第17話 西の夕日商店街
塔を降りて中央大通りを渡り、路地に入ると、そのあとはリリーさんとエルサの後ろをひたすらついてゆくだけ。
土地勘がないから、二人に任せるしかない。
あたしは方向音痴ではないけども、都の旧市街地は路地が複雑なので、見失ったら大変だ。
東のひだまり商店街から塔に向かった時は、貴族の大きなお屋敷がたくさんあって、庭の緑も多いから少し解放感があった印象だったけど、西側は家が密集していて壁が迫る感じで、まさに巨大迷路に放り出された感覚だ。
あたしの前を歩くエルサにそのことを言ったら、
「今は違うけど…昔の住宅の区分だと東が貴族街で、西は庶民街とわけられていたらしいから、その名残りでこんな感じになっちゃってるんだと思う。
お城の城塞に近い方から住居が建てられていて、その次が工房、その次は商店、みたいな決まりとかあったらしいよ。
だから東の工房や商店は貴族専用で、西が庶民専用とかだったみたい。
で、中央大通りは貴族経営のお店や宿屋が建ち並んでた、て話し。
ま、今は違うんだけどね」
と、教えてくれた。
ということは、旧市街は新街と違って、ちゃんとした区画整理ができた街ではなくて、なんとなく貴族と庶民を住み分けてできただけの街だったのかもしれない。
なので、圧倒的に多い庶民の家がぎゅっと密集するのは当然か…
しかも時代に応じて建て増ししてきただろうし…
昼間でも少し暗い感じがする路地がたくさんあるのが、ちょっと嫌だなあ。
怖い感じはないけど、空気がじめじめしてるような気がする。
そのせいか、なんかテンションがさがるんだもん。
それに野良ヌコがたくさんたむろっている。
前世の記憶を思い出してから、ここの世界と向こうの世界を比べることが多くなったんだけど、その中で動物に関してほぼ共通しているな、と思った。
犬もいるし、ニワトリも、ネズミも、ヒツジも、馬も、牛も、猪も…うさぎや鹿、リスなんかも同じ。
鳥も、スズメやツバメ、カラスとかいる。
わりと身近で確認できる動物は、ほとんど似ている。
だけど、猫だけは違った。
名前も、猫じゃなく、ヌコだ。
ネット用語かよっ、て思うじゃない?
生まれて16年、まったく疑ったことはなかったけども、おじさん時代を思い出してからは、あたしも名前がヌコって、て思った。
しかもヌコは、猫に似てはいるけど、別物だ。
猫の姿に近いけど、耳は大きな丸型で、例えるならば、マンガのネズミの耳がそう描かれる感じ。それがヌコの耳だ。
あと、なぜかヌコだけ長いしっぽが2本生えていた。
あたしが知っている限り、他に2本しっぽの動物なんかいない。
もしあたしが突然この世界にやってきた異世界人だったら、たぶんヌコを見てその違和感に”気持ち悪っ”とか、思ったかもしれないけど…
16年間見ちゃってるので、もうなんとも感じない。
あぁ、ヌコだな~て。
鳴き声も”ニャー”とかだし。
姿に違和感あるとか、てんで思わなくなっているんだけど…
なんで猫だけ、ヌコになってるのかな~と。
この頃はふと考えることもある。
まぁわりと前世では猫好きだったし。
正直、あんな大きな丸い耳より小さな三角耳の方が生きやすいだろうとは思うんだけど…まぁ、見た目もしぐさも猫だし、可愛い。
たまに2本のしっぽが偶然ハート型になるのも、なんか良いもの目撃できた気分になるので、癒しではあるかなあ~
まぁ野良ヌコは生意気だけど。
あたしたち見て”シャーッ”とか威嚇してくるし。
「そろそろ西の夕日商店街にでるよ。
ほら、イイ香りしない?」
先を行くリリーさんが振りかえり、エルサとあたしに鼻をくんくんさせてみせた。
「どれどれ。
くんくん…
あぁ、本当だ、イイ匂い」
「甘い香りだね。
玉子菓子かなあ?」
あたしとエルサも匂いを嗅いで、周囲の空気が変わったことを感じた。
「さ、ここだよ、今日のお昼を食べるところは。
喫茶なぎの店。実はここを任されている支店長は私の彼です。
へへへ」
「ええぇっ!」
「おぉっ!」
あたしとエルサは思わず興奮して、リリーさんがニコニコ顔で指ししめすお店の前で手を取り合って歓喜した。
お店は、東のひだまり商店街と同じような場所にあって、小さな円形の広場に沿って並んでいるいくつかの可愛らしい建物のひとつだ。
深い青色の外観で、小さな窓ガラスがたくさんある感じ。
そして、中央の可愛らしい噴水近くまで、お店のテーブルと椅子がでていた。
そのテーブル席では、若い女性たちが本を読んだり、おしゃべりしたりしてお茶を楽しんでいる。ちょっと小粋なパリジェンヌかちら? て、感じだ。
「ごちそうさま」
「またどうぞ」
お店のドアが開いて、おばさまたちが楽し気に出てきた。
店員さんがドアを開けたまま、おばさまたちを見送り、お辞儀をした。
どうやら、店内と外でくつろげるようになっているようだ。
「トイズ、やっほー、友だち連れてきたよ。
ご自慢のハンバーグ3人前お願い」
「おぉ、リリー。
ありがとう、嬉しいよ。
ここは場所が良くないからさ、お客さんが少なくて。
こんにちは、お二人さん。
リリーと仲良くしてくれて、ありがとうね。
ささ、入って。店内はガラガラだから、好きなとこ座ってよ」
