十一
差し出された名刺を受け取り、白金はさっと名刺に目を走らせた。
名刺には表の
その下には佐藤ではなく、
――――確か塩見は……母方の苗字だったか。
佐藤は父方の苗字だと記憶している。
改めて目の前の男の風貌を確認する。
裏の顔を知らなければ、裏社会の人間だとは見抜けなかったかもしれない。だが、あいにく白金は
佐藤組は他の組と比べてまだ若い。けれど、その悪質性と結束力、急成長具合は無視できない……と佐久間が以前から注視していたのを白金は知っていた。まさかこんなところで出くわすとは思ってもいなかったが。
――――こいつが佐久間が言っていた佐藤組の組長か。
佐久間から聞いた情報を思い出す。
『佐藤組の強みはなんといっても彼らの頭脳にあります。組員数はまだ少ないですが、組長の佐藤を筆頭に切れ者が多く、曲者ぞろいです。薬物売買や、特殊詐欺、違法商法。噂は絶えませんが実際のところはわかりません。というのも佐藤組には今のところ大きな逮捕歴が無いんです。どうやら、佐藤組、というより佐藤 恭一郎には警察上層部との繋がりがあるようです』
じっと見つめ合う男二人。白金の眼力に狼狽える人は少なくないのだが、佐藤が揺らぐ様子は無い。自信に満ちた態度。その奥に潜んでいる狡猾さと、残虐性。
――――まさに『佐藤組』を体現したようなヤツだな。
それが、白金が実際に対峙して感じた佐藤の印象だった。その評価はおおむね間違ってはいないはずだ。白金のこういう勘はよく当たる。
――――そういえば、佐久間が気になることを言っていた。
『佐藤は何か
ちらりと、中谷やリビングの外で控えている男連中の表情を窺う。
――――なるほど、な。何か大きなこと……か。いったい何を企んでいるんだか。
白金が軽く殺気を飛ばす。すると、中谷が看過できないと動こうとした。けれど、すかさず佐藤が片手を上げて止める。中谷は大人しく従った。そのやり取りがあまりにスムーズすぎて白金はさらに目の前の男に警戒心を抱いた。
「悪いが、今名刺は持ち合わせていないんだ」
「ええ。かまいませんよ。私はあなたのことをよーく知っていますからね。白金さん」
にこにこと笑う佐藤に、白金の片眉がぴくりと動く。構わずに佐藤は続ける。
「私は今日あなたをスカウトしにきたんですよ。元警察官で現腕利きの何でも屋の白金さん」
佐藤の言葉に全員が目を丸くした。思わず白金は舌打ちをする。けれど、佐藤の表情は変わらない。
「どうですか白金さん。あなたのその知恵と経験をうちで活かしてはみませんか?」
「うちって言うのは、表のか?」
ニヤリと片方の口角を上げる。佐藤はご冗談をと一笑した。
「確かにあなたなら表でもやっていけるでしょうが……裏のに決まっているじゃないですか」
目を細めて微笑む佐藤。塚本はぶるりと身体を震わせた。生理的に受け付けなかったのだろう。
そんな塚本を見て、佐藤が「ああ」と声を上げる。
「ご希望でしたらそちらの二人には表の仕事を紹介することもできますよ。もちろん、裏がいいというなら裏の仕事を紹介することもできますが」
白金が何か言うよりも早く、塚本が一歩前に出た。顔が怒りで真っ赤に染まっている。
「結構です! 私が働きたいと思うのは所長の下だけですから!」
「こらこら、香さんおちついて。……まあ、全面的に俺も同じ気持ちではありますけど」
塚本を羽交い絞めにしながら田中はちらりと白金を見る。佐藤が「おやおや」と目を開いた。
「白金さんはとても慕われているのですね」
「まあな。おたくのところとそう変わりないくらいには」
そう言って臨戦態勢に入っている中谷やリビングの外の廊下で控えている連中に視線をやる。佐藤は「ええ」とにこやかに頷いた。
「ありがたいことに。では、こうしましょう。お二人はこのまま白金さんの下につくということで」
「勝手に話を進めるな。悪いが俺は佐藤組に入るつもりは無いぞ」
「それは残念。あなたなら血気盛んな子達を上手く御せると思ったのですが。……では、手を組むというのはどうでしょう? 藤田さんと私のように。ねえ?」
今まで黙って立っていただけの姫の実父である藤田に話しかける。藤田は慌てて頷き返した。
「はい! 白金さん。佐藤さんと手を組んで損はありませんよ。私が保証します」
「いや、あんたに保証されても……。そんなことより、聞きたいことがあるんだが?」
呆れながら、佐藤に視線を戻す。
「なんでしょう?」
「金子 俊。この名前に聞き覚えは?」
「金子 俊?」
佐藤が首を傾げる。
「仁美につきまとっていたろくでもない男の名前ですよ」
憎々しげに横から口を挟んだのは藤田だ。佐藤が「ああ」と声を上げた。
