第10話 まちかど亭
教会を出て、中央大通りを北に向かいしばし歩いてから路地に入って、道を3つ渡ったところに”まちかど亭”があった。
外見は…あぁ旧市街だな、て感じで…
なんてゆうか…
「古いでしょ? でも中は丈夫だから。
ささ、入って」
あたしがいう前に、ドアを開けたままのリリーさんが代弁してくれちゃったので、素直に「お邪魔します」と入店した。
入ってすぐに受付のカウンターがあって、その後ろにはたくさんのテーブルが並んでいた。
どうやら一階が食堂のようだ。
美味しそうな匂いは、奥の方から漂ってくる。
「いらっしゃーいっ、て――
なんだリリーじゃない。
晩ご飯食べにきたの?
さっきラーダが裏口から”弁当作って”てやってきて、ちょうど渡したとこよ。
あら? そちらの可愛い子は、どなた?」
一番奥の部屋から出てきた女性がしゃべりながら、あたしたちの所へとやってきた。スラリとした金髪の美人だ。髪をまとめて団子頭にしている。
雰囲気がとてもリリーさんに似ていた。
「ルーシねぇ、お客さん連れてきたよ。
こちらはマーリンちゃん。宿屋を探してたから、ここを紹介しようと思って。
マーリンちゃん、この人が一番上のルーシおねぇちゃんです。
あ、晩ご飯は食べてくから。
てか、ラーダねぇ、また裏からきたの?
表はこっちだっていってるのにね」
「そうなのよ…あの子ったら、まったくもぉ――」
リリーさんとルーシさんの姉妹の会話が、なんとなく長くなりそうな予感がしたので、あたしは慌てて鞄を抱え、ルーシさんにお辞儀をした。
「はじめまして、マーリンですっ。よろしくお願いしますっ」
それに気づいて、ルーシさんは笑顔であたしに会釈した。
「はい、はじめまして。
私はルーシです。
お泊り希望なのよね?」
「はい、お願いできないでしょうか?
田舎からでてきたばかりで、右も左もわからなくて…
あたし、仕事をしに都にきたんですけど、まだ住む場所もなくて。
そしたら、親切にもリリーさんが声をかけてくれて――」
あたしはリリーさんを見て、”ありがとうございます”という意味で、軽く頭を下げた。
「いいの、いいの、気にしないで。
私だって、こんな素敵なものをいただいたんだし。
ほら、見て見て、ルーシねぇ」
リリーさんはあたしに笑顔を向けてから、胸ポケットに挿していた折り紙の百合を取り、それをルーシさんに渡した。
「あらまあ、可愛いっ。
これ紙でしょ? マーリンちゃんが作ったの?
器用ねぇ。素敵だわ。
リリーよかったわね、大切にしなさいよ」
ルーシさんは折り紙をひととおり眺めてから、それをまたリリーさんの胸ポケットに挿した。
「よし、マーリンちゃん、あなたうちにしばらく泊りなさい。
安くするから。
リリーと友だちなら、もう身内も同じよ。
そうねぇ…通常なら朝晩2食付きで4,500Gだけど、2,000Gでいいわ。
住む場所が見つかるまで、その値段でやるわよ。
どう?」
「マーリンちゃん、決めちゃいなよ。
これはすごくお得だと思うよ。
ルーシねぇ、本当にそれでいいんだよね?」
「うんうん、かまわないわよ。
ま、正直いうとね、魔物が増えてきた影響で宿泊客が減ったのよ。
数少ない旅人も、みんな新街の方に取られちゃってね…
うちは、ここ数日宿泊者0人が続いてるし――
安くしてでも誰か泊ってくれたほうが、宿屋的には嬉しいのよ」
「本当に、良いんですかっ?
2食付きで4,500Gだって、安い方なのに…
2,000Gって、大丈夫ですかっ?
