第4話 乗合馬車で

「どうもごちそうさまでした。

 美味しかったです」


「あら、嬉しい。

 よかったら、また食べにきてね。

 そうだ、初めてだから、おまけしちゃう。

 100G引きね。

 だから、700Gでいいわ」


「いいんですか?

 ありがとうございます」


「うんうん、いいのよ、いいの。

 あたし、可愛い子好きだからさ。

 じゃぁ、この金のプレートに身分板ポジションプレートお願いね」


「はい、わかりました」


 あたしは食事を終えて、会計カウンターにやってきたのだけど、アンナさんがおまけをしてくれるというので、すごく嬉しい。


 なので、さっさか会計を済ますことにしましょう~


 あたしは首にかけている身分板ポジションプレートをアンナさんが差し出した金のプレートに重ねた。


「”700Gで、お会計取引”」


 アンナさんは金のプレートにそう告げたので、あたしも自分の身分板ポジションプレートに「”取引完了”」と告げた。

 すると双方のプレートが光り輝いて、”チリリリリン”と鳴ると、光りがすぅーと消えた。

 これでお会計が済んだのだ。


「ごちそうさまでした。

 ありがとうございました」


「いいのいいの。気をつけてね。

 またね」


 あたしが身分板ポジションプレートを服の下にしまうと、アンナさんがカウンターからでてきて、お店のドアを開けてくれた。


「すみません。

 じゃ、またきますね。

 では、では」


 あたしは手を振るアンナさんにお辞儀をして、お店をでた。

 アンナさんも笑顔で「またね」というと、静かにドアをしめた。


「良いお店だったな。

 料理も美味しかったし、安くもしてもらえたし。

 あ、でも一応…確認しとこ」


 あたしは身分板ポジションプレートを取りだして、「”取引確認”」と告げた。

 すると目の前にスクリーンが現れて、先程のお会計の記録が出てきた。


『13時15分:子羊のローストセット(割引)700G 白羊食堂』


 確かに、割引してくれている。アンナさんに、感謝だ。


 すべては脳みそ内で処理されているんだけど、目の前にスクリーンがあるように見えるのは嬉しい。とても確認しやすいから。

 ちなみに左上には総資産額が表示されているのだけど、あたしの額はデカいので、あまり口に出したくはないかな~と。

 ちらちら見て、ほくそ笑むくらいがいいのよ、こーゆうのは。


 あたしはちょっと心配性なとこがあって、買い物をするたびに、こうやって取引の確認をするのだ。

 

 ごまかされたことも、ミスされたこともないのだけど…

 

 前世で会計任された時なんか、すごく数字の間違いを気にしていたものだから。

 役所はさ、”税金泥棒”とか…住民の皆様方がうるさくって――

 気を使いまくってもたりないくらい気を使う日々だったっけなぁ…


 そうそう、身分板ポジションプレートでの取引確認は、だいたい半日まで。

 それ以降は確認できなくなるので、必要ならば出納帳をつけるしかない。

 ようは、家計簿ね。


 あたしはメモ帳を持ち歩いてるので、それにたまに記録している。

 無駄使いをしないように、というよりかは、どこでなにを買ったのかという思い出作りみたいなもんだ。

 数字の日記、て、感じ。

 なので、絶対つけなきゃ気が済まないわけではない。

 ここ最近、実は忘れることも多いし――


 あたしはポケットから取り出したメモ帳に、さきほどの取引内容を記載した。

 メモ帳も、だいぶよれよれだ。

 

「さてと、どうしようかな~

 商工会ギルドに行くか、法の教会に行くか…」


 あたしはメモ帳をポケットにしまいながら、とりあえず中央城塞門を目指して歩きだした。

 目的の場所は、どちらも北側、旧市街にあるから。


「ねぇ、お兄ちゃん、はやくはやく。

 法の教会行きの馬車がでちゃうよ。

 薬の教会もそこにあるんでしょ?