長身の細身のイケメンというか、あえてハンサムさんと呼びたい甘いフェイスの男性が、手を握り合うあたしとエルサを手招きしてくれた。
黒のエプロンに、白のワイシャツ姿も凛々しい。
髪はほど良く短く整えられた金髪で、瞳は渋いグレーだ。
「さあ、お嬢様方、どうぞ」
トイズさんがあたしたちにスマートにお辞儀して、ドアを全開にした。
で、あたしとエルサはまた、小さく”キャー”と歓喜した。
「ほら、二人とも。
行くよ。おなかぺこぺこでしょ?」
リリーさんは満面の笑みで、あたしとエルサにおいでおいでした後、トイズさんが開けてくれているドアの中へと入って行った。
「お邪魔します」
「どもども」
あたしとエルサもトイズさんにお辞儀しながら、それに続いて入店した。
「あぁ、いらっしゃい。
ゆっくりしていってね」
トイズさんはめちゃくしゃ紳士だ。
あたしとエルサは、お互いににやけている顔を指摘しあって肘でつっつきあう始末だ。
「ほら、こっちおいで。
二人とも歩き疲れたでしょ? 椅子に座ろうよ。
あ、トイズ、オレンジジュースも3つお願いね」
「ほいよ、わかったよ、リリー。
さぁ、二人とも、どうぞ奥へ」
トイズさんは、あたしとエルサに笑顔でそういうと、カウンター奥の部屋へと入って行った。
あたしとエルサはうなずいて、リリーさんが待つ奥の席へと向かった。
店内は横に長く、余計な飾り物もなく、すっきりとした感じだ。
座席数もそんなに多くはない。
壁も青と白で統一されていて、シックな感じだ。
そしてトイズさんが言っていたように、店内はガラガラで、あたしたち以外いなかった。
「ね、ここ穴場でしょ?
人気店の支店なのに、ぜんぜん人が来ないんだよねぇ。
魔物騒ぎがなかったら、たぶんここもそうそう入れないんだろうけど…
ありがたいのか、悲しいのか…複雑なんだよねぇ」
リリーさんは壁に背を向けて、椅子に腰かけた。
あたしとエルサは、テーブルをはさんで、リリーさんの前に座って、改めて店内を見渡した。
入り口近く、さっき出ていったお客さんたちのテーブルだろうか?
まだ食器が片付けられていないままだ。
小さな可愛らしいガラス窓には、外のテーブル席や噴水が見える。
ひとり、ふたり、さんにん…五人か、外でくつろいでる人の数。
しかも全員が若い女性だ。
「リリーさん、私、ここは女性に人気があるとみましたが、いかがでしょうか?」
エルサが、あごに手をあてながら”ふむふむ”というしぐさをしながら、リリーさんにたずねた。
「んー、そうだね。
確かに…そうか、うん、そうかも。
来るたびに、女性しか見ていないかも…
うん、エルサちゃん、そうかも!」
リリーさんは、脳内の記憶をめぐらせたようだ。
そして、エルサの言うとおりだと気づいたようだ。
「確かに、開店以来、あまり男性のお客さんはきてくれていないかなあ。
僕もあまり気にはしていなかったけど…言われてみれば、そうかもなあ。
さ、ジュースだよ、お待たせ。
ハンバーグはもう少し待ってて。いま、絶賛焼いてるからね。
うちのシェフは腕いいよ。
だからなんでお客さんが来ないのか、不思議なくらいさ」
トイズさんがジュースをそれぞれの前に置いてくれて、にっこりと笑った。
白い歯がなんともまぁーイケメン度を上げている。
エルサさんか、見惚れているし。
女子がよくくるのは当然じゃないだろか。
それでも混みあわないのは、やはり魔物のことがあるからなんだろうか?
西の森って、そんなに影響あるんだ…
ここの商店街は建物に囲まれているし、森が近くにある印象はないんだけど。
西側ってだけで、みんながなるべく避けるというのは、あながち嘘じゃないみたいだね。
「あの…お二人はいつからのお付き合いなんですか?
そもそもトイズさんはおいくつですか?
リリーさんのどこがお好きですか?」
「ちょっ、エルサ、やめなよ。
仕事中だよ、トイズさんは」
あたしがエルサの質問に気づいて、それを制した。
だけど、トイズさんは、笑顔でさらりと答えてくれた。
「僕は24だよ。
リリーは学校の後輩でね、その頃から付き合ってるよ。
付き合って、かれこれ7年かな。
リリーは女子にしては、すごくさっぱりとした性格でね、僕よりイケメンなんだよ。こう見えて、僕は優柔不断だね。リリーは背中をいつも押してくれるんだ。
美人で優しくて面倒見も良くて、いずれお嫁さんにするのが僕の目標さ」
「ちょ、ちょっと、トイズってば」
リリーさんは顔が真っ赤だ。
トイズさんは、そんなリリーさんにウィンクして、「じゃそろそろハンバーグできたかな?」と、にこやかに戻っていった。
「やばい、私…おなかいっぱいになったかも」
「あ、エルサも。
奇遇、あたしもだよ」
「もう二人とも、おねぇさんをからかわないで。
すごく…恥ずかしいんだよ、私」
リリーさんはオレンジジュースにストローをさして、一気にずずずーと飲み干した。
あたしとエルサはなぜかわけもなく、おもわず拍手した。
リリーさんとトイズさんの関係、すごくイイな~と思った。
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