12.魔法使いとのお風呂

拝啓、お母様。お父様。妹たち。

私は魔法界の王子の城で暮らしています。王子のローランも、弟のノアも癖が強いけど、優しいです。

やっと幸せをつかんだかと思いきや、待ち構えていたのは―――水責めの刑でした。


「絶対に嫌よ」

「人間界でも、お風呂で汚れを落とすだろ?」


城のバスルームは広く、学校アカデミーの教室ほどある。

湯船の近くで、私はローランと向き合っていた。お互い、バスタオル一枚で。


「確かにお風呂には入るわ。でも、どうして男性と一緒に入る必要があるの?」

「君がリリーに何をされたか、僕が確認しなきゃいけないからさ。愛する人に呪いがかけられていたら、大変だろ?」

「もっと大変な相手に好かれたみたいなんだけど……」

「はは。さすが賢いサラだ。物分かりが良いね」


認めるな、変態!


彼は、じりじりと私に近付いてきた。一緒に入る気満々なのは、言われなくても分かる。

腰に巻かれたバスタオルの上に視線をずらすと、鍛え上げられた肉体が目に入って……


って、流されちゃだめだ。私はバスタオルをしっかりと抑えた。


「認めないわ、こんな薄っぺらい官能小説みたいな展開は!」

「はは。清純そうな見た目をして、いやらしいね。ますます好きになったよ」


彼は徐々に私に近付いてくる。そうして、手を私の方へ伸ばした。力の差では、どうしても叶わない。


私はぎゅっと目を閉じると―――


「え?」


シャワーのお湯が、上から降って来た。



「全く。サラはいつも物事を、エロい方に持って行くね」


ただのお湯ではない。それが身体に触れると、キラキラと輝いて消えて行った。

なのでシャワーを浴びても、全く濡れることはない。


「僕は水の魔法が得意だからね。水の力を借りたんだ」


蒸気に包まれた後のように、身体だけがぽかぽかと温かかい。

彼は含みのある笑みを浮かべていた。


「何をされると思ってたんだい?」

「べ、別に何も」

「色々とちゃんと整えたら、期待通りのことをしてあげるからね」


ローランは片目をつぶって見せた。見事なウインクだった。

彼が指を鳴らすと、メイドが現れた。


「全部やってあげたいけど、僕も色々と我慢できなさそうだからね。これからは彼女にも、サラの世話を頼むことにするよ」


メイドは紫色の髪で、透き通るように白い肌をしていた。

美少女だが、無表情だ。嫌々ながら引き受けてくれたのだろうか。


「クロエです。よろしくお願いします、サラ様」

「ええ、よろしくね。クロエ」


彼女は表情を欠いた顔でお辞儀をした。笑い方をどこかに忘れてきてしまったようだ。

私たちを交互に見ながら、ローランは言った。


「本当はもっと年配のメイドにしようと思っていたけど、クロエがどうしてもって言うからね」

「そうなの?どうして?」

「それはね……」


彼が口を開くと、バスルームにノックの音が響いた。


「ローラン様!昼食会の時間です!」

「やれやれ。じゃ、僕は行くね。理由は本人に聞いてみなよ」


バスローブを羽織り、彼は私に軽くキスをした。


「ち、ちょっと人が見てる前で……」

「人が見ていないところなら、何をしても良いのかい?」

「そういう意味じゃないってば!」


私は彼に向かって、近くに置かれていたタオルを投げつけた。

彼はそれをキャッチして、手をひらひらと振りながら扉から出て行った。


「まったく、あいつは……!」


息を切らせる私に、クロエが静かに話しかけて来た。


「サラ様、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないわ。この城にいると身がもたない」


彼女は少し、考える素振りをした。

そして、ぽんと手を叩いた。


「分かりました。じゃあ、少し散歩に出かけましょうか」


私はうなずいた。外へ出れるのは嬉しいが、油断ならない。ここは魔法界だ。

しかも私を見つめるクロエの目は、心なしか熱っぽい。他は感情を欠いた顔なのに、瞳だけが爛々と輝いている。


ただのピクニックでは終わらない予感が、既に漂っていた。

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