第14話 商工会ギルド

「ようこそ。

 ここが商工会ギルドよ」


 エルサが両開きのドアを押して、あたしを店内へと案内してくれた。

 中央に腰の高さの長いカウンターがあって、受付になっている。

 朝だというのに、もう人がたくさんいた。

 とても活気がある光景だ。


「毎朝こんな感じなの?」


「ん? 人の多さってこと?

 だったら、そうだよ。

 魔物が増え始めて、流通が滞ることがあるから、その相談でみんな来るの。

 商売は、良い時も悪い時もあるから。

 そうゆうときの商工会なの。

 持ちつ持たれつね」


「そうなんだ…」


 あたしが人の多さに驚いていると、エルサは「こっちこっち」と、あたしを別室に連れて行った。


「おじぃちゃん、昨夜話した子連れてきたよ。

 

 マーリン、あの人がここの会長。あたしのおじぃちゃん」


「どうも、お世話になります」


 あたしは立派な机で作業をしていた恰幅の良い老人に、あいさつをした。


「おぉ、キミが紙でアクセサリーを作る子かい?

 すごく良い手技を持っているそうじゃないか。

 どれ、見せてもらおうか」


 会長さんは立ち上がり、あたしに目の前のソファーに座るよう、手招きをした。


「エルサ、お茶を持ってきておくれ。

 あと、ギルド内では、おじぃちゃんではなく、会長と呼びなさい」


「はーい、了解です。

 

 マーリン、どうぞ、座って。

 会長は、あなたに興味があるのよ」


 エルサは棒立ちのあたしを無理やりソファーに座らせると、「すぐお茶持ってくるから」と、部屋を出ていった。


「改めまして。

 ワシが商工会ギルドの会長を任されているドドだ。

 よろしくね、お嬢さん」


「マーリンです、会長さん、よろしくどうぞ」


 会長は”うむ”とうなずくと、ローテーブルをはさんで、あたしの前のソフォーに腰かけた。


「それで――

 マーリン、キミの手技を見せてもらえないだろうか?

 紙からアクセサリーを作るなんて発想は今までにないものだから、興味があってね」

 

 会長は目を輝かせて、あたしを見ている。

 簡単な折り紙で、ここまで興味持たれるとは思いもよらなかった。


「はぁ、いいですけど…

 たぶん、誰でも作れると思いますよ」


 あたしは抱えた鞄からメモ帳を取りだして、それを1枚やぶった。

 さらにハサミもとりだして、やっぶった紙を正方形にした。


 年寄りが好きそうだから、鶴でも折ろうか。


 あたしはテキパキと紙を折った。

 鶴なんかは日本の小学生なら、誰でも折るだろう


「はい、こんな感じです。

 どうぞ」


 あたしは折りあげた鶴を会長さんに手渡した。

 どってことないものなので、作業見てれば、誰でも作れるものなんだと思っただろう。


「おぉ…これは素晴らしい作品だね。

 こんなものは見たことがない。

 キミは簡単に折っていたが、こんなに綺麗に仕上げるとは…

 だいぶ手先が器用なんだね。

 これは紙を高級なものにして…硬化の魔法をほどこせば――」


 会長さんは手のひらに乗せた折り鶴をまじまじと見つめながら、”ふむふむ”とひとりでうなずいていた。


 それ、そんなすごいことかな…ぁ?


「すごいでしょ、おじぃちゃん。

 じゃなかった、会長。

 私のいったとおりでしょ?」


 お盆にお茶を乗せてもどってきたエルサが、嬉し気な顔で、戻ってきた。


「熱いから気をつけてね」


 エルサはテーブルにお茶を置いてくれた。

 とても優しい香りがする。

 ハーブティだとは思うけど、香りだけではなんのハーブかはわからない。

 でも心安らぐ良い香りだ。


「はい、会長もお茶をどうぞ。


 で、どう? いけそうでしょ?

 マーリンはお店を開くために都に来たの。

 相談にのってくれる?」


「あぁ、これなら十分、商売が成り立つだろうさ。

 おまえが見たのは紙の花だったのだろう?

 でもこの子はワシの目の前で、みごとな鳥を作ったよ。

 それは他にもいろいろ作れる、というアピールだろうね。

 やる気があるなら、店舗と資金を用意しよう。

 借金を抱えることになるだろうが、この作品なら、すぐに返済の見込みがある。

 硬化の魔法は使えるかい、マーリン?

 もしできぬなら、作業チームを組むといい。

 工芸工房に硬化魔法を依頼すれば解決する話しだよ。

 手取りは少なくなるが、それでも十分稼げるはずだ」


 あたしがなにもいわないのに、どんどんことが進んでゆく…

 なんか都の人って、自分の良い様に話しをはじめたがるのかちら?