旦那さんに相談とかはっ?」
あたしはルーシさんにぐいぐい詰め寄った。
さすがに安すぎだものっ。
でも…
もし2,000Gなら、めちゃくちゃありがたいっ。
「いいの、いいの、大丈夫だから。
この宿屋、私が店主なの。
ほら、これ見て」
ルーシさんはそういうと、首に下げた
「”まちかど亭、店主ルーシ”」
ルーシさんがプレートにそう告げると、青く輝いて、その光りは2,3秒ですぅーと消えた。
「ね、これが証拠よ」
ルーシさんは「どう?」と、ほほ笑んで
「――ん? どうゆうことですか?」
あたしが意味がわからなくて首を傾げながら質問すると、二人は”あっ”ていう顔をした。
「ごめんなさいね、マーリンちゃん。
これ半年前にアップデートされた魔法陣のひとつだった…
まだ地方には浸透してないかもしれないわねぇ。
いまさっきのは店主を証明する青い光なの。
ごくたまに、”店主だせ”ていうお客さんなんがいるでしょ?
そうゆう時に、自分が店主だと証明するためのものなの。
これはね、商工会ギルドが技の教会に頼んで独自に開発したのよ。
なので。
今は私がこの”まちかど亭”の店主です。
旦那に相談しなくても、お店のことは独断で決められちゃうわ。
だって、仕事上では、私が雇い主で彼が従業員ですから」
「そ、そうなんですね…
あ、そかそか…旦那さんは従業員さんなんだ…」
あたしは、それしかいえなかった。
たしか宿屋に嫁いだのはルーシさんだから、ここは旦那さんの実家なはずなんだけど…嫁が継いだてことだもんねぇ?
複雑な理由があるかもだし――――
「あ、マーリンちゃん、眉間にしわよせなくても大丈夫だよ。
ルーシねぇが店主になったのは、
「そうなの、そうなの。
旦那は料理の才能はあるのだけど、値段をすぐ間違えるの。
そろばん使いなさいよ、ていうんだけど、カッコつけて暗算でするもんだから、いつも会計間違っててね。
だから、私が店主になったのよ。
お店の支払い取引は店主の資産で行われるものだから。
ようは、”私がこの家の金庫番”てことね」
「なるほど、そうゆうことだったんですね。
なんか、ほっとしました」
あたしが本音をもらすと、二人はクスクスと笑った。
すごく楽しそうだ。
笑顔の二人の雰囲気は、とてもよく似ていた。
さすが、姉妹だ。
「おじさんとおばさんは元気にしてるの?」
「えぇ、毎日手紙が届くわよ。
酔っぱらいの相手から解放されて、清々してるんだって。
もうそれ、今、私の仕事になっちゃってるんですけど」
二人はまた”あはは”と笑った。
「おーいっ、そろそろ
晩飯のお客がくるころだろーっ」
「ごめーんっ、もう少し一人でがんばっててっ。
今、新規の宿屋のお客さんがきたからーっ」
「おぉっ、そかそかっ。
了解っ」
一番奥の部屋から男性の声が飛んできて、それにルーシさんが答えた。
「今の、うちの旦那ね。
昔はスラリとしたイケメンだったんだけど――」
「今は
「やめてよ、リリーっ。
ぽっちゃりよ、ぽっちゃり。
ぶくぶくとぽっちゃりでは印象が違うでしょ」
「あぁ、そうね、そうかもね」
ルーシさんが腰に手をあててリリーさんをちょっと睨んだので、リリーさんは「ごめんなさい」と素直に謝った。
「じゃ、マーリンちゃん、部屋に案内するわ。
そのあとにリリーと晩ご飯にして。
部屋は一番良いとこにするから、期待しててね。
見た目は古い宿屋だけど、最近内装を改装したのよ。
新街の宿屋に負けてられないからね。
リリー、悪いけど、店番しててね。
時間的にトミーおじぃちゃんくると思うから、いつもの席に案内してあげて」
「はーい、わかりました。
じゃ、マーリンちゃん、また後でね」
「はい。また後で」
あたしはひとまずリリーさんと別れて、ルーシさんの後に続いた。
階段は出入り口のそばにあって、そこから2階へとあがった。
古いわりに、軋む感じはなかった。
手入れが行き届いているのだと思う。
2階につくと、ルーシさんは壁のプレートに手をあてて、廊下の明かりをつけた。
廊下は二手にわかれていて、ルーシさんは左を向いて、そのまま奥へとあたしを案内してくれた。
部屋はドアの数からして、全部で5部屋ほどだ。
もしかしたら反対側にも部屋があるかもしれない。
「さあ、ここよ。
どうぞ、入って」
ルーシさんが、一番奥の部屋のドアをあけ、中の明かりをつけてから、あたしを手招きした。
中に入ると、右手と正面に出窓があった。
レースのカーテンが可愛らしい。
室内の右側には机と椅子、そして低いチェストがあり、左側にはベットがあった。
ベットは、葉っぱを模したデザインの布団が敷かれ、ふわふわしてそうだ。
床板はよく磨かれている。
そして壁紙がモダンな花柄で、綺麗だった。
たぶん、改装したのは、この壁だろう。
「どう? 可愛いでしょ?
