第5話 A級クラスの鑑定巫女魔女様
あたしは、その大きさにどぎもを抜かされていた。
兄くんがいったとおり、教会の建物がすごくデカかったのだ。
あの後、とても和やかな雰囲気で、心地よく馬車に揺られていた。
石畳の道を蹴る馬の蹄の音も、車輪の軋む音も、すべて快適だった。
兄妹たちは、ちょこちょこ肘を突き合っていたけど、それは仲が良いからだし。
他のお客さんたちも、うつらうつらと居眠りしていて、とてものんびりとした時間だった。実はあたしも、ちょっと居眠りしてしまったけど。
「そろそろ着くよっ、お客さん方っ」
馭者さんが荷台のあたしたちに声をかけながら、馬車を器用に操作して、横向きに方向転換させた。そして、玄関の前でゆっくりと停車した。
「じゃ、おねぇさん、またね。
ほら、お兄ちゃん行くよ、はやくはやく」
「わかってるって。
じゃあな、田舎もんのねーちゃん」
そういって、兄妹たちは荷台を降りて行ってしまった。
他の人たちも、それに続いて次々と下車した。
あたしは”うんんーん”と伸びをしてから席を立ち、荷台を降りた。
そこはとても広いエントランスの前だった。
扉はない。
室内は吹き抜けるほど建物の天井が高い。
後ずさり、外壁を思わず見上げると、それは巨大な白い建物で、全体像が把握できなかった。
口もぽかーんと開きっぱなしだ。
そんなあたしにはお構いなしに、共同馬車は走り出した。
振り返って馬車を見送ると、街路樹を颯爽と進んでゆく光景が見えた。
木々の道は、この巨大な教会の敷地なのだ。
遠くには出入り口の門が見えた。
境内の周りはとてつもなく高い鉄柵で囲まれている。
すごいとこに来ちゃったな…あたし。
共同馬車が門を出ていくのを確認して、あたしは回れ右をし、エントランスに足を踏み入れた。
ぶっちゃけ、アーケード街のようだ。
左右にお店が並んでいるし、中央の奥には噴水がある。
しかも、左には大きな男性の像が。右には同じく大きな女性の像が立っていた。
すべての規模がデカいのだ。
「ここ、教会内だよねぇ…?
なんちゃら商店街とかじゃ…ないよね?」
あたしは恐る恐る歩み出した。
左の奥のお店に、さっきの兄妹たちが入って行くのが見えた。
あそこが薬屋だろう。
左側の方は、わりと人が多く、にぎわっている。
とくに、婦人が多い。
きっと化粧品店に集まってきてるのだろう。
薬の教会は、薬だけではなく、化粧品の開発や販売も積極的にしていると聞いたことがあるから。
あたしは、とにかくまっすぐ進んで、噴水前までやってきた。
左の男性像は草束と小瓶を持っている。そして、右側の女性は天秤と本だ。
て、ことは。
これは神様の像なのだ。
薬の男神ポヘロと、法の女神フィホン。
たぶん、そうだろう…ここ、教会だし。
アーケード街じゃなければ、だけど。
「でもなんで、薬と法の教会が一緒に入ってるんだろう…?」
「あら、あなた、そんなことも知らないでここにいらしたの?」
「ぇ?」
あたしの独り言に反応したようで、噴水近くでくつろいでいた婦人が声をかけてきた。格好からして、貴族だろう。
きっと化粧品を買いにきて、今はここでくつろいでいる、といったところか。
「あなた、都の人ではないようね。
いいわ、教えましょう。都住まいの貴族は親切なのですよ、ほほほ」
「あ、どうも、ありあとうござます」
貴婦人は口元に扇子をあてながら、上品に笑うので、あたしは、やっぱ貴族ってそうゆうことするんだ~とか思いながら、頭を下げた。
「いいのよ、お気になさらずに。
法の教会と薬の教会が同じ建物に入っているのは、その方が都合が良いからですのよ。法の教会の巫女魔女様方は、”命あるもの”を鑑定しますが、神官魔導師様方は”物資”を鑑定しますの。そしてその鑑定は法の教会のみ、できること。
ならば、お薬やお化粧品の検品は誰がしますの?」
「あ」
なるほど、とあたしは思った。
そうゆうことか、と。
その顔に気づき、婦人も納得顔でうなずいた。
「そう、法の神官魔導師様方なのですよ。
ゆえに、一緒の建物に入っているんですわ。
わかってしまえば、どってことのない理由ですの。
ちなみに、聖獣教会と時の教会が同じ建物内に入っているのは、ご存じ?
