第11話 新し出会いに乾杯
一階におりると食堂のテーブルがほぼ人で埋まっていた。
さっきまで人がいなかったのに、いつの間にやら大盛況だ。
ルーシさんはもう忙しく働いていた。
さらに知らない女性が二人、ルーシさんと同じように料理やお酒を運んでいる。
従業員だろうか?
「マーリンちゃん、こっち、こっち。
テーブル確保しておいたから、早くおいで」
あたしがキョロキョロしていると、リリーさんが手を振って、呼んでくれた。
しかも知らない女の子がその席に座っている。
栗色の髪は肩ほどの長さで、あたしに会釈する感じからして、年齢的に同じくらいな気がした。
「どうもはじめまして。
私はエルサです。すみません、席がなくて、ご一緒させていただくことになりました。よろしくお願いします」
女の子は立ち上がって、丁寧にお辞儀したので、あたしも同じようにした。
「はじめまして、マーリンです。
よろしくお願いします」
「もう、二人とも。
気楽にね、気楽に。
エルサちゃんは16だったよね?
マーリンちゃんも16なんだよ。
同い年だし、お友だちになれるんじゃないかな~て、おねぇさんは思うよ、うんうん」
リリーさんはニッコリと笑って、あたしたちに「腰かけようよ」と、うながした。
「そうなんですね。マーリンさんも私と同じ16才なんですね。
どちらから、お越しになられたんですか?」
「東のモボロという小さな町からです。
辺境みたいな場所なので、知らないと思いますが――」
「あーもう、二人とも、かたいよ、かたい。
もっとフレンドリーにね。
マーリンちゃん、水色の帽子とローブ脱いできたんだね。
その服も、いいね。まるで貴族の女の子みたいで、素敵よ。
黒髪の三つ編みも可愛いし、そのパッツン前髪も似合ってる。
ちゃんと見られて、おねぇさんは嬉しいよ。
エルサちゃんも、可愛いし、私は両手に花よね。
あー、ルーシねぇっ、今日のおすすめを3人分お願いっ」
「はいはーい、お任せあれ~」
リリーさんがあたしたち二人にほほ笑んでから、近くを通りかかったルーシさんにすばやく注文をした。
「そうだ、リリーさん。向こうのお二人はここの従業員の方たちですか?
お酒や料理運んでいる人たち。ポニーテルの人と、ショートカットの人。
さっき、いませんでしたよね?」
あたしは気になった人たちのことを、リリーさんにたずねた。
すごい威勢の良いおねぇさんたちなので、気になるのだ。
「あーあの二人ね。
違う違う、ただのお人よしな近所のお姉さんたちよ。
ルーシねぇとすごく仲が良くってね、毎晩手伝いにきてるの。
まあ目的は、仕事終わり三人で飲み会することらしいけど。
毎日するもんだからさ、
たまにね、私にその愚痴をもらすんだよね~」
「じゃぁ…食堂で騒ぐって――」
「あの三人だね。
そこらの酔っぱらいのオジさんたちより、遥かに陽気だから。
しかも三人ともお酒が強いらから、ちょっと寝たらもう元通り。
いつもの感じになるの。
身内の私でも、ルーシねぇたちみたいにはできないかなあ…」
「それは意外でした…
ルーシさん、いつも笑顔が素敵で美しい人ですから――
まさか酒豪だったとは」
リリーさんの話しを聞いて、エルサちゃんがびっくり顔をした。
この子も近所の子なのだろうか?
「ねー、エルサちゃんもそういう反応だよね。
妹の私も、びっくりです」
「なにがびっくりなのかしら?」
突然、後ろから声がしたので驚いて、声の主の方を見ると、ルーシさんたちが料理を運んできてくれていた。
三人並ぶと大人の女子の色香がすごい。
「あたしたちがまるで、お酒飲みたくてルーシの手伝いしてるみたいじゃない」
「ほんと、心外だわ。
お酒が飲めるから手伝ってるだけなのにさ」
「それ同じ意味じゃない?」
三人がコントみたいな会話をしながら、運んできた料理をそれぞれテーブルの上に置いてくれた。
香ばしく焼いた鶏肉とパン、それにスープだ。
そのおいしそうな匂いに、あたしのおなかが今にも鳴りそうだ。
「エルサちゃん、来てくれてありがとうね。
マーリンちゃんはしっかりと食べてね。足りなかったらすぐ追加注文よ、忘れずにね」
あたしとエルサちゃんは、ルーシさんに”こくん”とうなずいた。
「じゃぁリリーは――
皿洗いしてく?
