第9話 お人好しなおねぇさん

 教会の境内の参道をおしゃべりしながら、あたしとリリーさんは歩いた。

 アーケード街みたいなエントランスを抜けて、外に出ると整えられた木々の道だ。

 このギャップがなんともいえない。


 思わずあたしは後ろを振りかえり、改めて教会の巨大さを確認した。


 印象は”とにかく白くて巨大”、だ。

 教会自体がこんもりな白い山のようだった。


「やっぱり気になる? この教会大きいものね。

 これが向こうの東にもあるんだから、すごいよね。

 昔の人はどうやって建てたんだろう?」


 リリーさんは後ろを振り向きっぱなしのあたしに、クスクス笑いながら、声をかけてくれた。


「ですよね~

 こんなの田舎じゃ雪山ですよ、雪山。

 誰も建物だと思わないかも」


「それはいいすぎじゃない?

 どう見ても建物でしょ~窓あるし」


 リリーさんは楽し気に、あたしの肩をポンと軽く叩いた。

 

「いやいや、田舎もんはそれくらい驚きますよ、ここの教会のこと。

 他の教会もやっぱりこんな山みたい形なんですか?」


「ううん、ここと、あとは東の教会のみかな。

 他の所はとんがり屋根だね」


「なら、あたしが住んでいた町の教会と同じか…

 都の教会はみんな白い山かと思っちゃた」


「それは残念。

 違ってて、ごめんね。

 そうだ、今度一緒に街一番の高い塔に登ってみない?

 街が一望できて、楽しいよ」


 リリーさんは、終始笑顔であたしと話しをしてくれている。

 それがなんだか嬉しい。

 年齢的には、あたしのちょっと上くらいかなあ?


「ぜひ、お願いします。

 田舎者なので、おのぼりさんしたいから」


「あら、うまいこという。

 マーリンちゃんは、可愛い顔しておじさんみたいな言葉使うのね」


 あはは…

 おじさん経験していましたので。


 てか、いつの間にやら、あたしはで呼ばれてるのね。

 悪い気がしないなあ。

 親しい感情持ってもらえているみたいで。


「ところでリリーさん。

 失礼かな~と思うんですけど、歳はいくつですか?

 ちなみに、あたしは16です」


「おぉー若いっ。

 可愛いな~と思ってたんだけど、そうか、16才か。

 私は21才です。

 マーリンちゃんは、もしかして学院に入学するためにきたの?」


「あ、いえ、違います。

 仕事をしようかと――」


「そうなんだ、偉いねぇ。

 私はその歳の時は、めっちゃ遊んでたと思う。

 真ん中のおねぇちゃんによく怒られてたわ。

 ちゃんと将来考えろ、て。

 で、なんだかんだで、今は教会内の喫茶店で働いてるのよ」


 リリーさんは21才か…18才くらいかと思ってたけど、もう少し大人だったか。

 ニッコリ笑顔に、ちょっとあどけなさを感じていたから、若いと思ってた。

 いや、21も若いんだけどさ。


「リリーさん、喫茶店の仕事って、あれはボランティアですか?

 灰色のマントつけてたし…法の信者ってことですよね?

 教会勤めの巫女魔女や神官魔導師は職業だから、給料でるのは知ってるんですけど、信者だと…もしかして無償で働くんですか?」


「え? ないない、それはないよ、マーリンちゃん。

 信者でも奉仕という名目ではあるけども、ちゃんと報酬でるのよ。

 教会勤めの方たちよりもいただく金額は少ないかもだけど…

 でも信者の奉仕は、ちゃんと立派な仕事として認められているのよ」


「そうなんだっ。

 てっきり信者は無償でこき使われるものかと…

 あ、ごめんなさい、つい――」


「あはは、それはないない。

 誰も無償で働かないよ。

 とくに都民はね。

 ”働くことに対価は必須”て考えが浸透しているから。

 結婚してどちらかが家庭に入っても、ちゃんとお金を相手から受け取るのよ。

 主婦でも主夫でも、タダ働きはしないのよ。

 それが都の暗黙のルールなの」


「おぉ、都民はクールだわ」


「でしょ?」


 あたしたちは笑いながら、いつの間にやら教会の門を通り抜けていた。

 空はまだ少し明るいけど、街灯がちらほら灯り始めていた。

 

 ちなみに街灯の明かりは、点灯専門職というのがあって、町中の街灯を点けたり消したりして回る集団がいるのだ。

 主にお年寄りが小遣い稼ぎでしていることが多い。


 でも都では、箒に乗って飛んでまわる巫女魔女たちがそれをしていた。

 焦げ茶色のローブからして、技の教会の巫女魔女たちだ。


「ここは空を飛べる巫女魔女が多いんですね。

 しかも技の教会の巫女魔女たちですよね? 街灯を点けて回っているのは?」


「うん、そうね。技の教会の見習い巫女魔女さんたちね、彼女たちは。

 魔法学院卒業して教会勤めに入った新人さんたち――て、感じかしら?


