろん、アンジェラの瞳は自分より少し幼い少女を映している。


(まあ、とりあえずよかったですわ......。うまくいってますもの!)



「申し訳ありません…私は最近貴族らしいマナーや知識を学び始めたところでして。そもそもあまりこういうのが得意ではないんです。」


「なるほど。」


「なので、実のところ、子爵様にお会いするのが乗り気ではなかったんです。」


(え?それを、ご本人に言ってしまいますの!?普通、そういうことはきれいに隠しますわよ??)

アンジェラは傍目でみながら心の中で叫んでいた。


けど、レティーは違った。


(この子爵様はほんとに良い方だわ…だから、本当に結婚する可能性があるのなら、隠したくない。あとで知られてから、がっかりされるのは嫌。)


昔、レティーに勝手に期待したくせに、レティーに商会をまとめる力がないとわかると、手のひらを返した人たちが幾人もいた。


その、勝手に期待されることの重さや、あからさまにがっかりし見捨てられたことはつらかった。


だから、レティーは先に言うべきことは言う。がっかりさせないために。ひいては自分をまもるために。


(もっとも、子爵家のような立派な貴族の家に嫁ぐというのに、作法がなってないだなんて、論外だと言われるだろうなあ......。)




「別に、子爵家に来たからと言って、マナーが完璧でなくてもいいですよ。」


「え?」


うちは子爵家別に社交に熱心でもありませんし、舞踏会とかも出たくなかったらでなくてもいいんですよ。」


子爵はさらっと言う。


「だから、そんなに心配しないでください。僕も、あなたに枷をつけたいわけじゃないんです。」


「……いいんですか?私で。」


「ええ、こんな嫁をもらい遅れた年増の子爵でいいのなら。」


レティーはふわっと笑った。


「よかったです。アンの言う通り、一歩踏み出して子爵に会うことができてよかった。」


レティーがこちらの方を見て言う。

そして、子爵もこちらを見た。


「そういえば、ずっと思っていたのですが......。」


子爵が口を開く。


「あのう、なぜここに、殿がいらっしゃるのでしょうか??」


アンジェラは動けなくなった。









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