私たち朝まで飲むから、その後始末お願いね」
「いや、食べ終えたら…帰ります」
リリーさんは渋い顔をしている。
それを見て三人のお姉さん方は、「あははは」と大笑いをして行ってしまった。
「ルーシさんって、けっこうパワフルな方だったんですね」
あたしがリリーさんにそういうと、
「人はみかけではわからないものよ」
と、リリーさんはため息まじりでそう答えた。
「さ、みんな、食べましょう。
お肉やスープが冷めちゃうから。
「ですよね、わかります。
肉に使ってるスパイスが絶妙ですよね。
私、今日ひとりできたのは、どうしてもダンさんの料理が食べたかったからなんです。家族は新街に最近できた高級レストランに行こうといったんですが、断ったんです。私…あのわけのわからないテーブルマナーとか、好きじゃないので。
ここが私にとって一番なんですよ。
なんか急に食べたくなるんです、ダンさんの料理って」
エルサちゃんは嬉しそうに語った。
「じゃ、なおさら早く食べましょう。
エルサちゃんのお気に入り、ささ、マリーンちゃんも召し上がれ」
リリーさんは、あたしとエルサちゃんに笑顔で食事をすすめると、自分もスープを飲み始めた。そしてうっとり顔をした。
二人とも、すごく美味しそうに食べるので、これは期待しかない。
「では、いただきます」
あたしも、まずはスープから。
ん? これはっコンソメ?
あたしはこの世界で、はじめてコンソメ味に遭遇したかもしれない。
スープといえば、塩味や、野菜の旨味だよりのものが主流だからだ。
まさか、コンソメスープにありつけるとは…
しかもタマネギの甘味も素晴らしい。
さすが都だわ。
もしかしたら、向こうの世界で食べていたような、懐かしい味がまだまだ発見できるかもしれない。
ぶっちゃけ料理の種類が少ない世界だな~て思っていたから。
でもそれはあたしが”田舎もんだった”て、だけなのかもしれない。
なんのスパイスかはわからないけど肉は香ばしいし、皿にかけられた赤ワインのソースもナイス。パンには干しブドウがはいっていて、これがまた美味しい――
ここの旦那さんが料理上手なのは間違いないだろう。
まだお会いしてないけども。
料理の才に全振りして、計算できないとか、ちょっと尊敬にあたいするかも。
テーブルにシェフを呼んで賛辞する、まさにアレをやりたいくらい料理に感動した。こんなに美味しいもの、異世界ではそうそう出会えなかったもの。
本当に、拍手喝采ものだ。
「どうしました? マーリンさん?
お料理に拍手なさるとか…ご出身地の習慣でしょうか?」
「あー違う違う、違いますっ。
美味しかったから、つい。
そうだ。
エルサちゃん、あたしにさんづけしなくていいからね。
あと、言葉遣いも砕けていいよ。
同い年だもん。ざっくばらんで。
ね、そうですよね、リリーさん」
「うんうん。その方がすぐに親しくなれると思うよ」
「そうゆうことなら。
じゃあ、マーリン、私はエルサで。
でも、あなた面白い人だね。
美味しいから料理に拍手なんて発想、はじめて。
私、そうゆう感性大好きだよ。
改めて、よろしくね」
この子は、とても素直な良い子だと思う。
だって、笑顔が眩しいから。たぶん、男子に持てるタイプだろう。
羨ましいぞ。
じゃ、あたしも遠慮なく――
「よろしく、エルサ。
あたし、都で仕事するためにでてきたんだ。
まだわからないこと多いから、友だちが欲しいと思ってた。
今日出会えて、すごく嬉しいよ」
あたしはエルサに握手をもとめ、彼女は笑顔でそれに答えてくれた。
「やっとその話しが出たね。
マーリンちゃん、実はエルサちゃんは商工会ギルドの会長のお孫さんなんだよ。
最近見習いとして商工会ギルドで務めだしたんだって。
だから、マーリンちゃんの相談にのってくれると思うよ。
エルサちゃん、マーリンちゃんはお店を持ちたいそうなの。
お話し聞いてもらえるかな?」
「ぇ、そうなの」
「えっ、そうなのっ」
あたしとエルサが同時に同じ言葉を発した。
「あら~、もう息がぴったりだね。
よし、この出会いに乾杯しましょうか。
ルーシねぇ…近くには…いないか。
ミィちゃーん…は、忙しそうか…
じゃあ、チィーちゃんでいいや、ブドウジュース3つお願ーいっ」
「ちょっとリリーっ、あたしだって忙しく働いてんでしょ?