ここと似たような巨大な建物が対をなして、東に建ってますのよ。
その中に、ふたつの教会がありますの。
理由はこれも単純なこと。
どちらも皇族にかかわる教会だから。そうゆうことですの」
「奥様、新商品の化粧品、なんとか買い求めることができましたっ」
「モニカ、ご苦労様。
では、帰りましょう。館に戻って、二人で試しましょうね。
それでは、失礼いたしますわ。ごきげんよう」
貴族のご婦人は、優雅なお辞儀をして、迎えに来たメイドさんと行ってしまった。
あたしは、去る二人の背中に、お辞儀をした。
「なるほど…
持ちつ持たれつは教会も同じなのね、勉強になるわ…」
あたしは、噴水を右へと回りこむように歩きだした。
よく見ると、奥に法の教会の受付があると矢印がでていたので。
エントランスの右側は比較的落ち着いた雰囲気で、本屋や喫茶店、文房具店などがあった。でも目的の受付は、それよりもさらに奥らしい。
柱に貼られた矢印を追って、あたしはどんどん先に進んだ。
すると、木で作られた駅のような改札口が現れた。
「ご用ですか? まずはこちらで受付お願いします」
声のする方を見ると、壁に受付窓口があった。
灰色のローブをきた女性が座っている。
法の教会の巫女魔女だ。
「すみません、A級クラスの鑑定巫女魔女様に鑑定依頼をお願いしたいのですが…
今日、視てもらうことは可能でしょうか?」
あたしは受付の窓口まで行き、中腰で窓をのぞいて、受付に座る巫女魔女にたずねた。
「ご予約はされていますか?」
「いえ、してません…
やはり予約しないとダメですか?」
「そうですね…A級クラスの方々は予約制なのですよ。
その下のクラスでしたら、しばしお時間をいただければ取次ますが――」
「なら、わたくしが視ますわ。
先ほどA級クラスに昇級しましたのよ」
受付の女性の後ろのドア開き、灰色のとんがり帽子をかぶった長い銀髪の女性が現れた。もちろん、灰色のローブも着ている。
「あなた、運がよろしいですわね。
これもなにかの縁ですわ。
わたくしが部屋の許可申請にやってきてよかったですわね。
A級クラスは個人部屋が持てますのよ。
わたくしのA級鑑定としては、あなたがはじめての方になりますわね。
ささ、そこのゲートを入ってくださいまし。
わたくしが、わたくしのお部屋にじきじきにご案内いたしますので。
ほら、ゲートにプレートがついてますでしょう?
そこにあなたの
通行許可がおりて入れるようになりますからね。
わたくし、今からそちらに向かいますので、通過してお待ちくださいまし。
リーアさん、よろしいでしょう?
わたくし、A級クラスの鑑定巫女魔女ですものね。
さきほど手続き終えましたから、もう視てもよろしいでしょう?」
「あ、はい。規定に反しておりませんので、それはかまいませんが…
いいのですか? ワカツキ様。
それに、そちらのお方も…」
「えぇ、わたくしは問題ありませんわ。
あなたもよろしいでしょう?
今日の鑑定を望むのでしたら、わたくしだけですもの」
「あ、はい、では――お願いします」
「はい、承知いたしました。
では、とっとと通過して待っててくださいまし。
すぐ向かいますわ。
リーアさん、お布施の額はわたくしが決めてよろしいんでしたわよね?
A級クラスは、それがゆるされていましたわよね?」
「はい、ワカツキ様」
ワカツキと呼ばれた巫女魔女はうなずいて、自身の首から
「”自室許可申請”」
ワカツキさんがそうプレートに告げ、受付のリーアさんが「”許可します”」と返した。どうやらプレート間で部屋の使用の契約をしたようだ。
「じゃそちらへ参りますわね」
ワカツキさんは、あたしにそういうと、入ってきたドアからそそくさと出ていった。
「じゃ、どうぞ、お進みください」
リーアさんが一礼して、あたしをうながしてくれたので、彼女に「ども」とお辞儀をし、あたしは
「さあ、行きますわよ。ついてきてくださいまし」
あたしがゲートを抜けたら、もうワカツキさんがそこにいた。
ちょっと息が荒いので、もしかしたら小走りできてくれたのかもしれない。
「すみません、ワカツキさん、お忙しいのに。
鑑定、よろしくお願いします。
あたしは、マーリン・フォレストです」
「あなた、ちゃんと道理をわきまえている方ですのね。
たまに、依頼にきているにもかかわらず、ご自身の名前を名乗らない不届きな輩がおりますのよ。わたくし、そのような方が大嫌いですの。
でもあなたはちゃんと先に名乗ってくださいましたわ。
もうそれだけで、ポイント高いですわよ。
さらにいうならば、わたくしの名前も先ほどのリーアさんとのやりとりで把握してらっしゃる。本当に、素晴らしいことですわ。
やはり気持ち良く視て差し上げたいので、そのような心持ちでいてくださると、わたくしも親切にしてさしあげたくなりますもの。
あ、そこの角を曲がりますわよ」
ワカツキさんは、あたしの前を歩きながら、法の教会内を案内してくれた。
灰色の帽子に、灰色のローブ、そして銀髪の長い髪。
しかも瞳も灰色で、神秘的な雰囲気だった。
肌も色白で、小さな唇だけが赤い。
とても美しい巫女魔女さんだ。
体の線も細く、ドールにしたら人気がでそうだ。
「さ、着きましたわよ、マーリンさん」
ワカツキさんは、とある部屋の前で立ち止まった。
二枚扉はとても大きく高く、両開きになっているようだ。
しかも重そうだから、開けるのも一苦労するかもしれない。
ここはあたしも手伝った方が…
と、思ったけど、そんな心配はいらなかった。
ワカツキさんは自分の
「ようこそ、A級クラス鑑定師ワカツキの鑑定部屋へ。
わたくしも今日初めてきましたので、荷物もなく、がら~んとしておりますけども、机と椅子はありますから、どうぞお入りなってくださいまし。
わたくし、個人部屋を持つことが憧れでしたので、嬉しい限りですわ」
とびっきりの笑顔で、ワカツキさんがあたしを部屋へと招きいれてくれた。
あたしより年上だろうけど、笑うと少女みたい。すごく可愛い。
あたしは一礼をして、彼女の鑑定部屋へと入室した。
あぁこれでやっと、あたしが
めっちゃ、楽しみぃっ♪
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