09.元婚約者との再会
ひんやりと冷たい石畳の床で、私はかろうじて意識を保っていた。
「気を失っちゃだめ……」
一時間以内に、ノアの待つ図書室へ戻らなくてはいけない。
もし私が戻らなかったら、きっとあの真面目そうな男の子は自分を責めるだろう。
「起きるのよ、
そう、家族だ。
ここでくたばってしまっては、魔物の王女・リリーが人間界を統率してしまう。
なんとかして顔を上げた。すると机の上に座っている女性と目が合った。
肉厚の唇、幽霊のように白い肌。凶悪な目つき。
「あらあら。ねんねの時間にはまだ早いんじゃなくて?」
彼女は忘れもしない。リリー・キャンベル。
人間界の
「それともあの魔法使いを、夜通したぶらかしていたんですの?」
「そういう類の女もいるわね。それしか武器が無い、目の前の誰かみたいな女が」
「ふん。どちらの生き方が正しいか、レオの選択を見れば明らかですわ」
身体を起こそうとすると、リリーはぴしゃりと言った。
「あら、誰が頭を上げて良いなんて言っていませんわ」
「早くも王女気取りってわけ?」
彼女が懐中時計を振ると、ものすごい圧力がかかった。時計の針も進む。
残りは四十分になった。癪だが、彼女の機嫌をあまり損なわない方が良さそうだ。
「何しに来たのよ」
「二人きりで話すためですわ。城だと魔法使いの目がありますもの」
「ノアとローランの?」
「ええ。ちょうど見ていたところですわ、本の記憶を」
彼女は机の上から、一冊の本を手に取った。
面白くもなさそうにページをぱらぱらとめくる。
「これね。あなたが魔法界の城に連れて来られた夜ですわ」
すると本の上に、ある映像がうつしだされた。
☆
それは魔法界の城で、見覚えのある寝室だった。
シングルベッドに寝ている私の足元に、ローランが立っている。
大きな窓は開いているので、戻って来たばかりだろう。
扉が開き、ノアが息を切らせて入って来た。
「お兄様!あと、ベッドに誰かいます……?」
「静かに。ここで話すのはよそう。彼女は疲れているんだ。寝かせてあげたい」
ローランは部屋にいたメイドに、私をベッドに移動させるよう指示をした。
寝室を出て、二人は長い廊下を歩き始めた。
「彼女がサラ・ベルモント。ついに連れて来たんだ」
「お兄様が姿を変えてストーカーしていた、人間の女性ですね」
「愛と読んで欲しいな」
ノアはため息をついた。
「まさか連れてくるなんて。人間界の第一王子と婚約したんでしょう。戦争になりますよ」
「もう婚約していないよ。元婚約者が現れて、彼女はお役御免になった」
「そのために、お兄様が元婚約者をよこしたわけじゃないですよね?」
「はは。サラを手に入れるために手段は選ばないけど、最愛の女性を不幸にする道は選ばないよ」
前半に不穏な響きがあったが、ノアは聞き流していた。慣れているのだろう。
ローランは真面目な顔になり、話を続けた。
「その元婚約者だけど、どうも様子がおかしい。調査を続けようとしたけど……」
急に二人の影がぐらぐらと揺れて、何もかもが消滅した。
☆
ひんやりとした石造りの部屋で、蝋燭がゆらゆらと揺れている。
不自然なタイミングで映像が打ち切られたが、原因は明らかだ。
私は机の上で忌々しそうに本を閉じた、リリーを見つめた。
「この世界には、人間界を含めた三つの世界があることはご存知ですの?」
「いや、人間界しか知らなかったわ」
「当然ですわね。人間には魔法界と冥界については知らされていないもの」
彼女は本を持って、私の前に降り立った。そして手を取り、本に近付けた。
触れるだけと思いきや、ページの中にずぶずぶと手が入っていく。
「ちょっと、本に触れるだけって言われたんだけど!?」
「こっちの方が手っ取り早いですわ」
彼女の言葉が遠くから聞こえる。
その記憶を最後に、私は本の中に吸い込まれていった。
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