ミィーやルーシだけが忙しいわけじゃないんだけどなあ」
リリーさんに「こちっこっち」と呼ばれて、ショートカットの女性がやってきた。
「いいじゃん、酔っ払いのオジさんたち相手より、若い女の子の方がいいでしょ?」
「まぁそりゃね、そっちの少女二人は可愛いけどねー
でもリリー、あんたはあたしら側だからね」
「やだやめて、10も離れてるんだからさ。
チィーちゃんたち三人は31でしょ、あたしはまだ21だからね」
「いやいや20過ぎたら、同じだから。
あっちゅー間に30だから。
リリーもすぐだよ、すぐ」
ちょっと不満気なリリーさんを見て、チィーさんは満足気だ。
「リリーがふくれても、もう年齢的に可愛くないから」
チィーさんは”けらけら”と笑いながら、リリーさんの肩に手を置いた。
「もうっ、そんなことより、ジュースちょうだい、3つ」
「はいはい、ブドウジュース3つだったっけね?」
リリーさんがチィーさんの手を肩からどかすと、むすっとした顔のままうなずいた。チィーさんはそれをみて、満面の笑みだ。
そしてチィーさんは片手を上げて大きく振ると、奥の部屋に戻るルーシさんに大声で「ルーシっ、この子たちにブドウジュース3つっ!」と、叫んだ。
「はいはーい、了解了解っ」
ルーシさんはニコニコ顔で、あたしたちに手を振って、奥の部屋へと入って行った。
「結局ルーシねぇにお願いとか…
チィーちゃんエグすぎー」
「いいじゃん、同じじゃん。誰が持ってきてもさ。
それにほら、リリー。あたしは、酔っ払いの相手専門だからさ。
あらやだ、呼ばれてるぅ~モテる女はつらいわ~」
”あははは”と大笑いをして、チィーさんは腰をわざとあたしたちに振りながら行ってしまった。
「はぁー。私、チィーちゃんだけにはいつも負かされるのよ…
面倒見は良い人だけど…いろんな意味で、一枚上手なんだよねぇ」
リリーさんは、頬杖してため息をついた。
「お待たせ~
おや? リリーその顔はもしかして、またチィーに丸め込まれたぽい?
で、みんな、もうご飯は良いの? おなかいっぱい?
