第18話 知識の価値

「お待たせ。

 さぁ召し上がれ」


 そうトイズさんに出されたハンバーグは、絶品だった。

 あたしが前世で知っているそれ、そのものだった。

 ソースも最高。

 肉の柔らかさも最高。

 肉々しさも最高。

 もう店内に充満する匂いですら、あたしを最高潮にさせた。

 いや、あたしだけではなく、エルサも「お、おいしすぎるよぉぉぉ」と、もだえながら食べていた。


 ぶっちゃけ、この世界の食事は美味しくないことが多い。

 とくに田舎は、ひどい。

 薄味だし、パンは硬くてパサパサだし…

 でも都にでてきてからは、食べるものがすべて美味い!

 ちゃんとしっかりと味があるんだもん。

 もしかしたらフィホン皇国だけのことで、他国ではこれが当たり前なのかも?


 だけど、あたし的に、喫茶なぎのお店のハンバーグはぐんを抜いて、すんごいレベルだ。

 たぶん、前世の世界だとどこでも食べられる味かもしれないんだけど…

 でもでもこの世界では、これだと思う。


「リリーさん、リリーさん、あたし、ここのお店気に入りました。

 本当に連れてきてくれて、ありがとうっ」


 あたしは幸せそうな顔でハンバーグを食べているリリーさんに、握手を求めた。


「え、あ、うん。

 こちらこそ。

 よかったら、また来てよ。一人が恥ずかしかったら、私を誘って」


 リリーさんは差しだされた手に少しだけ戸惑ったが、すぐにフォークを置いて、あたしと握手してくれた。


「あ、私も、私も」


 エルサも慌ててフォークを置き、握手するあたしたちの手の上に自分の手を重ねた。


「で、なに? これは?」


 リリーさんは、この光景にクスクスと笑った。


「美味しいものを紹介してもらったら、握手するのは当然ですっ。

 キミ、よくやった! て、意味で」


 あたしがそう伝えると、


「そうゆう意味だったんだ」


 と、エルサがあたしを見て答えた。


「あはは、それいいかも」


 リリーさんは、大爆笑である。


「どうしたんだい? 三人ともご機嫌じゃないか」


 トイズさんが、小さなカップケーキ3つと陶器のピッチャーをお盆に乗せてやってきた。


「二人がね、このお店を気に入ったのだって。

 連れて来て良かったよ。

 食べたら、美味しいのはわかってるんだもん。

 ようは、場所なだけだし。

 それも安全とわかれば、こうやって、また来ようって話しになるしね」


 リリーさんが、ナプキンで口元を拭いながら、トイズさんにウィンクした。


「さすが、リリー。

 ありがとう。

 キミたちも気に入ってもらえて嬉しいよ。

 今日は僕のおごりだよ。

 あと、このケーキと、おかわりのオレンジジュースもね」


 そう言って、トイズさんはスマートな所作でカップケーキをテーブルに置き、みんなのコップにオレンジジュースを継ぎ足した。

 ふせ目がちにする姿が、イケメン度マックスだ。

 男子の黒エプロン姿とか、萌えるし。


「トイズ、だめだよ。私が払うから。

 友だち連れてくるたびに、あなたがおごっていたら、もともこうもないじゃない」


 リリーさんが、首を横に振って、呆れた。


「あ、あたし、払いますから」


「私も払います。こんなに美味しいのに、タダで食べるとか――商工会勤めの人間としては、それはできません」


「あー、いいの、いいの。

 二人は私におごられてよ。

 私がそうしたいの。でも、今日だけね。

 次回はみんなでちゃんと払いましょう」


 リリーさんは、あたしとエルサにウィンクしてから、にっこりと笑った。


「いや、それなら、今日だけ。

 本当に今日だけ、僕のおごりで。

 だから、三日以内にみんなでまた食べに来てよ。

 ハンバーグの他に、トマトスパっていうのも始めたんだ。

 それも美味しいから、ぜひ食べてもらいたいんだよ」


 トイズさんは持っていたお盆をテーブルに置いてリリーさんの横に腰かけると、甘いマスクでほほ笑んだ。


「トマトスパ…か…」


 あたしは食べ終えたハンバーグの皿を端に寄せながら、カップケーキに手をのばした。

 トマトスパって、もしかしたらスパゲティのことだろうか?


