第15話 所有者板
あたしと会長の間で、商工会ギルドの入会手続きが完了した。
店舗の購入は、条件にあうところが見つかってから交わすということになった。
「さっそくこちらで探しはじめるから、できれば毎日顔を出してほしい。
どうしても譲れない条件は店舗兼住居だけでよいんだね?」
「はい、それだけは必ず」
「マーリン、都では別々が多いんだよ。
宿屋くらいじゃないかなあ? 住まいと住居が同じなのは」
「エルサ、それはどうして?
お店と住まいが同じ方が何かと便利だと思うんだけど」
「都は区画整理がしっかりされてるから、かも?
昔は、お店や工房が集まるエリアと、住居エリアを分けていたの。
新街の方では店舗兼住宅というところが少しはあるんだけど…
でも店舗スペースがすごく狭いかなあ~
もともとの店舗に無理やり住居を入れてるみたいだから。
新街はアパートの一階がお店なパターンが多いし。
旧市街はさっきいった通り、エリア分けの名残で中心部には店舗兼住居なんてほぼないと思う。あ、宿屋は別だけどもね」
「なるほど…
なら、どこか宿屋をやめたところがあれば、そこを改築しちゃうとか。
そしたら一階が店舗で二階が住居にできるかも。
値段が安くあればだけど」
「おぉ、それは良いかもしれないな。
もと宿屋で探してみよう。
店舗兼住宅の条件だと、やはり新街のアパート一階の改築店舗ばかりで狭いと思うからね。
よし、ワシに任せておくれ。
心当たりがある」
会長さんはお茶を飲み干して、部屋を出ていった。
「じゃ、マーリン、私たちはリリーさんと合流しましょうか。
街一番の塔へ案内するから。
すごく景色きれいだよ。
11時に待ち合わせてるから、余裕だね」
部屋の壁時計をみたら、午前9時20分過ぎだった。
待ち合わせ場所は塔なので、現地集合ということだ。
塔に登った後は、三人でお昼ご飯を食べる約束もしていた。
リリーさんが、お気に入りの喫茶店に連れて行ってくれるそうだ。
「マーリン、大丈夫だよ。
おじぃちゃん、顔が広いから、良いとこすぐ見つかるよ」
「うん、期待してる」
「でも、マーリン、本当に一括払いでいいの?
けっこうな大金だけど…
お店やりながら返済する方が、なにかあったときギルドが守ってくれるし、損ではないと思うんだけどもなぁ」
「ありがとう、エルサ。
でもいいの。
借金は嫌だから」
「わかった、もういわない。
じゃ、出入り口で待っていて。カップ片付けてくるから」
「あたしも手伝うよ」
「ありがとう、でも平気。
流しに置いてくるだけだもの。
洗いは別の人にお願いしちゃう。
友だち待たせているので、て」
エルサは、へへへと笑って、お盆にカップを乗せた。
あたしは「じゃ外で待ってる」と告げて、部屋を出た。
商工会ギルドは、あたしが来た時よりも大繁盛していて、みなが忙しくしていた。
あたしはそれを横目に通り過ぎ、両開きのドアを押して外へと出た。
目の前は中央大通りだ。
たくさんの人や馬車が行き交っている。
子供たちの姿が見えないのは、学校に通っているからだろう。
都では6才から15才まで一般教育を受ける義務があるのだと、ミーリン様がいっていた。”田舎でもそうであればよいのに”、と。
なので、都では16才からみな自分の進路を決めるようだ。
学院に行くものや、工房に弟子入りするもの、農家を継ぐものなどなど。
都はいろんな仕事があるし、新しく仕事を起こすチャンスもあるのだとか。
これは共同馬車で乗りあった行商人から教えてもらった話しだ。
最近かなり魔物の被害が増えているというのも、旅の馬車で乗りあった旅人に聞いたんだっけ。
「おまたせ、マーリン。
さあ、行きましょう。散歩と街案内も兼ねて、歩きでいい?
