11.ゴーレムの攻撃

「手を組む、私たちが?」


リリーの言葉に、私は耳を疑った。今日の彼女は三秒起きに、意表をつく発言をしてくる。


「ええ。あたしたちは、魔法使いの王族に使われているだけですわ。用が済めばどうなるか分からない。お互いの動向を報告し合いましょう」

「あたしたち?」

 

彼女が第一王子に連れられて人間界へ行った理由は、分かる。人間界に魔法使いを連れて行き、戦争を起こすのだろう。

でも私がローランに魔法界に連れ来られた理由は、全く理解できない。彼が執事ジェフリー時代に私を見ていて、哀れに思って連れて来られたのだろう。その程度に考えていた。


「私に利用価値なんてないわよ。魔法も使えないし」

「なんですって?」


今度は彼女が驚く番だった。


「人間界の王子レオナルドから力を授からなかったんですの?」

「まともに会話したのも数える程度よ」

「ベルモント家に代々伝わる魔法は?」

「うちにあるのは、侯爵の位だけ。あとは何も無いわ」

「そんな。魔法使いたちが間違えるなんて………」


だんだん話が読めて来た。つまりリリーを含む魔法使いたちは、私に何かしらの力があると考えていたらしい。


「じゃあ、どうしてサラが選ばれたんですの?」

「他にいなかったんでしょ。あいつの悪評は街に響き渡ってたから」

「それにしても……」

「持参金も王族は免除されるから、両親にとっても都合良かったしね」

「かわいそうな人。あなたの人生なのに、ちっとも主語に出てきませんわ」


彼女の言葉は、なかなか応えるものがあった。鉛を飲み込んだ後のように、腹にズドンと来る。

リリーは私に興味を失いつつあるようだった。私はそんな彼女を見据えて、言った。

 

「……だから、自分の人生を生きようとしてるのよ」

「素敵な響きね。死体安置所の係員が言いそうですわ」

「だから、あんたの提案もお断り」

「何ですって?」


彼女は目を見開いた。ぎらぎらと赤く輝いている。


「今の話が本当かどうか、分からないし。私はローランから話を聞く。その時計、返してくれる?」


そろそろノアに言われていた一時間が経過しそうだ。

彼女は時計の存在に、たった今気づいたような素振りを見せた。下手くそな演技をする自称女優の、からっぽな女を思わせた。


「人間って、おめでたいわね。ここから生きて出られるとでも思いましたの?」


リリーは右手を床につけた。地響きがして、石でできた床がはがれる。細かい石が、ぱらぱらと浮き上がって来た。


「土の魔物よ。この女を叩き潰しなさい」


小さな石たちは集まり、私ほどの身長になった。人間ではない。

それは石でできた、ゴーレムだった。


「ふふ。利用されるだけの人生なら、終わっても良いと思いますわ」


ゴーレムは私に向かって拳を上げた。殴られればどうなるか、おめでたい頭の私でも理解できる。目を閉じて、衝撃に備えた。


「……あれ?」


しかし覚悟をしていた衝撃は、訪れなかった。おそるおそる目を開ける。そこにゴーレムはいなかった。


色とりどりの光が見えて、その奥に見覚えのある魔法使いのローブが見えた。


「ローラン!」


彼は私を抱きしめた。あたたかい光と彼に包まれて、家に帰って来たかのような安心感を覚えた。


「愛しいサラ。怪我はない?」

「ええ、身体にはね」

「心の傷は、後でいくらでも癒してあげるからね」


彼は優しく言うと、リリーに向き直った。


「この城は、お前のような魔物が来る場所じゃない」

「もう魔物じゃないですわ。魔法使いになりましたの」

「面白い冗談だな。退屈な夜にでも思い出すよ。サラがいれば、そんなこと無いだろうけどね」

「本当よ。お兄様は弟たちと違って優秀ですもの」

「兄さんだと?」


途端に、ローランの雰囲気が変わった。部屋の気温は、急速に冷え込んでいった。彼の顔は見えないが、怒っているに違いない。リリーですら、少し怯えているようにも見えた。


「兄さんのことを、サラに話したのか?」

「あら。どうせ使い捨てにする女に、真実は必要ありませんものね」

「そうじゃない。家族を悪く言う奴を、僕は許せないんだ」


ローランはリリーに、杖をつきつけた。彼女は表情を欠いた顔で、杖の先を見つめていた。


「サラの悪口も、一言でも言ってみろ。生まれて来たことを後悔させてやる」

「魔法使いの真実を知っても、その子が一緒にいてくれるかしら?」

「……失せろ」

「言われなくても。あたしはレオナルドと音楽会に出かけますから」

 

彼女は私に、意味ありげな視線をよこした。そして時計を私に向かって投げた。何とかキャッチして時計を見ると、あと5分残されている。


顔を上げると、彼女はもう消えていた。

 

「リリーを倒さないの?」

「ああ。腐っても、王子レオナルドの婚約者だからね。人間界と揉め事は起こしたくない」

「だから、彼女は第一王子に送り込まれたのかしら」

「……」

「ご、ごめん」


ローランが手を繋いできた。大きくて、あたたかい。部屋には時計のカチ、コチ、カチ、コチ、という音だけが響いている。彼はやれやれと言った様子で首を振った。


「別にいいさ。家族になってから、サラには話そうと思っていたしね」

「家族になってからって、どういう意味?」

「ははは。扉へ急ごう。もう時間がないよ」

「はぐらかさないでくれる?」

「お望みなら、この小部屋で一生を僕と添い遂げても良いよ。でも子供たちが生まれたら手狭かな?」

「わ、分かった。行くってば!」


私たちは、部屋の扉へ向かった。その先には図書室があり、ノアがいるだろう。そして何より、ローランがいる。彼は「どうぞ、お先に」と彼微笑んだ。光に包まれた扉へ、足を進める。


サラの人生を終えて良いのは、僕だけだからね」


そんな言葉が、背後から聞こえた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る