「トイズ、それはどんな食べ物なの?」


「私も気になります」


「あたしも、あたしも」


 と、いいながら。

 

 あたしは一人でお先にカップケーキにかぶりついた。


 あぁ、これも美味しい。

 すごくシンプルな見た目だけど、ちゃっと砂糖とバターの味がする。

 

「ちょっと、マーリン、パンケーキのくずがこぼれてるって」


「あぁ、ごめんごめん」


 あたしがぽろぽろ落としたくずをエルサが拾いながら、それを空いた皿に移してくれた。

 まるで母親のようだ。


「仲がいいね、キミたち」


 トイズさんは、嬉しそうだ。

 リリーさんもあたしたちに和んでいるのが、見てわかる。


「――で、新しい料理はどんなものなの、トイズ?」


「あぁ、そうだった。

 トマトスパってのはね、簡単にいうと、小麦粉でできた麺にトマトのソースを絡めたものなんだよ」


「麺? ですか?」


 エルサが首をかしげた。

 どうやら麺を知らないようだ。


「小麦粉を練って、細長くしたやつですよね? 

 棒状の」


 あたしがそう尋ねると、トイズさんはうなずいた。


「あぁそうだよ。

 キミは麺を知っているのかい?」


「はい。知識だけですけど。

 あ、そうだった、あたしたち名前言ってないですよね?

 あたしがマーリンで、こっちの可愛い子がエルサです。

 トイズさん」


 リリーさんは、そう言えばちゃんと紹介してなかった、という顔をして、あたしに”ごめんね”と手を合わせて、謝るしぐさをした。

 エルサは、なぜかもじもじしている。

 どうやら、あたしの可愛い子というワードに照れているようだ。

 

 でも本当に可愛いので、訂正はしないけど。


「黒髪三つ編みの可愛い子がマーリンちゃんで、栗色の肩までの髪の可愛い子がエルサちゃんね。

 で、僕の隣りの金髪の美人さんがリリーと。

 うん、憶えた、憶えた」


 にっこりと笑うトイズさんに、リリーさんが「もう、トイズったら」と、軽く彼に肘うちしながら照れ笑いした。


 なかなかにのある男子だ、トイズさん。

 どうりで女子ばかりくるわけだ、このお店。


「で、マーリンちゃん。

 その知識はどこで仕入れたんだい?」


「え? 知識ですか?

