十
呻き声が収まったかと思ったら突然泣き出した姫。けれど、姫の瞼は未だ閉じたまま。皆一言も喋らず、姫の様子を窺っていた。
最初に動いたのは黒井。姫に近づき、膝をついた。そして、顔を覗き込み頬に触れる。
黒井の行動に田中が目を爛々とさせる。背中を強い衝撃が襲い息を詰まらせた。
すぐに塚本から殴られたのだと気付いて非難めいた視線を送ったが無視された。仕方なく田中は唇を尖らせ、視線を黒井に戻す。
いつも通り戯れている二人にかまうことなく白金は黒井と姫を見守っていた。よく見ると姫の口が小さく動いていることに気づく。耳を澄ませてみたが何を言っているかまでは聞き取れない。
黒井がおもむろに空中を見上げる。
「これで満足ですか? ……そうですか。でも、まだ逝くのは早いですよ」
言葉の意味が読めず、白金は眉根を寄せる。
「白金さん。アレって俊さんと話してるんすかね?」
田中がコソッと白金に尋ね、白金は頷き返した。
「おそらく、な」
「何を話してるのか気になりますね」
「ああ……」
白金には金子の姿も声も聞こえない。今まで見たいと思ったことは一度もないが、今はもどかしく感じる。
苦々しい顔になっている白金に今度は塚本が反対側から声をかけた。その顔には苛立ちが混じっている。
「所長……まさかとは思いますが幽霊なんて非科学的な存在を
「え。香さんってまだ黒井さんや幽霊の存在を疑ってるんすか? 」
白金ではなく田中が答える。その声には少しの鋭さがあった。
塚本は一瞬怯んだ。嫉妬心を見透かされた気がしたのだ。でも、すぐに自分の言っていることは間違っていないと思いなおす。
「……当たり前でしょう。健二君はまんまと騙されちゃってるみたいね」
「騙されてないっす」
田中は即答したが、その態度がさらに塚本の中にある疑いを濃くした。
「あ、そう。すでに信じ切っている健二君には何を言っても無駄ね」
田中の片眉がぴくりと動く。むきになって言い返してくるかと思ったが、田中は冷静だった。
「香さんこそ何でそんな頭から否定しにかかるんでんすか? 香さんも見たじゃないですか。シュガープリンセス……今はスリーピングプリンセスって感じですけど、彼女のあの状態を見てもまだ信じられないんですか?」
「あ、あんなの……黒井さんと藤田 仁美が手を組んだに決まって……っ」
自分で言っておきながらこじつけがすぎるとでも思ったのだろう。だんだん尻つぼみになっていく。その時、白金が口を開いた。
「確かに、黒井に怪しいところが全くないわけじゃない」
特に、白金と黒井の最初の出会いについては正直出来過ぎていると思う。それに、幽霊が見えない白金には、黒井と金子のやり取りを確認する
「ほ、ほら!」
白金の発言に塚本の目が輝いた。
「ただ、
「佐久間さんがいい加減な人選をするわけないですしね」
田中がうんうんと頷くと、塚本は悔しそうに口を閉じた。佐久間の仕事振りには塚本も一目置いている。ただ、それでも塚本の顔は納得しているようには見えなかった。
その顔を見て田中が呆れたように呟く。
「あれだ。香さんて幽霊とか都市伝説とか、科学的根拠がない現象は絶対信じないタイプの人だ」
塚本がキッと田中を睨む。
「そうよ。悪い? そういう健二君はそういう眉唾物が好きそうね!」
「はい。好きっすよ」
すんなりと頷いた田中。塚本の目が丸くなる。その変化を見て、ふっと田中が笑った。
一瞬で塚本の顔が真っ赤に染まる。塚本は顔を逸らし、それっきり黙り込んだ。
じゃれあっている(?)二人を横目に白金は考え込んでいた。
――――正直、塚本の気持ちもわかる。
なにせ、少し前まで白金も塚本派だったのだ。
古くから裏社会にも|幽霊や呪術など
白金が知るその類の連中が、詐欺まがいなことばかりしていたことも一因かもしれない。
――――ただ、黒井については本物だと思わざるを得ない。もし、これが全て最初から黒井が仕組んでいた事だったとしたらそれはそれで完敗だ。
それに、最近の白金は見えなくとも何となく金子の気配を感じ取れるようになっていた。生きている人とは違う何とも言えない気配を微弱だが感じ取れるようになっていたのだ。
――――いったい
「黒井が見ている世界はどんな世界なんだろうな」
無意識に零れた呟きを塚本が拾い勢いよく振り向く。その顔には「信じられない」という言葉が書いてあった。反して、田中が「おっ!」というような顔になる。
白金が素早く黒井と姫を護るように移動する。田中も先程までのおちゃらけた雰囲気を消し、険しい顔で塚本の前に立った。塚本は戸惑いながらも二人に倣って警戒するように扉を見据える。
「姫さ~ん。お邪魔しますよ~」
間延びした男の声が聞こえてきた。その後から足音も続く。それも、靴を履いたままの複数の足音が。
リビングの扉が勢いよく開かれた。
先頭に入ってきた男と白金の視線がかち合う。男は白金を見て、驚くでもなく、わかっていたかのようににやりと笑った。
「どうも~白金サービスの皆さん?」
「どうも」
棒読みで返しながらも白金が皆の代表として一歩前に出る。男の後ろにはぞろぞろと人が続いている。いったい何人いるかはわからないが、ここでドンパチするには分が悪いことだけはすぐに理解できた。白金の眉間に皺が寄る。
「何、しにきたの?」
緊迫した空気の中、不機嫌な声が響いた。
皆の視線が、一点に集まる。
黒井から支えてもらい身体を起こした姫は赤くなった目で男を睨みつけた。男が姫を見てへらりと笑う。
「おはよう姫さん。と……その隣にいるのはお友達ですか? えらい美人……さん、です、ね」
男は姫を見た後、その隣にいた黒井を見て、目を奪われた。いかにも怪しい男相手にも怯まずにまっすぐに見返す黒井。男は黒井の瞳に吸い込まれるような不思議な感覚に襲われた。その感覚を知っている白金はわざと視線を遮る。男二人の視線がぶつかりあった。
「
「いえ、どうぞ」
我に返った男……
「お父さん、
姫が困惑した表情を浮かべる。実父である啓吾はともかく佐藤組のトップの佐藤 恭一郎が家を訪ねて来ることは初めてだったからだ。それも組の人をひきつれて。ただ事ではない。
けれど、姫の疑問に二人は答えてくれなかった。
佐藤 恭一郎が人好きする笑みを浮かべて足を進める。そして、まるで今から商談でもするかのように白金に向かって名刺を差し出した。
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