第8話 教会の中の喫茶店
あたしは、噴水のある教会内のエントランスへと戻ってきた。
ポケットから懐中時計をとりだして時刻を確認すると、午後4時過ぎだった。
「さすがに商工会ギルドは無理か…
やっぱり今日は宿屋に泊まるしかないか…
まーそうだよね、都に着いてすぐに家買って住むとか、ないない。
ちょっと夢が先走って我を忘れてたわ。
浮かれモードすぎだよね、あははは…」
さてと、どうしようかなあ――
中央城壁までまたもどって、近くの宿屋に泊まるか、それともこの近くで探すか…
「その前に喉乾いてきちゃった。
喫茶店あるし、お茶でも飲むか」
前世のあたしはコーヒーが好きすぎて、自分で豆を挽いて飲んでいたくらいだ。
この世界の田舎の町にはコーヒーなかったけど、都ならあるかもしれない。
「コーヒーあるといいなあ~
匂い的にはしないけど――」
あたしはお店のドアを開けて、店内に入った。
白一色で統一された、シンプルな作りだ。
オシャレといえばオシャレだけど――病室ぽい気も…
「いやいや、これはオシャレよ、うんうんっ」
教会内の喫茶店だし、癒し空間的な喫茶と比較しちゃーいけない。
あくまでも、お茶を飲むだけの所なのかも。
「いらっしゃいませ、どうぞ、お好きなテーブルへ」
あたしがキョロキョロしていると、金髪の若い女性が奥の部屋からでてきて、声をかけてくれた。髪をきれいに束ねて、アップにしているからか、清潔感がある人だ。
シックな服装に、灰色の小さなマントを羽織っている。
ということは。
彼女は法の教会の信者さんだ。
あたしは、どうも、と頭をさげてから、一番近い場所に鞄を抱えて着席した。
飲み終わったらすぐ出られるように。
「こちらがメニューです。
お薦めは薬の教会で栽培しているハーブを使用したハーブティです。
私の好みですと、カモミールなんですが――」
「コーヒーは…ないですよね?」
「コーヒー? ですか?
すみません、ちょっとわかりかねます。
店長にたずねてまいりますので、少々お待ちを」
「あーいいです、いいです、カモミールで」
「そうですか?」
あたしは慌てて手を振って、彼女がお勧めしてくれたものを注文した。
コーヒー知らない時点で、無いのだろうと理解したので。
「では、お客様、カモミールティのセットでよろしいでしょうか?
お茶うけのクッキーが三枚付くんですよ。
金額は500Gですが、どうでしょう?」
「じゃあ、それで」
「ありがとうございます。
ではしばし、お待ちを」
若い女性は、あたしに一礼をして奥の部屋へと戻っていった。
「ふぅー
なんかくたびれた。
さてと、どうしようかな…宿屋…
夕飯も考えなきゃだし、食事付きの宿屋がいいなあ」
あたしは鞄から地図を取りだしてテーブルに広げた。
旧市街なら老舗が多いだろうから、そうそう宿屋とかもつぶれていないはず。
ならば、地図に載っているとこはやっているだろう、と。
「カモミールティのセットです」
あたしが地図をにらんでうなっていると、若い女性が銀のお盆でお茶とクッキーを運んできてくれた。
あたしは慌ててテーブルの地図を鞄にしまうと、彼女は微笑みながら、そっとそれらをテーブルに置いてくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございます。
ささ、冷めないうちにどうぞ召し上がれ」
彼女は、にっこり顔であたしに一礼すると、カウンターへと戻っていった。
「では、いただきますか。
水分欲しくてたまらなかったもん」
あたしは”ふーふー”しながら、一口いただいた。
美味しい。
カモミールティは、前の人生で数回飲んだことあるけど…
こんなに良い味がしたんだね。
ま、とくになにかの記憶がよみがえるわけでもないけども。
あたしはカップを置いて、今度はクッキーに手を伸ばした。
ここのクッキーは小皿にのってるわけではなく、綺麗な紙を敷いて、その上に置かれていた。紙は正方形で、まるで折り紙みたいだ。
あとでなにか折ろうかな~
子供の頃は友だちもいなかったから、暇人なあたしは折り紙ばっか折ってたんだよね。お茶で記憶は蘇らなかったけど、まさかクッキーの下紙で前世を思い出すとは。
あはは、なつかしい。
口元に運んだクッキーは、とても香ばしかった。
あたしは、それをポイと口に放り込んだ。
あまり砂糖の甘さは感じないけど、バターの風味はよくわかった。
あたしはもぐもぐしながら、カモミールティを口に含んだ。
この感じ、この感じ。
食べ物が口に入ったままで、飲み物を入れ込んで、口の中で混ぜ合わせながら流し込む、これがわりと好きなのよ。
行儀が悪いと前世の母に注意されたりしたけど、大人になってもやっちゃってたんだよね。
今思えは、ご飯食べて、そこにみそ汁流し込むのと大差ないと思うんだけどな~
もぐもぐしてるのが、母には見苦しく見えたのかなあ?
