12.魔法使いとのお風呂
拝啓、お母様。お父様。妹たち。
私は魔法界の王子の城で暮らしています。王子のローランも、弟のノアも癖が強いけど、優しいです。
やっと幸せをつかんだかと思いきや、待ち構えていたのは―――水責めの刑でした。
「絶対に嫌よ」
「人間界でも、お風呂で汚れを落とすだろ?」
城のバスルームは広く、
湯船の近くで、私はローランと向き合っていた。お互い、バスタオル一枚で。
「確かにお風呂には入るわ。でも、どうして男性と一緒に入る必要があるの?」
「君がリリーに何をされたか、僕が確認しなきゃいけないからさ。愛する人に呪いがかけられていたら、大変だろ?」
「もっと大変な相手に好かれたみたいなんだけど……」
「はは。さすが賢いサラだ。物分かりが良いね」
認めるな、変態!
彼は、じりじりと私に近付いてきた。一緒に入る気満々なのは、言われなくても分かる。
腰に巻かれたバスタオルの上に視線をずらすと、鍛え上げられた肉体が目に入って……
って、流されちゃだめだ。私はバスタオルをしっかりと抑えた。
「認めないわ、こんな薄っぺらい官能小説みたいな展開は!」
「はは。清純そうな見た目をして、いやらしいね。ますます好きになったよ」
彼は徐々に私に近付いてくる。そうして、手を私の方へ伸ばした。力の差では、どうしても叶わない。
私はぎゅっと目を閉じると―――
「え?」
シャワーのお湯が、上から降って来た。
☆
「全く。サラはいつも物事を、エロい方に持って行くね」
ただのお湯ではない。それが身体に触れると、キラキラと輝いて消えて行った。
なのでシャワーを浴びても、全く濡れることはない。
「僕は水の魔法が得意だからね。水の力を借りたんだ」
蒸気に包まれた後のように、身体だけがぽかぽかと温かかい。
彼は含みのある笑みを浮かべていた。
「何をされると思ってたんだい?」
「べ、別に何も」
「色々とちゃんと整えたら、期待通りのことをしてあげるからね」
ローランは片目をつぶって見せた。見事なウインクだった。
彼が指を鳴らすと、メイドが現れた。
「全部やってあげたいけど、僕も色々と我慢できなさそうだからね。これからは彼女にも、サラの世話を頼むことにするよ」
メイドは紫色の髪で、透き通るように白い肌をしていた。
美少女だが、無表情だ。嫌々ながら引き受けてくれたのだろうか。
「クロエです。よろしくお願いします、サラ様」
「ええ、よろしくね。クロエ」
彼女は表情を欠いた顔でお辞儀をした。笑い方をどこかに忘れてきてしまったようだ。
私たちを交互に見ながら、ローランは言った。
「本当はもっと年配のメイドにしようと思っていたけど、クロエがどうしてもって言うからね」
「そうなの?どうして?」
「それはね……」
彼が口を開くと、バスルームにノックの音が響いた。
「ローラン様!昼食会の時間です!」
「やれやれ。じゃ、僕は行くね。理由は本人に聞いてみなよ」
バスローブを羽織り、彼は私に軽くキスをした。
「ち、ちょっと人が見てる前で……」
「人が見ていないところなら、何をしても良いのかい?」
「そういう意味じゃないってば!」
私は彼に向かって、近くに置かれていたタオルを投げつけた。
彼はそれをキャッチして、手をひらひらと振りながら扉から出て行った。
「まったく、あいつは……!」
息を切らせる私に、クロエが静かに話しかけて来た。
「サラ様、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわ。この城にいると身がもたない」
彼女は少し、考える素振りをした。
そして、ぽんと手を叩いた。
「分かりました。じゃあ、少し散歩に出かけましょうか」
私はうなずいた。外へ出れるのは嬉しいが、油断ならない。ここは魔法界だ。
しかも私を見つめるクロエの目は、心なしか熱っぽい。他は感情を欠いた顔なのに、瞳だけが爛々と輝いている。
ただのピクニックでは終わらない予感が、既に漂っていた。
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