美味しかった? 料理は満足したかな?」
ルーシさんは、にっこり笑顔で、あたしたちの前に、それぞれブドウジュースを置いてくれた。
「はい、大満足です」
「すごく美味しかったです」
あたしとエルサは、満足顔でルーシさんにお辞儀をした。
リリーさんはまだ少しだけ、憂鬱そうだ。
「ルーシねぇ…
私ではまだまだチィーちゃんに勝てないみたい」
「そりゃそうよ。
あのラーダでさえ、チィーにはかなわないんだもの。
あなたじゃなおさらよ、なおさら。
さあ、ブドウジュース飲んで、気分良くなしなさいな。
今年の出来は良いのよ。
ここ数年で一番だと思うわ」
「ルーシちゃんっ、酒おかわり!」
「はいはいーっ。
ガルアジさん、待ってて、すぐ持って行くわね」
ルーシさんは、「じゃね」と手を振って、また給仕に戻っていった。
店内はお祭り騒ぎだ。
食器やテーブルを叩いて歌うおじさんたち。
それに合わせて、チィーさんは酔っ払いのおじさんと陽気に踊っている。
で、その様子に大笑いするおばさんたち。
ぁ、ミィーさんはカウンターでお会計をしていた。
老人がほろ酔い気分で、帰るようだ。
「エルサ、ここって、いつも夜はこんな感じ?」
「うん、そうかも」
エルサは慣れているようで、とくに店内の騒動は気にしてない様子だ。
あたしは、前世にお祭り好きの親の血を引いていたせいか、ちょっと一緒に踊りたい気分だ。
普段は大人しい親だったけど、お祭りだけは大はしゃぎで、人前で踊りまくる人たちだった。だから、あたしも盆踊りとか好きだったんだよねぇ~
音楽聴くと、かってに体が動いちゃう、みたいな。
そんなことを思い出していたら、リリーさんが自身の顔を、軽く”ぱちんぱちん”と叩いた。
「よし、気を取り直して、乾杯しましょう。
二人とも、コップを持って、持って。
――では、この出会いにっ」
「乾杯」
「乾杯っ」
「乾杯~」
あたしたち3人は、コップを高らか掲げた。
その勢いで、リリーさんの胸ポケットの百合がテーブルの上に飛んでしまい、それをエルサが慌てて拾った。
「あーごめん、ごめん。勢いだしすぎちゃった。
拾ってくれて、ありがとね。
エルサちゃん、それすごく素敵でしょう?」
リリーさんは照れ笑いをしながらコップを置くと、ストローでジュースをひと口飲んだ。
この世界のストローは乾燥した植物で出来ていてる。
その名もストロー草だ。棒状の長い茎の多年草で、どこにでも生えている。
乾燥前は中に芯があるのだけど、乾燥しきると芯が縮んでやがて消えてしまい、空洞が出来るのだ。ストロー草に青臭さはなく、無味無臭だ。
だから使い勝手がいいのだ。
「これ…ずっと気になっていたんですよ。
リリーさん、素敵なものをもってらっしゃるな~と。
紙、ですよね?
しかもお花になってるとか…
どこの工房の作品ですか?
私、見たことないですよ、こんなに繊細な紙の作品」
エルサちゃんは百合の折り紙を十分に眺めたあと、それをそっとリリーさんへと返した。
「かなり丁寧な作業されていますよね。
しかも紙を作品にして、価値をつけるとか…すごい発想だなあ。
腕の良い方なんでしょうね」
リリーさんは手渡された百合を大事そうに胸ポケットに挿しながら、ちらりとあたしを見た。ちょっと、にやにやしているのがわかった。
簡単に折っただけなんだけどもなぁ…
あたしはなんだか恥ずかしくなってきて、ストローでジュースをすすった。
ブドウジュースは、ルーシさんのいうようにすごく甘くて美味しかった。
「ね、エルサちゃんもそう思う?
この花作った人が腕利きの職人だって」
「はい、もちろんです」
「じゃあ、紹介するね。
こちらの作品は、マーリンちゃんの手技によるものです。
どう? すごいでしょ?」
リリーさんが、あたしにニッコリとほほ笑んだ。
あたしは、照れくさくなっちゃって、ちょっとうつむいた。
すると、エルサがあたしの手を取って、勢いよく”ぶんぶん”と振りだした。
「すごいっ、すごいよっ、マーリンっ。
あなた、これを商品として売るためにお店を開くのね。
これなら、納得だよ。
マーリン、私、協力するっ。
だって、こんな素敵なもの、見たことないもの。
これ絶対に貴族も欲しがるよ。
ヒット間違いなしの一品になるよ、うんうん、私にはわかるっ」
「へ?」
あたしはエルサにぶんぶん振られる手をみながら、”どうゆうこと?”と、思った。
けども。
嬉しそうにはしゃぐエルサに、「いや違うけど」と、今はちょっと否定できないかなぁ…
こんなに喜んでくれているんだもの。
事情はまた後日で――
「私、マーリンの出店、協力するからねっ」
「よろしくね、エルサ。
相談したいことたくさんあるんだ」
あたしはエルサに頭を下げた。
エルサは腕振りをやめ「お任せあれ」と、あたしにほほ笑んでくれた。
うん、この出会いはラッキーだ。
あたしは、そう思った。
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