時間あるし。
塔はこの中央大通りをまっすぐ北だから。
お城の城塞門を目指すの。ほら、あの塔ね。
その後ろはお城の塔なので、私たちは入れないけど」
エルサは笑って、北にある高い塔を指さした。
雰囲気的にはピサの斜塔みたいだけど、斜めってはいない。
その後ろの塔は、中世ヨーロッパのお城にくっついてる塔だ。
そう表現するしかない。
塔というより、お城があるという方がわかりやすいんだけど。
「さあ行こう。
中央大通りは、お店も多いから、ウィンドウ眺めながらも楽しいと思うよ」
いわゆるウィンドショッピングってやつね。
向こうの世界でも、都会の女性に人気の散歩の仕方だったから。
あぁ、あたしは女になったんだな~と、ふと実感した。
でもぶっちゃけ前世の記憶は思い出程度なので、自分自身がおっさんだったとか、あまり悲観的ではないんだけども。
なんとなく、それが嫌だったなー、てのは心に残ってるかなあ。
「そうだ、エルザ。
あたしね、欲しい物があるの。
この鞄に所有プレート付けたくって。
なにせ、あたしの育ての母の形見だからさ。
失くしたくないんだ」
あたしは肩掛け鞄を”ポンっ”と叩いて、エルザに見せた。
「そうゆうことなら、私に任せて。
一番安く売っているお店知っているの。
ちょっと裏路地に入るけど、いいよね?
商売も競争なところがあるからねぇ…立地が悪いとことはそうやって値引きで販売してるんだよ。
都がいくら人であふれていてもさ、固定客を捕まえるのは大変なんだ。
特に、貴族が運営してるお店と張り合うのはね。
向こうの資金は潤沢だからねぇ~場所もいいとこにあるし、質も良いし、値段も…
でもね、たまに安売りするから、その時の対処が大変なの。
商工会ギルドあげて、みなで対抗しないとだから」
やっぱり商売にも戦争ってものがあるのね…
あたしはそうゆうのから離れて、のんびりお店をやっていきたいなぁ…
知る人ぞ知る、て感じのポジションで。
「あ、こっちこっち」
エルサが裏路地をどんどん進んで行くので、あたしはまったく道がわからなくなっていて、ひたすら彼女についてゆくのみだ。
たくさんの角を何回も曲がったり、極狭な道を通ったり…
子供だったら迷路みたいで楽しいかもしれない。
”我ら街の冒険団!”とか、ここらの子はしてそうだ。
背丈の高い建物も多いので、目印の北の塔も出たり隠れたして、あたしはもうよくわかんない。
さすがエルサ、地元の子だ。
土地勘が素晴らしいわ。
「エルサぁ、まだ?」
あたしはちょっと疲れてきて、どんどん先をゆくエルサの背中にぼやいた。
「もうちょいだよ。
あそこの角を曲がったところ」
エルサが指をさしたので、あたしは”よし”と気合いを入れて、早歩きした。
彼女に追いつくために。
「どう?
ここ、可愛らしいでしょう?」
角を曲がって、急に開けた場所にでた。
そこは小さな円形の広場になっていて、その周りに小さなお店が建ち並んでいた。
中央には噴水がある。
花壇もあって、美しい。
小さなお店は、色とりどりで可愛らしい。
さっきまで高い建物の裏路地を歩いていたから、日差しが新鮮だ。
ここを表現するなら、”童話の世界ぽい”かな。
「ここはね、東のひだまり商店街だよ。
都には、こんな感じの小さな商店街がいくつかあるの。
円形の広場に小さなお店が集まって、周辺の工房で作られたものを売ってるの。
昔ながらの商店街の作りね」
エルサの説明に、あたしは無言でうなずいた。
あまりにも別世界で、感動しているのだ。
中央大通りは、大きな四角い建物にお店というスッキリとした感じだったけど、ここは小さな家がお店屋さんという雰囲気で、すごく可愛いのだ。
あたしのとぼしい前世の知識を引き出すならば、ドイツのメルヘン街道、ていうニュアンスがピッタリくると思った。
「マーリン、こっちだよ。
そこのお店、魔導
工房主は、代次したばかりでまだ若いんだけど、腕はいいんだよ。
ただね、都は老舗とか経験豊富な年配の職人とかが人気でね、若い人はなかなか苦戦するのよ。
せっかく品は良いのに、安くするしかないんだよね。
まぁ、私的には購入するなら安くていいものが嬉しいんだけど。
けど、商工会ギルドの目線で言うならば、まずはちゃんと売れないとね。
だから、宣伝もしてあげたいの。
て、ことで――今日は、マーリンにお勧めしたかったんだ」
エルサはあたしに手招きしながら、「こんにちは」と緑色の可愛いお店に入って行った。
あたしも追いかけて入店した。
店内も可愛い。
商品はすべて魔導
「やあ、いらっしゃい、エルサちゃん。
今日は友だちと一緒なんだね。
ギルドのお使い? それとも買い物?」
店の奥のカウンターで作業していた若い女性が、あたしたちに気づいて、作業の手を止めた。
「シャルさん、どうも。
どうですか、売れ行きは?」
「うん、そうだね…ぼちぼちかなあ。
お兄ちゃんの腕はいいのだけど、まだまだ知られていないから。
おじぃちゃんのお馴染みさんだったお客さんは、半分以上が別に流れちゃったしねぇ…なんで年配の人たちって、職人の年齢を気にするんだろうね?
