04.魔法使いとの遭遇
深夜の訪問者を、暗い森は快く受け入れてくれた。
「寒っ……」
春の宵とはいえ、さすがに冷える。
毛皮のコートの下は、ふりふりのネグリジェ。防寒機能のないセクシー下着だ。
馬車に乗せられた私は、身一つで森の奥まで連れて来られていた。
親へ挨拶する猶予もなし、メイドや執事への説明の時間もなし。
腹が立ってきて、思わず叫んだ。
「これなら、スケスケのキャミソールとTバックなんて履くんじゃなかった!」
なかった、なかった……
声は森にこだましていく。どうせ誰の耳に入らないだろう。その方が好都合だ。
「何も、こんな奥まで連れて来なくて良いじゃない」
私は足を動かそうとした。しかしそれは叶わなった。
がしっと、ナニカに強く足首を掴まれたからだ。
「え?」
おそるおそる、それに目をうつす。
―――月に照らされたそれは、地面から生えた間の手だった。
かつて人間の形をしていた、という方が正しいだろう。腐敗しているのか、柔らかく血の気がない。
「何これ?ゾンビ?!」
腐った手はものすごい力で、私を地中へ引き込もうとしている。
私たちの周りだけ地面がプリンのようにやわらかくなり、ずぶずぶと膝まで土に入り込んだ。
「た、助けて!」
私の声に反応したのか、手は引き込むスピードを上げた。
ついに首まで埋まってしまい、私はこれが最後と叫んだ。
「お願い、誰か助けて!」
次の瞬間、空から数々の光線が降り注いだ。
光線銃は私を避け、地面一体に集中砲火し続ける。
手は断末魔をあげて、消滅していった。
「はあ、はあ……何だったの?」
「こんな魅力的な女性が森にいたら、そりゃ食べたくなるよね」
真上から、男性の声がした。
見上げると、銀髪の青年が浮かんでいた。
「あなたは……誰?」
「僕はローラン、魔法使いだよ」
彼は嬉しそうにグレーの瞳を細めた。
端正な顔立ちで、長身をローブに包み、杖を持っている。かつて本で見た、魔法使いの服装そのままだ。
「珍しいな、この辺りに土の魔物がいるなんて。立てるかい?怪我はない?」
ローランは私のすぐ横に降り立ち、手を差し伸べてくれた。
私はそれを取り、立ち上がった。大きくて、温かい手だった。
「ありがと……はっくし!」
「大丈夫?風邪をひいたら大変だ。今、温めてあげるね」
返事の前に、私は彼の手触りの良いローブに包まれていた。
彼の体温が伝わってくる。さわやかな香水の匂いが鼻をついた。
彼は片腕で私を抱きかかえたまま、もう片方の手で杖を振った。
すると杖に炎が宿った。先程までの寒さが嘘のようだ。
彼を見上げると、満面の笑みが返って来た。
私が笑みを返そうとすると、彼は言った。
「そのスケスケとTバックじゃ、寒いだろうからね!」
「……ただの変態ね。今すぐ放して。帰るから」
「へえ、どこへだい?」
彼の言葉で気が付いた。確かに私には、帰る場所なんてない。
でもその質問は、奇妙に思えた。普通は帰るべき家がある。どんなにひどいところでも。
「どうして帰る場所がないって知ってるの?」
「それはね、うーん。見せた方が早いかな」
彼は杖を振った。すると、炎が彼の身体を包んだ。
「ちょっと、大丈夫なの……え?」
次の瞬間、かつて魔法使いだった男は、見覚えのある男に変わっていた。
長身の黒髪、スーツ姿の青年。
「ジェフリー!?」
「はい、サラ様。こうしてお会いするのは数時間ぶりですね」
彼は私の手を取った。
「数年ぶりのように感じます。貴女を失うと思うと、居ても立っても居られなくて……」
かたちの良い唇が、弧を描く。夜空に浮かぶ三日月のように、優雅だった。
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