03.国からの追放

私は元婚約者リリーに言った。


「墓で五年も暮らして、口の聞き方を忘れたの?」


彼女は「そんな……」と悲しそうに呟いた。上品で物腰は柔らかい。

でもその気になれば、ライバルを朝食の前にフライパンで火傷させることくらい、容易にやってのけそうだ。そういう女がいる。


「サラ!失礼なことをリリーに言うな!」


そういう女に、男はめっぽう弱い。


「先に喧嘩を売って来たのは、彼女じゃないの」

「リリーは事実を言っただけだ!」


こっちもそうだが、黙っておいた。火に油を注ぐようなものだ。

レオナルドはリリーの元へ駆け寄った。彼女は目に涙を浮かべている。


「信じられませんわ。あたしが居ない間に、こんな野蛮な女と……」

「王位継承のためだ。弟に男児が生まれて、城で怪しい動きも出ている。俺もさっさと婚約して、男児を生まなくてはならない。他の女に産ませても良いけどな」


噂で聞いてはいた。レオナルドは長男なので、数年後には王位を継承する。しかし無能な第一王子レオナルドに嫌気が指している一派がいるらしい。彼らは優秀な次男である第二王子を立てて、反乱を起こそうとしている。


「反乱軍の噂のせいで、誰も婚約してくれなかったんだ。侯爵の地位を維持することと金しか頭にない、この女以外はな」


お父様、全てバレてますよ。そう心の中で呟いた私の顔は、さぞかし暗かったに違いない。

対照的に、リリーの顔は明るくなっていた。そしてレオナルドにすがりついた。


「じゃあ、あたしと結婚しましょう?」

「もちろん。五年の間、お前を忘れたなんて無かったよ」

「他の女と遊びまくってたじゃないの」


レオナルドはきっと私をにらんだ。


「サラ・ベルモント。今この瞬間を持って、婚約を破棄する」

「……」

「荷物をまとめて、城から出て行け」


私も彼をにらみ返した。でも内心は「家族になんて謝ろう」という気持ちでいっぱいだった。そんな気持ちを悟られないように、私は勢いよく立ち上がった。


「これは?」


レイモンドが声を上げる。

ネグリジェのポケットから、手紙が滑り落ちてしまっていた。


「あたしの手紙ですわ!」


リリーは鬼の首を取ったように喜んでいる。彼女は手紙を拾い、レオナルドに渡した。「懐かしい匂いでしょう?レオの好きな、百合の香水ですわ」とささやきながら。


彼の顔を見ると、瞳が怒りで燃えていた。

誰かを殴りたくても殴れない、小心者のためらいがあった。


「封をしてある信書を勝手に開ける行為は、犯罪だぞ」


封を開けたのはジェフリーだろう。手紙に毒が入っていないか調べるのも、執事の仕事だ。

でもそれを言うと、ジェフリーの罪になってしまう。この茶番劇に、彼を巻き込む必要はない。


「ねえ、国から追放してくださらない?」


ぞっとするほど表情を欠いた声で、リリーは言った。


「あたし達の仲を引き裂こうと犯罪行為に及ぶ女がいると、夜も眠れませんわ」

「じゃあ土の下で寝れば? 五年間そうしてたみたいに」

 

私はレオナルドに向き直った。


「リリーは五年間、行方をくらましていたのよ。その間に何をしていたか、怪しいと思わないの?」

「話すべき方には、きちんとお話しますわ。あなたが知る権利があって?」

「ああ、そうだな。サラは今すぐ国から出て行け」


耳を疑っている間に、彼は続けた。


「お母様も仰っていた。サラはメイドから情報を集め、本を読み漁っている。これは反乱軍のスパイだからだと」

「逆よ!第一王子のあんたを守るために、情報と知識を集めてたの!」


彼はベッドまで歩いていった。そしてベッドの上にある『モテる力~実践編~』を手に取った。汚いものを触るかのような手つきだった。


「これが『情報と知識』なのか?」

「それは……愛されたかったから」


私の呟きは、夫婦の部屋にむなしく響いた。

それに答えてくれる者は、広い城で誰もいないように思えた。


私は愛されたかった。家族から、メイドたちから、そして婚約者レオナルドから。

でも私が得たものは、くたびれた絶望だけだった。


―――あの時は、そう思っていた。

しかし、このやり取りを見ていた者がいたと、後に知ることになる。

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