 麺の?」


「そう、麺の」


 トイズさんは、にこにこ顔であたしに質問したので、あたしもおもわずニコニコ顔になった。

 つられてしまう笑顔なのだ。


「なんか記憶にある、て感じなんです。

 どう説明していいかわからないのだけど…トマトスパの麺がどんなものか――なんとなくわかる感じかな~」


「ほうほう、そうかそうか」


 トイズさんは腰をあげて、テーブルに置いたお盆を持った。


「じゃ、ゆっくりしていってね。

 カップケーキも自慢のレシピなんだ。

 それも、ハンバーグも、トマトスパも、このお店で出されるすべてのレシピは学院のとある女の子が教えてくれているんだよ。

 もしかしたら、マーリンちゃん知り合いかなあ?」


「いや、知らないです。

 たぶん、会ったことないと思いますよ」


「そっか。

 マーリンちゃんも異国の知識あるから、そうかな? て」


「あたしはフィホン生まれのフィホン育ちですよ」


「そかそか。

 じゃぁ、楽しんでね。

 リリー、僕のおごりだから。

 これは譲らないよ。

 じゃあ、仕事もどるよ、可愛いお嬢さん方」


 トイズさんは甘い笑顔で、手を振って去っていった。

 ハンサムすぎる。


「もうトイズってば、しょうがないなぁ…

 少しでも儲けをと思って来たのに、おごるとか…

 まぁ彼らしいんだけどさ」


 リリーさんは、文句をいいながらもどこか嬉しそうに、カップケーキをほおばった。


 あたしは食べ終わってしまったので、ひとまずオレンジジュースをストローですすった。


 うん、満足、満足。


「ねぇ、マーリン。

 あなたさ、もしかしてハンバーグのことも知ってたりする?」


「え?

 あ、うん。知ってるよ。

 他国では食べられているんだよね?

 フィホンでも食べられるようになった、ていいことだよね。

 その学院の女の子はどこの国の子だろうねぇ?

 もっと美味しいもの知ってるかもね」


「私が聞いたうわさだけど…

 あ、あくまでもうわさね、うわさ。

 聖女候補の子みたいだよ。

 異世界から召喚されたという――」


「うぐっ」


 あたしは思わずオレンジジュースを器官に入れてしまい、むせた。


「あぁ大丈夫、マーリンちゃん?

 ほら、ナプキン」


 リリーさんがすぐに立ち上がって、あたしの口元にナプキンをあててくれた。

 エルサはテーブルに吹き飛んだオレンジジュースを自分のナプキンで拭いてくれている。


「あ、えっと…

 異世界って?」


 あたしのむせが落ち着いたので、エルサに改めて聞いてみた。


「え? あ、聖女様のこと?

 なんでも時の巫女魔女たちが儀式を行って呼び出したらしいの。

 でも召喚されたのが一人じゃなくて、二人だったそうよ。

 しかも聖獣もでてきたんだとか…

 まぁうわさだけど」


「それ、私も耳にしたよ。

 勤めてる喫茶を利用している薬の教会の人たちがね、城から聖女候補が働きにきててるとか…なんとか…

 ほら、最近さ、薬の教会の化粧品の質があがったり、新商品でたりしてるでしょう? それの開発に、その聖女候補の女性が関わってる、ていう――

 まぁ、うわさね、うわさ」


 リリーさんと、エルサは、なぜか二人で目を瞑りながら”うんうん”とうなずいている。

 うわさがうわさになっているのかどうか…

 真実ぽい、うわさだなぁ…


「で、マーリン。

 あなたはなぜに異世界の知識をもっているの? て話しなんだよ」


「え? あ、どうゆうこと?」


 あたしがちょいごまかそうとして、エルサから目をそらした。


「トイズさんは、それを指摘したかった様子だよ」


「へ? そうなの? エルサちゃん、トイズそんな素振りしてた?」


 リリーさんが首をかしげたので、あたしも真似て「してないんじゃ?」と首を傾げた。


「まぁ、いいか。

 マーリンが自分で自分のことわかってないみたいだし。

 だって、紙のアクセサリーのことも、まったくすごくないと思うような子だもん。

 知っていても価値がないのと同じ。あはははは」


 エルサがあたしを少しだけジト目で見た後、”仕方ないか”と楽し気に笑った。


「マーリンちゃん、折り紙はすごいことだよ。

 自分の価値をちゃんと理解しないとダメダメ。

 ね?」


 リリーさんは真顔で、あたしにそう念押ししたので、「はい」と反省ぎみにあたしはうなずいた。


 前世の記憶をうっかり出すのは今後は控えよう…

 

 というか、召喚されてきた聖女というのは、あたしの転生前の世界と同じなのかもしれない…

 食文化が的に。


 くそっ、聖女とかもうあたしの主人公ポジ揺るがさないでほしいわっ。


 て、そこかい~

 あたしが気にしてるのって。


 あはは。



 


 

 



 

 


 



 

 


 

 



 

 

 

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