若くてもいいもん作るんだけど…特に、うちのお兄ちゃんは」
「うんうん、ジャンズさんの腕は私もすごいと思います。
技の教会のレシピ以上の物を作り上げる職人さんって、そうそういないですよね。
今後も私、地道に宣伝していきますから」
エルサはジャルさんと呼んだ女性に、「ファイトです」と応援した。
「ありがとね、エルサちゃん。
私も宣伝を頑張るよ。
―――で、今日は?」
「あ、ごめんなさい、忘れてた。
こちら、マーリン。私の友だちです」
「マーリンです、よろしくお願いします」
「私はジャルです。よろしくね、マーリンちゃん」
エルサが紹介してくれたので、あたしはジャルさんに自己紹介できた。
ジャルさんは濃い茶色の長い髪を白いフリル付きの緑のカチューシャでとめて、おでこをだしている。年齢的に、たぶん20代前半…ぽい。
瞳も濃い茶色だ。
「ジャルさん、所有の魔導
マーリンが欲しいといったので、ここを紹介したんです」
「あるよ。
ちょっと待ってて」
ジャルさんは店先のテーブルに置いてある籐のかごの中から、ひとつのプレートを持って来てくれた。
「はい、マーリンちゃん。
これがそう。ひとつ600G。
なんだったら、ここで契約しちゃう?」
ジャルさんが渡してくれたプレートは親指サイズの小さなもので、虹色に輝いていた。
「マーリン、相場より2割は安いよ」
エルサは、にこにこ顔だ。
「あの…実はあたし田舎からでてきたばかりで…
所有の魔導
どう使うのかとかわからなくて」
「あ、そっか、ごめん、マーリン。
私が教えるね」
「エルサちゃん、私が。
マーリンちゃん、説明するから大丈夫。
とても簡単だから、心配しなくて平気。
そのプレートに自分の血をこすりつけるの。
それで契約はおしまい。
あとは自分が所有したいものに、契約したプレートを重ねればいいの。
それは契約さえ終えていれば、いつしてもかまわないからね。
今、針もってくるから、待ってて」
ジャルさんはそういって、カウンターへと戻っていった。
なるほど、身分板を作った時と同じしくみだ。
あの時も同じようなことをした記憶がある。
ナイフの先で親指を刺して血をだされて、そのままプレートにこすりつけられたっけ。それで契約完了。傷もプレートの魔法ですぐ消えたし。
最初の”チクッ”てのが痛いし怖いけど――
「さあ、これでチクリと血をだしちゃおう」
ジャルさんがあたしの左手をとって、針先を親指に刺した。
「ささ、そのプレートに血をなすりつけて、マーリンちゃん」
あたしは”こくん”とうなずいて、右手に持っていた魔導
するとプレートが一瞬七色に強く輝き、やがてそれは銀色のプレートに変わった。
あたしの左指の傷は消え、血も止まっている。
「はい、契約はおしまい。
あとは所有したいものに、そのプレートを重ねてこう告げて。
”これは私の所有物”てね」
「今、してもいいですか?」
「もちろん、持っているもので所有したのなら、どうぞ」
ジャルさんもエルサも、にっこり笑って、あたしにうなずいた。
あたしは肩掛け鞄の上に、契約済みのプレートを置いた。
「”これは私の所有物”」
あたしがそう告げると、プレートは光り輝き、そしてそのまますぅーと消えた。
「はい、これで鞄に所有のプレートがつきました。
目には見えないけど、ちゃんと機能してるから、大丈夫」
「マーリン、よかったね。これで安心でしょ?」
「うん、安気した。
二人とも、ありがとう」
あたしは、ジャルさんとエルサにお辞儀した。
二人とも、ほほ笑んでいる。
あたしは首から身分
「じゃ、支払いを」
「あ、やだ、忘れてた!
いまカウンターからレジプレート持ってくるね。
ちょっと待っててね」
ジャンさんはそそくさとカウンターへと戻っていった。
「マーリン、あなた、正直ものだね。
ますます気に入ったよ。
私、嘘つきとか誤魔化す人とか、好きじゃないから。
あなたと友だちになれて良かった」
エルサはあたしを見て、満面の笑みだ。
もちろんあたしも笑顔でそれに答えた。
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