第2話

 祖父母の家の裏には畑と山があった。少し入れば緩やかな斜面があり、そこが栗林になっていた。

「おっかさんを見つけたら、一回家に戻ろうな」

「えぇー、なんでえ?」

「素手じゃ怪我するだろう? それに栗を拾っても、入れるもんがない」

 ぶうーと膨れる僕を見て、後からついてきたお父さんとお母さんがクスクスと笑った。

「ん? ありゃ何だ?」

 そうやって小道を歩いていくと、前方に何か、こんもりとしたものが見えた。落ち葉や土をかき集めたもののようにも思えたが、ソレまであと数メートルというところで、はたとお爺ちゃんの足が止まる。

 不思議に思って、僕はお爺ちゃんを見上げた。その顔は蒼白で、大きく見開かれた目が前方のソレから離せないでいる。

 お爺ちゃんは僕の手を掴んだまま、ふらふらと歩き出した。

 足下でぐじゅ、と音が鳴る。雨も降っていないのにおかしいな、と僕は視線を下げた。

 目に入ったのは、転々と落ちている桃色の破片。そして、真っ赤にぬかるんだ地面。

 ギョッとして立ち止まった僕を置いて、お爺ちゃんはなおもソレに近寄っていった。繋いでいた手が、するりとほどける。

 呆然とソレの傍らに立ち尽くし、お爺ちゃんは掠れた声で呟いた。

「おっかさん……?」

 それを聞いて、僕は固まった。

 ズタズタに引き裂かれ、赤く濡れそぼった衣服。毛髪ごと剥ぎ取られた頭皮。そんなものが地面に無造作に打ち捨てられている。

 当然その持ち主が無事であるはずもなく。

 物言わず転がるソレは頭から胸にかけて、とにかく真っ赤だった。血で染まっているとか、そんな生易しいものではない。肉が剥き出しなのだ。

 鼻のない顔面は中央が窪んでいた。唇のない口には少し黄ばんだ歯がずらりと並び、瞼のない目からは眼球がこぼれていた。

 その顔から誰なのかを判別することは最早出来ない。

 でも、その場の全員が悟っていた。

 コレは、お婆ちゃんだ。

「うわああああ!」

 お爺ちゃんが叫ぶ。それに金縛りを解かれたかのようにお母さんが走ってきた。手で僕の目を覆ったが、もう遅い。僕はお婆ちゃんのぐちゃぐちゃな顔も、肉の削げた胸も上腕も見てしまった後だった。

 ガサッ。

 間近で音がする。お母さんの鋭い悲鳴があがった。

「なっ、なんだ、犬か……」

 塞がれた視界の中、大人達が混乱したように何か言葉を交わすのを聞いた。

 そして、僕はお父さんに抱っこされ、全員で……いや、お婆ちゃんの遺体をその場に残して、家へと戻った。

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