衛兵たちの襲撃

 城塞都市バーレンには、観光客向けの高級な宿がいくつも営業している。

 今回、人外部隊の面々はそんな宿のひとつに泊まっていた。三人部屋をふたつ取り、片方にカーロフとブリンケンとジョニーが、もう片方にはザフィーとミレーナとイバンカが宿泊している。




 夜明けと呼ぶには遅く、朝と呼ぶには少し早い時間。空は明るくなりかけているが、室内にまでその光は届いていない。

 薄暗い室内では、上半身裸のジョニーが奇妙な動きをしていた。構えた姿勢から、何もない空間に蹴りを放つ。非常に遅い動きだ。まるで、彼の周囲だけ時間が遅くなっているかのようである。それでも、姿勢はぐらついていない。ゆったりとした動きで、蹴りの動作を終える。

 不意に、ジョニーの動きが止まった。扉の開いた寝室から、ブリンケンがこちらを見ていたのだ。


「起こしちまったか?」


 ジョニーが尋ねると、ブリンケンは首を横に振る。

 

「いいや、俺が勝手に起きただけだ。それにしても、練習熱心だな」


「まあな。こんな時こそ、基本をチェックしておかないといけないんだよ」


 そう言うと、ジョニーは床にしゃがみ込んだ。両足を開き、上体を左右に曲げていく。

 ブリンケンは、そんな動きを興味深そうに見ている。ややあって、口を開いた。

 

「武術を極めると、手のひらから火の玉みたいなのを発射したりするって聞いたことがある。それは本当か?」


 その問いに、ジョニーは思わずくすりと笑った。


「いやいや、違う違う、それは魔法だよ。ごっちゃになっているのさ。武術の奥義は、魔法とは別種のものらしい。俺の師匠は、そう言ってた」


「じゃあ奥義って、どんな技なんだ?」


「知らん。ただ師匠は、こんなことも言ってたよ。奥義に到達するには、まず実戦を繰り返すこと。そして戦いの中で、自分自身の中に気づきがあるかどうか……その気づきがない奴は、一生到達できないらしい」


 言われたブリンケンは、思わず首を捻る。


「気づき? なんか宗教みたいだな」


「最後には、こう言ってたぜ。目を閉じれば、世界は闇に覆われる。だが、より鮮明に見えるものもあるってな」


「深いような、そうでないような……何だか、よくわからない言葉だな」


 ブリンケンが、率直な感想を述べる。

 正直に言うなら、ジョニー自身も、未だに言葉の真の意味はわかっていない。教えてもらう前に、師匠は死んでしまった。ジョニーの手で、森に埋葬したのだ。

 あのマルクのように──

 切ない気分をごまかすため、無理やり笑顔を作り言葉を返す。


「確かに、意味わからねえよな。ところで、あんたら天空人の国にも、武術はあるのか?」


「あるよ。武術大会みたいなのも開催されてるくらいだ」


「ほう。出てみたいな」


「ああ、是非とも出てくれ。そうすれば、あんたらに対する意識も変わるだろう」


 意識? どういうことだろうか。ジョニーは、以前から感じていた疑問を聞いてみた。


「天空人たちは、俺たち地上人をどう思ってるんだ?」


 すると、ブリンケンの表情は暗くなる。


「知らない方がいい」


「どういう意味だ?」


「はっきり言うとだ、天空人は地上人のことを猿と大して変わらん未開の民族だと思っている」


 聞いた瞬間、ジョニーの目つきが鋭くなった。ブリンケンを睨みながら、ゆっくりと喋り出す。


「何だそりゃ。天空人は、そんな御立派な連中なのかよ?」


「大半の天空人は、自分たちを御立派だと思っている。でなきゃ、正体を明かさず様子を見ようなんて意見は出てこないよ」


「お前はどうなんだ? 俺たちを、どう思っているんだ?」


 なおも尋ねるジョニーに、ブリンケンは複雑な表情で答えた。


「正直に言うと、最初は地上人を愚かな連中だと思ってた。しかし、今は違う。時間はかかるだろうが、両者はいつかわかりあえる気がするよ」


 その時、カーロフの声が割って入る。


「外が騒がしいですね。用心した方がいいかもしれません」


「えっ、何でだよ? さすがに、こんな街で襲って来る奴はいないだろ」


 ジョニーが尋ねると、カーロフは寝室から手招きする。


「こちらに来てください。こんな時間だというのに、衛兵が来ているのですよ。しかも、この宿の前に集合しています。これは、逃げた方がいいかもしれません」


「どういうことだ? なぜ衛兵が、俺たちを狙うんだよ?」


「我々の敵は、殺し屋ゴブリン集団のヤキ族や、最強の傭兵といわれているミッシング・リンクを雇ったのですよ。かなりの大物です。となれば、この街の権力者を抱き込む可能性もあります」


