第10話 まずは仲よく?


「良かった〜!見つけましたわ!」


レティーを見つけたアンジェラが大声を出す。


「な、なによ…。なんで、ここがわかったの??と、というか、私、あなたの授業なんて受けないから!」


レティーはアンジェラからそろそろと距離をとる。


「そうですわね。なんでわかったのか………というのは、私と同じだから………とでも言っておきますわ。」


アンジェラも、悲しいときや一人になりたい時、よく階段に隠れていたのだ。


レティーはキョトンとしてたが、アンジェラは話を続けた。


「それより本題でしてよ!

 貴方、なぜそんなにも私の授業を受けたくないの?私のことが単純にきらいなのかしら?それとも、嫁入りの授業が嫌?」


「どっちもよ!というか、あなたなんかには絶対に私の苦しみなんてわからないから!!」


何でも持っていて、苦労してなさそうな目の前の女に、少し腹が立つ。


どうせ、何も言えないだろうなとレティーは思っていたが……。



他人ひとのことなんて、わかるわけないでしょう?」


 アンジェラはあっさりと言う。


「へ?そ、それでも、あなた、先生…なの??!」


 「だって、その人の考えや苦しみを和らげる助けはできても、理解など完全にできるわけがありませんもの。

 苦しみや悲しみはその人だけの物よ。」


(そう、昔なんとなく手を出した、なんとか学の本に書いてましたわ。)



――そのなんとか学が、一般の常識ではない帝王学であることを微塵も知らないアンジェラだった。




「けど、あなたみたいに苦労してない人にはいわれたくない!姿勢も所作も、結婚も…。なんで、そんなにうまくいくのよ!!」


「うまく?苦労はしましたけど………。まぁ、結婚……は別の問題として……。」


(王城で、やたらとマナー講師の方に厳しく指導いただきましたわ……失敗したら、手を鞭打たれるんですもの……。)


「私だって、寝る時間を惜しんで、苦労と失敗を重ねるに重ねて、今があるんですわ。努力もせずにいきなりできるわけないでしょう?」


「努力…。寝る間を惜しんで……。」


レティーはここでようやく気がついたのだ。あたりまえのことに。


(私………、たいして努力をしてない………。)


 他人の事を羨んでばかりで………努力から逃げて、自分で道を作らなかったのはレティーだ。作る機会と環境は十分にすでに用意されていたのだ。




「マナーを身につけるなんて、………今からでは遅い…のかな…。」


気がついた今、遅くとも自分が誇れる何かを持ちたかった。




「何事にも遅いなんてことはないですわ!むしろ、遅いかと気にしだした頃がいいタイミングと言いますもの!」


 嫁入りする決意ができたかどうかはさておき、レティーはマナー講義を受けることにした。



―――――――――――――――――




 少し時間を遡る。

 王弟ラドルフが王との謁見をのぞんだ後のこと。



「………陛下。明らかにラドルフ様は王位をのぞんでおられますね………。良かったのですか?帝王学を学ぶことを許可などして……。」



 広々とした大広間に、公爵の声が響き渡る。

硬い大理石の床とシャンデリアが飾る高い天井が、さらに公爵の声を響かせる。




「………帝王学は1年や2年でマスターできるものではない。それこそ10年かかってもおかしくない代物。あの弟に、その根性と能力があるならできるだろうが……。」


 重みのある声で、王は明後日の方向を見ながら言った。


「無理だと言いたげですね。」


「公爵、そなたも知っとるだろう。帝王学はたやすく習得できるものではないと………。」


「うっかり失念しておりました。どこぞのどなたかが、2年で密かに習得しておりましたので。」


公爵がにこーっと笑って言った。


「………あの子は、ある意味、異常だ。だが、帝王学以外のものが欠けていた。」


「おそらく、本人にはどちらの自覚もないでしょう。たぶん、少し内容をかじった程度だと思ってたり、性格についての自覚がなかったり…。」


公爵の言葉に、王は目をつむって何かを考えているようだった。



「………公爵、任せたぞ。」


 王は、いつもすべてを語らない。


「ええ、もちろんです。」 


故に、王の意図を汲むのが、優秀な臣下というものだ。




王弟ラドルフが帝王学をなかなか習得できず、痺れを切らすまで、後もう少し。

王位を巡って、争いが起こりそうな王城であった。



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