「あの…すみません。

 あたし、折り紙で商売する気はないんです。

 人形師になりたくて都にでてきたので」


「なんとっ」

「えぇっそうなの?」


 驚く二人をよそに、あたしは熱いお茶を”ふぅーふぅー”しながらいただいた。


「このような素晴らしいものが作れるのに商売にしないとは――」


「そうだよ、もったいないよ。

 これも売ろうよ。

 それに人形工房は都にものすごくたくさんあるんだよ。

 ライバル多いんだよ?

 するにしても、他にも売れる商品を出した方がいいって。

 私は絶対に紙のアクセサリーは商品にするべきだと思う。

 貴族にウケるはずだもの。売り物に関しては、私の勘、当たるのよ」


 エルサがあたしの手をとって、懇願の表情で見ている…

 どうしても折り紙を売らせたいようだ。


「あぶないよ、エルサ。お茶がこぼれちゃうから。

 とりあえず、手は離そうね、うんうん。

 

 そうだ、もしよければあたしがエルサに折り紙を教えようか?

 そうしたら――」


「それはお断り。

 嬉しい申し出なんだけど…

 私、不器用なの…。それに商売のことが好きだから、ゆくゆくは商工会ギルドで会長になりたいの。

 これ、私の野心ね」


 エルサはあたしから手を離して、にっこりと笑った。

 堂々と野心とかいえるのは、ちょっとカッコイイかも。


「マーリン、どうだろうか…エルサがいう通り、この紙のアクセサリーも作って売ってみては? 都の人形は、かなり飽和状態なんだよ。

 しかも新作よりも古い物がより価値があるとされている世界…

 それだけで食べてくのはかなりキツイと思う。

 しかもキミは、若い。

 人形同様、人形師も歳を重ねた者に人気が集中しているんだよ。

 かくゆうワシも、ドールコレクターだからね」


「そうなのよ、おじぃ…あ、会長はね、家とは別に部屋を借りて、そこにたくさんの人形を仕舞いこんでる筋金入りのコレクターなのよ。

 その人が都の人形についていってるんだもん、マーリン、ここは両方やる、てことにしない?

 私、紙のアクセサリーの宣伝するから、ね?」


「エルサは、そんなにあたしの折り紙を気に入ってくれたの?」


「だって、この世にないものなんだもんっ。

 私、そうゆうものを世界に流通させてみたいの。

 珍しいだけじゃなく、真に価値あるものを手にした時、みんなの笑顔が広がるはず。私はその光景が見てみたい。

 自分がなにかそうゆうものを作れたらいいんだけど…

 人には向き不向きがあるから」


 エルサはあたしの隣りに座って、あたしがカップを置いたのを確認してから、また手を重ねてきた。

 そしておねだり顔で、あたしにうるるとした瞳を向けた。

 可愛すぎるだろっ。小動物かよっ。


「はぁ~

 まいったなあ…

 あたし、折り紙のことはまったく考えていなかったから。

 紙を卸してくれる工房も探さなきゃだし、その…硬化魔法のできる工芸職人もだし…

 人形作りでもいろいろ調べたり、探したりしなきゃとか思ってるし――

 両立できるかどうか…」


「私、手伝いますっ。

 おじぃちゃん、いいでしょ?

 私、見習いだけど――

 しばらくマーリンの開業に専念させて。

 こんな楽しいこと、そうそう出会えないもの。

 私も経験を積みたいし、どうかな?


 マーリンは、どう? 私じゃ、ダメかな?」


「マーリンが良いというなら、やりなさい。

 もしダメだというなら、マーリンには腕のいい相談役を付けよう」


「…ん――

 あたしは、エルサがいいです。気楽になんでもいえそうだから。

 でもそれよりなにより、あたし、知りたいことをなにひとつ知ることができてないんですよ。

 お店を持つにあたって、ききたいことがあるんです。

 ギルドへの加入費はいくらか? とか。

 店舗兼住宅でお店を探してもらえるのか、とか。

 あと大工さんとか…

 あたし内装のデザインとか苦手だから、そうゆうのが出来る人も紹介してもらいたいし。それに、実は人形の工房をやる、と決めてはいるけど、どのような感じにするとか、まるで想像できてないんです。