 珍しく早口で語るカーロフに、ジョニーとブリンケンは唖然となっていた。何も言えず、ただただお互い顔を見合わせている。

 しかし、カーロフはお構いなしに話を続けた。


「とにかく、隊長たちの部屋に行きましょう」


 言うと同時に、カーロフは部屋を飛び出した

 一方、ジョニーとブリンケンは顔を見合わせたままだった。敵が大物なのは認めるが、こんな巨大な都市の衛兵をまるごと抱き込めるほどの力を持っているというのか。

 直後、カーロフが正しかったことを知らされる。ふたりが窓から下を見てみると、いつの間にか衛兵が集まり宿を取り囲んでいるのだ。その数は、今のところ三十前後である。蹴散らせないこともないが、奴らは増援を呼べる。まともに戦えば、次々と増援を呼ばれるだげだ。勝ち目はない。

 ジョニーが舌打ちした直後、数人の衛兵が宿に入っていくのが見えた。もし奴らの標的が人外部隊であるなら、すぐに来るだろう。

 その時、ブリンケンが尋ねた。


「どうするんだ?」


「とにかく、まずは隊長のところに行こう」


 答えると同時に、ジョニーは荷物を手に部屋を飛び出した。ブリンケンも、後に続く。

 ふたりがザフィーらの泊まる部屋に入った途端、外から足音が聞こえてきた。明らかに、泊まり客のものとは違う雰囲気だ。

 全員の顔に、緊張が走る。


「一体どうなってんだい? まさか、ここの衛兵まで抱き込むとは──」


 ザフィーが言い終わる前に、いきなり扉が開いた。廊下には、クロスボウを構えた衛兵が数人いる。うちひとりが、傲慢な表情で口を開いた。


「我らは、バーレン警備隊だ。お前らには、国家反逆罪の容疑がかけられている。おとなしく来い。さもなくば殺す」


 有無を言わさぬ態度で言い放つ。だが、その態度はすぐに変化した。突然、巨大なベッドが飛んできたのだ。

 衛兵たちも、こんな攻撃は予期していなかったのだろう。慌てて後ろに下がる。一方、部屋からの攻撃は止まらない。タンスやテーブルといった備え付けの家具が、入口に積み重なっていく。

 

「これで時間は稼げます。後は、窓から逃げましょう」


 言ったのはカーロフだ。彼が、その怪力でベッドやテーブルをぶん投げ、バリケードを作ったのである。


「ちょっと待て! ここは五階だぞ! どうやって降りるんだよ! しかも、下には衛兵がわんさか──」


 そこまでしか言えなかった。カーロフが、右腕でジョニー、左腕でブリンケンを担ぎ上げたのだ。

 直後、窓から飛び降りる──


「おおい! 何すんだ!」


 ブリンケンの悲鳴とも抗議ともつかない声とともに、カーロフは着地した。五階から落ちれば、凄まじい衝撃を受けるはずなのだが、カーロフは何事もなかったかのように担いでいたふたりを降ろす。

 と、そこに矢が飛んできた。地上にいた衛兵たちが、クロスボウを撃ったのだ。

 数本の矢が、狙い違わずカーロフに命中した。しかし、彼は意に介さず引き抜く。小枝でも扱うかのように、そこらに投げ捨てた。蚊に刺されたほどの痛みも感じていないらしい。

 次に大男は、衛兵たちの方を向いた。ツギハギと傷痕だらけの醜い顔を見て、衛兵は思わず後ずさりする。


「ば、化け物め!」


 衛兵のひとりが叫んだが、カーロフは無言のまま、そばにある鉄製の街灯を片手で引き抜く。

 じろりと衛兵を睨んだ。

 

「私は戦いが嫌いです。人を殺すことも、したくありません。さっさと引き上げてください」


 声の直後、街灯をぶん投げた──

 街灯は投げ槍のように飛んでいき、石の敷き詰められた地面に突き刺さる。衛兵たちは、慌てて後退した。カーロフの怪物じみた腕力を目の当たりにし、完全に怯えている。

 その時、上から荷物が降ってきた。次に、ミレーナとイバンカが下りてくる。彼女はイバンカを抱きしめ、鞭を窓枠に引っかけ命綱のように用い、軽やかな動きで下りてきた。

 最後はザフィーだ。彼女は落ちて来る羽毛のような速さで、ゆっくりと下りてくる。これも、魔法の為せる業だ。

 直後、ミレーナが叫ぶ。


「みんな! ひとまず、こっちに隠れよう!」


 言うと同時に、ミレーナは鞭を振るった。上の壁に引っかける。

 イバンカを抱いたまま、鞭を起点に宙を飛ぶ。狭い路地へと一瞬で移動した。着地し、横にある古い小屋を手で指し示した。


「この中に、地下道への入口がある! そこに逃げよう!」


「地下道? 何で知ってるんだ?」


 ブリンケンが聞いたが、彼女は怒鳴り返した。


「質問は後! 衛兵が来るよ!」






 

 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る