「思い出しました。姫さんにまとわりついていたという青年ですね」
「そうです」
うんうんと頷く二人。
「なぜ一般人に手を出した?」
「なぜ、てすか?」
きょとん顔の佐藤に鋭い視線を向ける。
「何もしていない一般人に手を出すのはどうなんだと聞いている」
「私が依頼したんだ!」
またもや横から藤田が口を挟んできた。顔が赤くなり、冷静さを失っているのが目に見えてわかる。
「仁美の周りをうろつく害虫を処分してくれってな!」
「なにそれ?! お父さんのせいで俊は死んだっていうの?!」
姫が藤田に詰め寄った。藤田が驚き、視線を泳がせながら頷く。
「あ、ああ。おまえも望んでいただろう?」
「望んでないわよ! 俊は一度は私が愛した人なのよ。死んでほしいなんて思うわけないじゃない。ただ、もう顔も見たくなかっただけよっ!」
「一緒じゃないか! それにあいつは死んで当然のやつなんだ!」
「そんなことないわ! 俊はあんな目に合わないといけない程悪い人ではなかっ」
「あいつは私に佐藤組と縁を切れと言ってきたんだぞっ!」
「え?」
姫が小さく呟く。藤田が忌々しげな顔で吐き捨てる。
「あいつは、どこからか私と佐藤組の繋がりを聞いてわざわざ余計な忠告をしにきたんだ。『姫の為に佐藤組と関わるのをやめてください』ってね。その瞬間、私にはわかったよ。あいつはろくでもないやつだって。仁美を任せることはできないってね。母さんと同じ、いくらこちらが説明しようとしても話を聞いてくれないタイプだ」
姫は藤田の言い分を聞いて絶句する。佐藤が藤田の発言に同調するように頷く。
「そう。ですから、私も強硬手段を選ぶしかなかったんですよ。組をまとめる者として、佐藤組に害をなす人間を見逃すことはできませんからね。さあ、これでわかっていただけましたよね?」
「何をだ?」
さも当然のような言い回しをする佐藤に、白金が険しい表情のまま返す。
「
にっこり微笑む佐藤。それに対して白金が口を開く前に姫が吠えた。
「そんな理由が通るわけないでしょう! そんなことくらいで俊の命を奪うなんてっどうかしてる。ただの人殺しじゃない!」
姫の叫びに藤田が青ざめる。勢いよく佐藤の足元にひざまずき、頭を深々と下げた。
「も、申し訳ありません! 娘が大変失礼なことを!」
「いや、元気がよくていいじゃないか」
震える藤田の頭に優しい声色が降ってくる。ホッとして藤田は頭を上げようとして……続きの言葉に固まった。
「ただ……少々元気が良すぎる、な。姫さんはうちの下の子達とばかり遊んでいたからその影響かもしれない。もっと上の奴らとの遊びを覚えたら姫さんも変わるさ。武」
「は、はい」
「姫さんの専用部屋。用意しとけ」
「わ、わかりました」
「ついでにおまえ達も混ぜてもらうといい。その方が姫さんも安心するだろうしな」
顔色が悪かった中谷の顔がパッと華やぐ。そして、にやけ顔で頷いた。反対に藤田と姫の顔は青褪めている。
その時、パンッと破裂音が響いた。
瞬時に中谷が佐藤を庇い、待機していた男達はリビングになだれ込み佐藤を中心に囲むようにして立った。
白金と田中は何が起きたのかすぐに理解したが、塚本だけは何が起きたのかわからず焦っていた。田中が塚本に近づき、小声で説明する。信じられないというように目を見開きながらも塚本は口を閉じた。
部屋の中には姫が選んだオシャレなインテリアがいくつもある。普段は部屋を飾っているそれらは今や立派な凶器となっていた。 リードディフューザは男達の目をめがけて勢いよく飛び、男達が怯んだすきに大きめの花瓶が佐藤めがけて飛ぶ。咄嗟に中谷が庇ったおかげで怪我はなかったが、花瓶の中に入っていた水と花が佐藤に降りかかり見るも無残な姿になってしまった。
先程まで余裕たっぷりだった佐藤が呆然と呟く。
「なんだ、これは」
その呟きに黒井が返した。
「あなたは怒らせてしまったんですよ。俊さんを」
「は? ……誰だ君は」
佐藤が今気づいたとでも言うように黒井を見た。そして、目を見開く。
「私のことを気にしている暇があるんですか?」
「何?」
一瞬の後、佐藤めがけてナイフが振り下ろされた。間一髪で避ける。
「っ、なんのつもりだ武!」
怒鳴りつけたが中谷は止まらない。それもそのはず、中谷の意識は無いのだから。
何度も佐藤に襲い掛かろうとする。普段なら佐藤一人でも中谷を制圧できただろう。しかし、今の中谷は普通では無かった。中谷だけではない。佐藤の精神状態もそうだ。いや、おそらく現状冷静でいられたのは数名だけだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます