第7話 特別スキル

 大窓のステンドグラスの光りが、ワカツキさんと室内を照らして、淡くキラキラしている。あたしはまるで、絵画の世界にいるように思えた。


「では、マーリンさん。

 そろそろ謎のなるものについて、調べてみましょうか」


 ワカツキさんはローブの内側から、A4サイズの、ブロンズ色のプレートを取りだすと、それに向かって「というスキルについての記述のある書物を、すべてここに」と命じた。


「それは?」


「あ、これはですね、この教会内にある書物全部とアクセスできる魔法陣プレートですのよ。

 カスタムセットに関する本があれば、すべてここに転送してくれるすぐれものなのですわ。

 おかげで、自分で探す手間が省けましてよ」


 ワカツキさんはブロンズ色のプレートの表面をなでて、嬉しそうに笑った。


 転送魔法陣てことか…


 一般の家庭では、手紙や回覧板とか…そうそう、下水処理も転送してるんだよね。

 排水溝の下に大きな箱型の魔導プレートを設置して、汚水や汚物を森の木々の根元とか、畑の下なんかに飛ばしている感じ。

 なんたって、排泄物は肥やしになるからね。


 だけど鉱物とか、ものすごく重い物とか…命あるものなんかは、転送魔法陣でも移動できないままなんだよなあ…いまだに。

 わざの教会の永遠の研究テーマって、聞いたことあるし。


 でも、本の検索移動か…

 魔導プレートは、そうゆう応用も効くんだ、本当にすごいなぁ。


「――あれれ? おかしいですわねぇ。

 まったくもって集まりませんわね。

 んーこれはに関して…なんの手がかりもない、とうことですわね。

 どうしたらよいものか…」


 2、3分たって、ワカツキさんが困り顔で、あたしにそう告げた。


 んー、それは、あたしもわからない…


「大司様なら人生経験が豊富でしょうから、ご存じかもしれませんが…

 あいにく一年間は不在ですのよ。訳あって、他国にいってますの。

 業務にまっとうされるため、こちらから手紙を送ることも禁止されていますので…

 困りましたわねぇ。


 大司様も経験豊かではあるのですが…あの方は男性ですので、鑑定は品物しかしませんの。


 法の教会では、巫女魔女が命育むものの鑑定を、神官魔導師が物資を鑑定する、と決められてますのよ。


 ですから、答えは…”今現在、ここではわかない”、という鑑定内容になりますわ。


 S級ランクはこの国ですと、大司教様だけですし…


 北のギャガラ帝国にはラルラ様という方がおられて、その方もS級なのですが――

 性格に難がありまして、まったくもってお勧めできませんわ。


 大変、申し訳ございません、マーリンさん。

 わたくしの鑑定は、ここまでのようです」


 ワカツキさんは立ち上がり、深々と頭をさげて謝ってくれた。


「いえいえ、こちらこそ。鑑定ありがとうございました。

 特別ユニークスキルがあるとわかっただけでも、嬉しく思いますから。

 に関しては、そのうちなにかできるようになるかもしれませんので、今はその時を待ってみますね」


 あたしもすぐさま立って、お辞儀をした。

 

「でしたら、アドバイスがひとつできるかもしれません。


 わたくし、マーリンさんを鑑定した際に、違和感を覚えましたの。


 それは、なにかが一致せずにふわふわと浮いている感覚でしたわ。

 もし、その感覚がぴたりと重なれば、もしかしたらのスキルが発動するかもしれません。


 例えるならば…パズルのワンピースが宙にずっと浮いていて、そのピースを上から押し当ててはめてゆく感覚でしょうか? ピタリとはまれば、すべてがうまくゆくかと。そのように感じましたのですわ。


 特別ユニークスキルは、”おのれが意識をはじめたときから使えるようになる魔法”なのだとか。


 残念ながら、わたくしは持ち合わせておりませんので、これにて。


 どうぞ、ゆめゆめお忘れなきように」


 ぶっちゃけ、ちょとわからない例えだったけど、まぁ、良しにした。


「ありがとうございました、ワカツキさん。

 そのように努力してみます」


「あ、いえ、努力は必要ないかと。

 心のままに、が大切ですのよ――

 ご自身がご自身であるように、どうぞ世界を楽しんで生きてゆきませ。

 

 そうそう、本来でしたらお布施をいただくとこですが…今回はいりませんわ。

 わたくしのA級ランク昇格記念として、はじめての鑑定の方は無料にしようと、ずっと決めておりましたの。


 あ、このことも――他言無用で。


 とくに受付のリーアさんにはね」


 ワカツキさんは、人差し指を唇にあてて、しーっというしぐさをした。

 それがものすごく可愛くて、ワカツキさんをモデルにした人形を作りたいっと、めっちゃっ思った。


「本当に、ありがとうございます、ワカツキさん」


 あたしは鞄を抱えたまま、再度、深々とおじぎをした。

 頭をすごく下げすぎて、とんがり帽子が脱げてしまうくらいに。


「もうそれくらいで。

 素敵な空色のお帽子が汚れてしまいますわよ」


 ワカツキさんは、帽子を拾い埃を払うと、それをあたしに優しくかぶせてくれた。

 

 あたし以外で、空色と認識してくれた人は、はじめてだ。

 みんな水色っていうので、あたしも水色って答えちゃっていたから。


「あたし、青空が好きなんです。

 だから――空色なんです」


「そうですのね。

 わたくしも晴れた青空が好きですわよ。

 眺めていると、清々しい気分になりますもの」


 ワカツキさんはニッコリと笑って、それから、ローブの中から羽根飾りのついた短い杖をとりだすと、「えい」と一振りした。

 すると、部屋の大扉がギギギギギィと音を立て、ゆっくりと開いた。

 彼女の魔法だろう。


「マーリンさん、良いご縁をありがとう存じました」


 ワカツキさんは、あたしに一礼し、そしてあたしを扉へと案内してくれた。


「こちらこそ、感謝します」


 あたしは、彼女の後に続いた。


「では、マーリンさん、ごきげんよう」


「はい。

 ワカツキさんも。

 ご縁に、感謝します」


 ワカツキさんは静かにうなずいた後、あたしに手を振ってくれた。

 あたしは彼女にお辞儀をして、そのまま部屋を退室した。


 廊下にでるとすぐに、後ろで、ギギギギギィと大扉がとじる音がした。

 あたしは振り返らずに、そのまま受付へと向かった。


「鑑定、終わりましたか?」


「はい」


 受付までくると、リーアさんが笑顔で出迎えてくれた。


「では、こちらの書類にサインをお願いします。

 鑑定師との間の契約書になるんですよ。

 簡単にいえば、お互いの守秘義務の同意書ですね。

 今の時代でしたらプレートでやり取りしてしまえば早いのですが…

 法の教会は本の作成もわざとしているので、書類集積が好きなのですよ。

 伝統だと思って、協力してくださいね」


 リーアさんが窓口から紙とペンをあたしへと差し出して、そう説明した。


「はい、わかりました」


 あたしは一応内容を一読してから、サインを書いた。

 ざっくりいえば、”お互いに鑑定中の会話は内緒にしましょうね”、て感じだ。


「では、これで」


「はい、ご利用ありがとうございました。

 マーリンさん、ごきげんよう」


 あたしがリーアさんにお辞儀をすると、リーアさんは会釈ののち、笑顔で手を振ってくれた。

 

 あたしは、お布施のことをきかれなくてよかったー、と思いながらその場を後にした。


 しかし、ツイてるっ。

 A級ランクの鑑定となると、どんだけ高いお布施を要求されるかと、内心びびっていたところがあるのだ。


 ミーリン様が莫大な財産を残してくれたといっても、使えばすぐなっくなってしまうもの。


 しかも、今のあたしは…無職…

 稼ぎがない苦労は身に染みている…


 かといって、やりたくない仕事は引き受けたくない。

 この世界で、自由になったんだからっ。


 あたしは握り拳を振りあげながら、エントランスへと向かった。


 早く、自分のお店を持つぞ、と思いながら――

 


 

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