 技の教会は魔導プレートを発明したエリート集団なのよ。

 普通なら、そんなに空を飛べる魔力量を持つ巫女魔女はいないと思うけど…

 たぶん、魔導プレート箒につけているんじゃないかなあ?

 ようは、技の教会のお家芸ね、うんうん」


 リリーさんは、ひとりでうなずいている。

 あたしは、空を箒で飛んでゆく巫女魔女たちを羨望のまなざしで見送った。

 歩道で遊んでいる子供たちは、彼女たちに手さえ振っている。


 だって、魔女が空飛ぶとか、憧れでしかない。


 残念ながらあたしはどこの教会の巫女魔女でもないので、空を飛ぶことは許されていないのだ。


 飛べるのは、教会勤めの巫女魔女のみ。


 しかも魔力量がかなり多い人じゃないと、空に舞い上がることすらできないらしい。なので、飛べる巫女魔女は、みんなに人気があるのだ。


 それを技の教会は魔導プレートで、なんなくクリアしたのか…

 すげーなあ。


 空を飛ぶことが一般的になったら、いいのに。


 ちなみに空を飛べるのは女性だけだ。

 男性はダメ。

 だから神官魔導師がいくら魔力量が多くても、箒で空は飛べない。

 それは神話の時代より決められている約束なのだ。

 

 確か――空は男神の領域で、大地は女神の領域だから、だったかな?

 空を飛ぶ、ということは、男神に抱かれる、て発想らしい。

 だから男は拒否する、て話しだったような?

 大地は女神に包まれるものなので、それは母として男女こどもを包容する意味でもあるから良いらしい。ただし、馬車は男性のシンボルという扱いだから、女性は馬にまたがったり、馬車を操縦することはしちゃいけないのだ。


 よくよく考えたら、おかしな話しだよね。

 まさにこうゆう発想は、異世界だ。


「ねぇマーリンちゃん。

 どんな仕事に就きたいの?

 どこかあてはあるの?」


 リリーさんが、”興味があります”て表情かおで、あたしをみた。


「実は…お店を持ちたくて。

 明日、商工会ギルドに加入しにいこうかと――」


「えー、なになに?

 それはすごいじゃないっ。

 どんなお店をやるの?

 どこかで修行したの?

 マーリンちゃんは、なにかの職人さん?

 うちの真ん中のおねぇちゃんは職人さんよ。

 工房持ってるの。

 よかったら、今度紹介してあげるね」


「あ、ありがとう。

 あたし、さだめの教会でわざを学んでいたので…

 それを自分なりにアレンジして仕事にしてみようかな~と。

 まだ具体的には決めていないのだけど、経験をいかしたいな、とも思ってて」


さだめの教会…?

 もしかして、とか…」


 リリーさんが少し怪訝な顔つきになったので、あたしはすぐさま手をふってそれを否定した。


 都でも、さだめの教会は呪いをすると思われているのだなあ…

 嫌だなぁ…その印象。


「あたしはしないですよ、呪いとか。

 そんなぶっそうなことするわけないない。

 むしろ人をハッピーにしたいもの。

 運の教会のイメージがほとんど呪いになっちゃったの…いつからだろう…?

 本当に迷惑な話し」


「ごめん、ごめん。

 私もうわさでしか知らなくて。

 さだめの教会は呪いをする、て。

 でもそうよね、こんなに可愛いマーリンちゃんが呪いとか、似合わないもの。

 本当に、なにもわかっていないのに変な顔してしまって、ごめんなさい」


「いや、いいよ、いいよ。

 リリーさんが悪いわけじゃないもの。

 悪いうわさがでちゃうほど、裏でやっているのかも…だし。

 あ、あたしはやり方を知っていても、絶対にしませんよっ」


「ほほーぉ。知ってはいるのね」


「…あははは」


 あたしが愛想笑いでごまかそうとしたら、リリーさんが”ぷっ”と噴き出して、結局二人で大笑いをした。


 もしあたしにお姉ちゃんがいたら、こんな感じの人だったのかなあ?


 すごく話していて楽しい。

 歳の近い年上の女性とこんなに笑って会話したことないもの。


 あたしが住んでいた教会のまわりには、あたし以外、子供がいなかったし。

 あと、若い人もだけど。

 なにせ町外れだったしなあ~、あそこ。

 だいたい近所はお年寄りばかり。

 なので、年寄りに囲まれて過ごした日々だから。

 まあ、それはそれで楽しかったけど。


「さー、着いたよ。

 ここが一番上のおねぇちゃんの嫁ぎ先。

 宿屋兼食堂の”まちがど亭”だよ。

 街の角にあるから、まちがど亭ね。

 覚えやすいでしょ?」


 リリーさんが案内してくれた宿屋は、中央大通りから少し外れた路地裏にあった。

 木造2階建ての、しっかりとした作りの大きな家だ。

 印象的にな茶色い四角に三角屋根が乗っかっている感じかな。


「さ、行こう」


 リリーさんが宿屋のドアを開けた。

 あたしはうなずて、後に続いた。

 美味しそうないい香りがする。晩ご飯に期待できそうだ。


 


 

 

 

 





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