女の子がきたら、絶対この部屋に案内しようと思っていたの。
ここは西の角なので、朝日は望めないけど…
でも東の角部屋は通りに面してるから、ちょっとうるさいのよ。
ここは、比較的静か。
前の出窓は裏庭だし。
西はうちの納屋だから屋根が低くいの。
なので、美しい夕日が見られるわよ」
「素敵です。
気に入りました」
あたしが暮らしていた教会は、けっこう壁に隙間があったり、雨漏りがしたりしたから、もうここは極上だ。
「よかった、気に入ってもらえて。
そうそう、このブレスレットを渡しとくわね。
これが部屋の鍵よ。
ドアのプレートにかざすと、施錠開錠できるからね。
それから、あのチェスト使っていいからね、着替えとかで。
あと、おトイレとお風呂、洗面所は、廊下をもどってもらって、階段のとこまでいったら、回り込む形であるから。
ここからはちょっと遠いんだけど――、この部屋が一番のんびりできるからね」
「わかりました、ありがとうございます」
階段をあがったとき、廊下が二手にわかれていたから、もうひとつの方に進むとあるのだろう。
あたしは受け取った銀のシンプルなブレスレットを左手につけて、お辞儀をした。
「じゃぁ、支度ができたら、降りてきてね。
で、そのまま食堂のテーブルで。
リリーが確保してると思うから。
意外かもしれないんだけど、うちは午後7時から戦場よ。
今日の晩ご飯は私のおごりにするから。
どんどん遠慮しないで注文してね。
声が小さいと私まったく気づかないわよー
酔っぱらいオヤジたちが騒ぐから。
ちなみにこの部屋だけは、防音の魔法陣を施した魔導
「防音っ!
それものすごく高いプレートじゃないですかっ。
音消しって、そうとう高度な魔法陣て聞きますよ。
確か質の良い早馬が2頭――」
「しーっ。
旦那にも内緒でつけたのよ。
だから、ね」
ルーシさんは、いたずらっぽくチャーミングに笑って、「じゃ下でね」と、部屋を出ていった。
「部屋の改装か…
なるほどね…」
あたしはひとまず机にとんがり帽子と肩掛け鞄を置いた。
ついでにローブも脱いだ。
普段着は前世のあたしが憧れていたセーラー服を絵に描いて、町の仕立て屋に作ってもらった特注だ。
旅立ちの日に、これにしようと奮発したのだ。
袖は長袖、スカート丈はひざ下、全体は紺の生地で、ラインは空色。
もちろんスカーフも空色。一応、紺のタイツを履いている。
でもこの世界のタイツはちょっと厚めなので、薄手の伸びる生地で作り直したい。
都にそんな生地があればいいんだけど…
靴は歩き回るので、ダサいけど旅用のものだ。
あたしがこのセーラー服のデザインを仕立て屋に持ち込んだとき、絶対に”天才だ”と言われると思ったんだけど…
仕立て屋のおじさんは「あぁ、貴族様のお子さんがよく着てる服だね」て。
あるんかーいっ。セーラー服、存在してるんかーいっ。
て、思ったよねぇ…
「ぉ、午後6時55分か――」
スカートのポケットから懐中時計をとりだして時刻を確認したら、晩ご飯にはよい頃合いの時間だった。本当は有名な絵本のうさぎみたいに、バストダーツっていう上着のポケットに時計をしまうのが正解らしいのだけど、とりにくいので…
あたしは、スカートのポケットに放り込んでいる。
「よし、晩ご飯をごちそうになりますか~」
本当に今日は、おごってもらってばっかりだ。
なんてツイてるのかちらん♪
おほほほほほ。
あたしはスキップしたい気分で、部屋のドアを開けた。
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