「あー美味しかった」
あたしはクッキーをすべて食べ終わり、お茶を飲み干した。
小腹が落ち着いた感じ。
こっちの世界の晩ご飯は、だいたい午後7時以降が普通なので、それまでおなかが持つ気がする。あたしは食いしん坊ってわけではないけど、人よりちょっとだけ、すぐおなかがすくタイプなのだ。
なので、多少でもおなかに入れることができて良かった。
あたしは食べ終わったクッキーの下紙を折り紙に見立てて、百合の花を折った。
おばぁちゃんが一番最初に教えてくれたのが、これなのだ。
この花びらを指でくるりんて丸めるの好きなんだよな~
完成した時の愛らしさといったら、ないもの。
「まあ、紙でお花ですか?
しかも…百合では?」
あたしが作った折り紙を眺めていると、お店の若い女性がのぞきこんできた。
カウンターから、いつのまに近くにいたのだろう?
顔が近くて、ちょっと恥ずかしい。
女性はすごく興味ありげに見ているので、
「よければあげましょうか?」
と、あたしは折り紙を彼女へと渡した。
「え? いいんですか?
こんな素敵なもの…本当に私に?」
「えぇ、どうぞ。
どのみち置いて帰るつもりでしたから」
「まあ、置いてくなんてもったいないですっ。
私、ちゃんともらって帰りますね。
どうもありがとう」
「いえいえ」
若い女性は百合の折り紙を眺めながら、すごく嬉しそうに笑っている。
こんなに喜んでもらえるとはね…
あたし的には暇つぶしだったんだけども。
「じゃぁ、そろそろお会計を――」
「私、リリーていいます。
お客様のお名前は?」
「ぇ、あ、あたしですか?
あの、その…マーリンです」
「まぁ、可愛いらしいお名前ですね。
では、マーリンさん、もしよければ私についてきてもらえませんか?」
「ぇ? どうゆうこと?」
あたしが席を立ちお店を出ようとお会計をお願いしたら、リリーと名乗った若い女性が、あたしの手を包むように取って、にっこりと笑った。
ちょっと意味がわからなくて、あたしはプチパニックだ。
「――あ、すみません。
つい先走ってしまいました。
マーリンさん、宿屋をお探しでしたよね?
先ほど地図で」
「あ、はい。
あ、でもよくわかりましたね」
「私、お客様を観察するのが好きなんですよ。
あ、変な意味ではなくて。
で、もしよければ良い宿屋を案内しようかと。
私、今日はもうお店をあがる時間なので。
紙のお花のお礼も兼ねて、私がしたいんです。
どうか、受けていただけませんか?」
リリーさんは、あたしの手を握ったまま、またにっこりと笑った。
これは…申し出を断れない状況ぽい。
いや、むしろありがたいんだけども。
あたしは都のことをまだなにも知らないのだから。
「リリーさん、ぜひ、お願いします。
あたし田舎からでてきて、右も左もわからないので」
「はい、承知いたしました。
では、お店の外でお待ちください、店長にいって、帰り支度をしてきますね」
「あ、その前にお会計を――」
「私のおごりです。
だって、この紙のお花には、それ以上の価値がありますもの」
そういって、リリーさんはあたしから手を離すと、るんるんでテーブルのカップなどをお盆にのせ片付けはじめ、「じゃ、外で」と、手を振り奥の部屋へと入って行った。
「――ん、あたし、めちゃくちゃツイてやしないか?
もしかしたら、都の人と相性いいのかも?
今日のあたしは、ラッキーがすぎるんだが♪」
あたしも”るんるん”で、席を立ち「ごちそうさまでした」と奥に声をかけてから、そのまま喫茶店を後にした。
教会のエントランスには、灰色や紫のローブやマントの人たちが増えていた。
きっと教会勤めの人たちが帰宅する時間なのだろう。
「お待たせ、マーリンさん。
では、宿屋へ案内するね」
みんなの夕飯に思いをはせていたら、後ろから声がしたので振り返ると、金色の髪をおろしたリリーさんが笑顔で立っていた。
さっきのシックな服装とうってかわって、なんとも活動的な装いだ。
ほどいた長い金髪はサラサラしているし、上の服は無地のTシャツで、下は長ズボンだ。Tシャツの胸ポケットには、あたしが折った百合が挿してあった。
都では、女性がみなスカートというわけではないようだ。
田舎ではありえないけど。
心なしか、彼女の印象が、女性らしいからボーイッシュに変わったかもしれない。
服装の印象て、こうゆうことなんだろうなあ…
「じゃ行きましょう。
今から案内する宿屋は、たぶん安く泊まれると思うよ。
なぜなら、私の一番上の姉が嫁いだ家だから。
ちなみにうちは三姉妹で、私は一番下なの」
リリーさんは、屈託のない笑顔であたしの腕をとると、元気よく歩きだした。
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