地下の世界

「まさか、バーレンにこんな場所があったとはね」


 周囲を見回し、ザフィーは呟いた。

 他の者たちも、同じ思いを抱いていた。城塞都市バーレンといえば、身分の高い貴族や、大金持ちの商人たちの憩いの場のはずだった。

 ところが、目の前に広がるのは……まるで、どこかの魔王が作り上げた地下迷宮のようだ。石造りの通路は暗いが、壁石や天井の隙間から発光する植物が生えている。どうにか、足元を見るくらいは出来た。

 そんな中を、一行は進んでいく。


「ここは、崩れ落ちたりしないのかよ」


 ブリンケンが辺りを見回し、不安そうに呟いた。すると、先頭を進んでいたミレーナが答える。


「大丈夫だよ。有名な魔術師が、魔法でガッチガチに固めたらしいから」


「へえ、すげえなあ」


「もともとは、金なんかを掘り出すためのトンネルだったらしいんだけど、すぐに掘り尽くされちまった。その後は、戦争や災害の時に市民を避難させるための場所として使うつもりだったんだけど、あちこちから貧乏な連中がやってきて、勝手に住み着いちまったのさ」


 言った後、ミレーナは振り返る。


「ここを真っすぐ行くと、開けた場所がある。ひとまず、そこで休もう」


「お前、本当に詳しいな」


 ブリンケンが感心したように言うと、ミレーナは苦笑した。


「そりゃそうさ。何たって、あたしはここの出身だからね」


「そうだったのか」


「ここに住んでるのは、上の世界にいられなくなった連中さ。あたしも、そのひとりだよ。生きるために、殺し屋稼業を始めたのさ」


 そう言うと、再び進み始める。一行は、後に続いた。




 ミレーナの言う通りだった。しばらく進むと、開けた場所に出る。円形になっており、そこからさらに何本もの通路に繋がっていた。

 一行は、その場に座り込む。さすがに皆、顔に疲労の色が浮かんでいる。何せ、起床してすぐの強襲である。しかも、まさかこんな治安のいい街で襲われるとは予想もしていなかった。

 やがて、ザフィーが口を開く。


「それにしても、まさか国家反逆罪とはね。こんな大層な罪を被せられるとは思わなかったよ。あたしらの敵は、相当な大物のようだね」


 言った後、ブリンケンの方を向く。


「あんた、心当たりはないのかい?」


「あるわけないだろ。悪いが、俺は地上人の事情に関しては詳しくないんだ。そもそも、天空人の存在を知っている者も、ほとんどいないはずなんだぜ」


 ブリンケンが答えると、ザフィーは目を細めた。


「ほとんど、ってことは……あんたらの存在を知っている地上人もいるんだね」


「そりゃあ、いるだろうよ。実際、天空の世界を捨てて、わざわざ地上の世界に移り住んだ物好きもいるらしいからな。俺の仕事の中には、そうした情報を集めることも含まれているんだよ」


 そこで、ブリンケンは言葉を切りイバンカに視線を移した。少女は、だいぶ疲れているようだ。今にも眠りこんでしまいそうである。

 少しの間を置き、静かに語り出す。


「ただ、天空人にもいろんな連中がいる。前にも言った通り、一枚岩ではないんだよ。戦争をしたがっている者もいるが、地上人と交流したい者もいる」


「そうかい。もしも、天空人と地上人が戦争になったら、どっちが勝つと思う?」


 いきなりのザフィーの問いに、ブリンケンは眉間に皺を寄せ天井を向いた。

 ややあって、真面目な顔で答える。

 

「はっきり言うと、天空人が有利なのは間違いない。俺たちは、ここの地形そのものを変えちまえるような兵器を持っているんだ。そんなものを、いきなり空から降らせることが出来るんだよ」


「そうかい。とんでもない連中だね、天空人てのは」


 苦笑するザフィーに、ブリンケンはかぶりを振った。


「もっとも、俺は地上人のことも見てきた。侮れないものがあるのは認める。特に、魔法の力は凄まじい。俺たちにはないものだ。地上人の勝ちの目も有り得る。ただな、どちらが勝つかなんてどうでもいい。俺は、そもそも戦争をさせたくない」