 とりあえずお店をおさえたい、て感じなんです。

 開業資金だって、いくら出せばいいのかとか、知りたいですし。

 こんなふわっとしてるまま、ここにいるんですけど…それでも相談にのってもらえます?」


「もちろんだとも、マーリン」


 会長が優しくうなずいた。

 そして隣りのエルサがあたしに話しだした。


「だいたいの人がそのふわっとした感じでくるんだよ、マーリン。

 なんかお店開きたいのだけど、てね。

 だから相談しながら道を示してくのも、商工会ギルドの役目なの。

 私に任せて。

 一緒に一からやりましょう。

 わかんなくなったら、うちのパパやママに相談するから、安心して。

 両親、ごルド内でも腕利きよ。

 まぁおじぃちゃん…あ、会長には劣るけど」


 エルサは、急に咳払いした会長に気を使ったようだ。

 身内でも褒めるときは神経使うのね…


「じゃ、エルサ、お願いします。

 まずは加入金の額と、開業資金が平均どれくらいか知りたいかな」


「それなら、今は気にしなくても平気よ。

 会長が保証人になるみたいだから。

 ほら、見て。

 あなたの才能にお金貸す気満々の顔してるでしょ」


 あたしはエルサにいわれて、会長を見た。

 かなり会長は目を瞑り、満足気に”うんうん”とうなずいている。


「ありがとうございます。

 でも、あたし、借金はしたくないので。

 資金が出せないならお店開かない方がましだから」


「えー、その考えはやめようよ。

 でないと、自分のお店を持つのとか、数年後とかになっちゃうよ。

 始めれば売れるってわかってるものだし、借金も返せると思うからさ、そこは借りてやっちゃおーよ。

 商売は度胸と勢いだよ」


「あ、いや、エルサ…それはどうかな~

 借金してお金返さなきゃって思いながら働くのは楽しくないんじゃないかな、て。

 あたしは、だけど。

 とにかく、いくらかかるか、まずは教えて。

 それで判断させて」


 あたしの言葉に、会長さんが強くうなずいて、目を開けた。


「マーリン、キミの気持ちは、よくわかったよ。

 若い娘が用意できる金額ではないかもしれないが――

 加入金は300,000Gだ。

 そして年会費として20,000Gをもらっている。

 それから、店舗兼住宅だったね。

 両方を備えている物件だと、相場は2千~3千Gだよ。

 店舗だけなら小さいもので5百から見つけられる。

 ただし、立地を考慮するなら、やはり高くはなるけどもね」


「なら、立地はとくに気にしません。

 あと、やっぱり店舗兼住宅がいいです。

 田舎だと更地に新築するとかできるんですけど…さすがに都にそうゆう場所はないですよね?」


「そうだね、もう完成されている街だからね。

 空き地は、ほぼないね。

 しかも店を開くとなると、住宅街は国の許可が取りにくいだろう。

 店は、みなが買い物しやすいように集まるよう設計されているんだよ。


 それで、キミは開業資金はいくらを目指すつもりだい?」


「安く見積もるといいよ、マーリン。

 なるべく早くお店持ちたいでしょう?

 立地気にしないなら、かなり抑えられるはずだもん。

 良い商品なら、多少場所が悪くても買いにくるはずだし」


「そうだね…んー。

 2千5百Gにしようかな」


「えぇっ、そんなに。

 マーリンの年齢でそれは…

 狭い店舗からまず始めて、いずれ大きくしていくとか…」


「あ、大丈夫、エルサ。

 あたし、お金持っているから。

 あたしの母がね、財産を残してくれたの。

 だから、あたしはこうやって都に出てきたんだよ。

 資産なかったら、こないって。

 あたし、借金してまでお店したくないもん」


「おぉっ、マーリン、それが本当なら、ワシが良いところを探して押さえよう。

 どうする? 今日、契約して帰るかい?

 10日以内で必ず見つけよう。

 商工会ギルドは借金をしない会員は優先して、事業のサポートをするんだよ。

 それはすぐに店が開けるよう、少しでも儲けが早くでるようにね。

 キミがやる気なら、迷うことはないだろうがね」


「マーリン、本当に?

 大丈夫? 今後のこともやっぱり考えてお金借りた方が…

 商工会ギルドは、持ちつ持たれつだから、そんなに利子高くないし。

 銀行は15%だけど、ここは5%よ、5%」


「ううん、エルサ、問題ないから。

 あたし、本気でお店持ちたいの。

 まぁ…コンセプトが曖昧でなんも決めてないけども…

 でも人形のお店を開くことは確実なの。

 会長さん、契約お願いします。

 あたしを会員にしてください」


 あたしは首に下げた身分板ポジションプレートを取りだして、会長さんに見せた。

 会長さんは静かにうなずいて、ソファーから立ち上がり、自分の机の引き出しから、金のプレートを取りだした。


「”やっぱやめました”は、できないよ――マーリン。

 それでもいいのかい?」


「はい、お願いします」


「マーリン…」


 エルサはいまだ不安気な顔をしているが、あたしは首から身分板ポジションプレートを取り外して、会長さんが持って来た金のプレートの上に、それを乗っけた。


「では、契約をしよう、マーリン」


 会長さんが穏やか口調で、そういったので、あたしは”こくん”とうなずいた。

 

 

 



 

 

 



 



 

 

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