第9話 レティーの事情
家事をやっているとはいえ、やっている家事の量は王城で働いているアルと同じか、それ以下。
美術品の販売で儲けたとはいえ、ちょうど、何か自分ができる仕事をしたいと少し思い始めていた頃だった。
『とことん、やって差し上げますわ!!』
そう意気込んで来たのだが…。
「何で、あなたがここにいるの!?」
「なぜかと聞かれても………」
平民といえど、裕福な商家の娘であるレティーの家である。
通された応接間はわりと豪華なものだった。
「こらこら、レティー、お前の先生だよ。マナーのね。」
目の前の恰幅の良い男性が豪商本人なのだろう。
「お初にお目にかかります。アンと申します。これから、嫁入りに向けてのマナー講義をいたしますので、よろしくお願いしますわ。」
レティーに向かって軽く礼をする。
姿勢、所作、表情、すべてが完璧だったはずだ。
「………嫁入りの授業?あなたが?
嫌よ!ぜったーーいに、授業なんて受けない!」
そう言ってレティーは勢いよく走り去っていった。
応接間の重い扉がガタンと閉まる。
「あ、あはは…、娘は少し幼くてですな。それに、そのぅ、ちょっと嫁入りに敏感でして………。」
レティーの父親は見て分かる通り、焦っているようだった。手をこねこねさせて、愛想笑いをしていた。
「アン先生とは年も近いので、仲よくしてくれるかと思ったんですけどね。」
この調子だと、他の先生は仲よくできずに逃げたのだろう…。
アンジェラは19才、レティーは16才。
たしかに年は近いが……。
(仲よくどころか、洗濯の水をレティーにかけられました………だなんて言えないわ………。)
アンジェラはすでに、くじけそうだった。
「レティーさま〜!レティーさま〜!」
メイドさんとともに庭や屋敷の中を探すことにしたアンジェラ。
レティーがいそうだという主なところはまわったが、なかなか見つからない。
「ねえ、あなた、この屋敷の中で空き部屋はあるかしら?」
「空き部屋でしたら、一回の応接間横の小部屋だけです………。」
(応接間横………応接間にそんな近いところにはおそらく、行かないと思うわ………。)
「もしかして、あまり使われてないけど、きれいな階段とかあるかしら?」
「?!」
メイドの表情からして、図星のようだった。
「あるのね、それはどこにあるの?」
アンジェラはレティーがどこにいるのかわかった気がした。
――――――――――――――
屋敷の東の石階段は、最近作られたばかりだというのに利便性に欠けているため、ほとんど使われていない。
レティーは、その階段に腰掛けていた。
(嫌だな……。)
顔が良く、下男とはいえ、安定した収入が得られる王城の仕事をしているアルは街の女の子に人気だった。
別に、本当に恋をしていたわけではなかったが、いつもにこやかで優しげなアルを『いいな』という程度には思っていたし、街一番の裕福な商家の娘である自分はそういうのを選べる立場だと思っていた。
なのに、彼は急に別の人と結婚したという話と、父親がレティーに貴族との結婚話を勝手に取り付けていたことを知った。
(………どうして、私には選択肢がないの?)
学院の友達はキラキラしていて、将来をどうしようかといろんな夢を語っているのに、レティーの前には道が一つしかない。
(別に結婚したくないとかじゃなくて……、私にも選択肢をちょうだいよ………。)
自分で、自分の人生を決めることができない。
―――そんなの、嫌だ。
だからなのだろうか………。
アルくんの噂のお嫁さんを見に行ったとき、猛烈に怒り、妬み、悲しみ………いろんな感情が湧いてきた。
腰まできれいに伸びた髪。きれいな顔立ちに、きれいな肌。そして、洗練された所作と姿勢。
それに、何より凄く幸せそうに笑っている。
( なんで、こんなに何でも持ってる人がいるの?なんで、そんなに幸せそうにしてるの?レティーがそうなれたはずなのに…。なんか、凄く嫌だ…。)
レティーは何も持っていないし、不幸なのに……。
けど、一番嫌なのは、人に嫉妬するだけで自分で何もできない………そんな自分自身だ。
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