「それは、あたしも同じだよ。それに、こっちは仲間をひとり殺られているんだ。絶対に、奴らの思い通りにはさせない」


 ザフィーの言葉には、固い決意が感じられた。一方、ブリンケンはミレーナの方を向く。


「ミレーナ、地下を通って街の外に出ることは出来ないのか?」


「無理だね。外に出るには、一度地上に出ないとならない。でも、この人数だと、出ると同時に捕まりそうだね」


 顔をしかめ答えるミレーナに、ブリンケンも溜息を吐きつつ会釈を返す。

 次いで、再びザフィーの方を向いた。


「なあ、ザフィー。あんた、魔法で空が飛べたりするのか?」


「空? 一応は飛べるよ」


 いきなりの問いに面くらいつつも、ザフィーは頷いた。


「だったら、あんたがイバンカを連れて、バルラト山まで飛んでいくことは出来るかな。最悪の場合、イバンカだけでも逃がしたいんだ」


 そう言うと、ブリンケンはイバンカをちらりと見る。少女は、いつのまにか眠っていた。ザフィーは苦笑する。


「よっぽど疲れてたみたいだね。この子だけは助けてやりたいのは、あたしも同じさ。けど、空を飛ぶのはやめた方がいいと思う」


「なぜだ?」


「まず、空を飛ぶってのは難しいんだよ。イバンカを抱えて飛ぶとなったら、なおさらだ。次に、速く飛ぶと体がめちゃくちゃ痛くなる。あの子に耐えられるか、難しいところだよ。それに、途中にはドラゴンがいる」


 途端に、ブリンケンの表情が変わった。


「ドラゴン? 本当にいるのか? 伝説だけじゃないのか?」


「ああ、本当にいるのさ。ここからまっすぐバルラト山を目指すと、途中でジグマの谷を通ることになる。そこの近くに、アギレ山ってのがあるのさ。何千年も前から生きてるドラゴンの縄張りなんだよ。人間が空なんか飛んでいようものなら、ドラゴンに襲われちまう。これまで、調子に乗って谷の周りを飛び回った挙げ句ドラゴンに食われた魔術師は、かなりの数になるそうだよ」


 そう、ジグマの谷のそばにあるアギレ山……そこには、巨大なドラゴン・エジンが棲んでいる。数千年前から存在しているといわれ、その力は凄まじいものだ。体は象より大きく、はやぶさよりも速く空を飛び、鱗は鋼鉄より硬く、ひとつの村を一瞬で消し炭に変えられる炎を吐くという。

 かつて、大勢の名だたる勇者たちがエジンに挑んだが、ことごとく返り討ちにされてしまった。今、アギレ山は完全な不可侵領域となっている。ザフィーも本物は見たことがないが、話だけは嫌というほど聞かされていた。


「何だと? じゃあ、その何とかの谷は通れないのか?」


「いや、谷を歩いて通る分には大丈夫。ただ、あの辺の空を飛んでると襲われるんだよ」


「そいつは厄介だな。となると、地上を行くしかないのか」


「そうだね。しかし、その前にここをどうやって抜け出すか。その方が問題だよ」


 答えた後、忌ま忌ましげに天井を睨みつける。


「クソ、あたしのヘマのせいだよ。バーレンに寄らず、さっさと先を急ぐべきだった」


「それは、隊長のせいではありません。こんなことになるとは、誰が予想できましょうか。結果論です」


 冷静な口調でカーロフが口を挟んだが、ザフィーはかぶりを振った。


「結果論だろうと何だろうと、みんなが苦境にいるのは事実だ。誰かが責任を取らなきゃいけないよ。このまま、地下に足止めされてるわけにいかないからね」


「これから、どうするんだ?」


 尋ねるブリンケン。


「ひとまず、ここで様子見だね。いざとなったら、あたしが魔法で街の中枢部を吹っ飛ばす。そのどさくさに紛れて、みんなで逃げるしかないよ」


「姐御、そんなの無茶苦茶だよ。何か方法はあるはずだから」


 不安そうな表情のミレーナに、ザフィーは口元を歪め頷いた。


「大丈夫、それはあくまで最後の手段さ。あたしだって、まだ死ぬわけにはいかないしね」


 




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