 だったらそれに乗らないと、お薬買えないよっ」


「わかってるって。

 おまえ、初めてのおつかいだからって、はりきりすぎっ」


「自分だって、初めてのくせにっ。

 ちんたらしないでよねっ」


「ガキのくせに、なまいきだぞっ」


「自分だってまだ11才じゃん。

 わたしとひとつしかちがわないくせにっ、なまいきっ」


 おやおや、初めてのお使いに遭遇。

 しかも可愛いお子らが兄妹ゲンカとか、可愛いじゃないの。

 しかも法の教会行きの共同馬車と、な。


「これはあたしも乗るしかないだろうっ。

 あの子たちの後に着いてきましょ、そうしましょ~」


 あたしは肩掛け鞄を抱えて、城塞門近くの中央広場に向って走る兄妹の後を追った。これも運命のお導きよね。

 運は偶然ではなく”すべての結果が必然になるもの”て、ミーリン様もよくいっていたし。便乗しましょ。


「そろそろ法の教会行きでるよー、もう乗る人はいないかい?」


「すみませんー、わたしたちも乗りますーっ。

 お兄ちゃん、はやくっはやくっ」


「わかってるって、うっせーなあっ」


 子供ながらに、めちゃくちゃ足の速い兄妹の後を追いながらら「あたしもっ乗りますっ、待ってーっ!」と、あたしは大声で叫んだ。


 街中のみんなが振り返えり、なんか注目されたけど、知らんわ。

 

 あたしは走るのがしんどくて、それどころではないのだから。


「はぁはぁ、間に合ったあーっ。

 あ、先に身分板ポジションプレートですよねっ?

 ちょっと待ってくださいね、はぁはぁ」


 あたしは身分板ポジションプレートを取りだして、馭者さんが差し出した金のプレートにそれを重ね、息も絶え絶えに「”取引了承”」と告げた。


 馭者さんは「”取引成立”」と告げて、「ささ、乗った乗った」と、あたしを荷台に向かわせた。


 共同馬車は幌馬車で、荷台にテントが張ってあり、そこに長椅子が置かれている。

 あたしが乗りこむと、あの兄妹とは別に、数人の大人も椅子に腰かけていた。


「おねぇさん、大丈夫? すごくつらそうだけど?」


「あ、あああ、平気平気。

 最近、ちょっとだけ運動不足だったから、ほんと平気だからね」


「若いのに、なさけねぇーなあ」


「お兄ちゃんっ、失礼すぎっ」


「ちぇっ」


「ごめんなさい、おねぇさん。

 うちのお兄ちゃんがまたへんなこといわないように、みはっとくね」


 あたしは、兄妹に「あはは、どうもね」と愛想笑いで返した。


 妹ちゃんは可愛いけど、兄貴は生意気だな。

 こうゆうことは、あまり関わらないほうが良い。

 ムカムカするだけだから。


「――これで、よし」


「ねぇ、おねぇさんもお薬を買いにいくの?」


 あたしが馬車代をメモ帳に記録し終えたタイミングで、妹ちゃんが話しかけてきた。


「ぇ? どうして?」


「チリ、そいつどうみても田舎もんだぜ。

 知らねーんだよ、法の教会と薬の教会が一緒の建物に入ってんのなんかさ。

 きっとめちゃくちゃでっけーっ建てもん見て目玉とびだすぜっ、あははっ」


「もうっお兄ちゃんってばっ。

 やめてよね、口悪すぎっ。

 わたしひとりで来ればよかった」


「ば、ばかっ。

 買い物を頼まれたのはオレだぜ?

 おまえがついてきたんだろがっ」


「ふんっ」


 あらまぁ…兄妹ゲンカ続くのね。

 にぎやかで良いけど、あたしをからめないでほしいなあ…

 なだめるのが大変だからさ。


 あたしは二人を”まぁまぁ”とおさめて、鞄から地図を取りだし、法の教会の位置を確認した。

 たしかに、生意気兄くんがいったとおり、法の教会と薬の教会は同じ建物にはいっているみたいだ。


 しかも、敷地が大きい。


 確か対を成して、東側にも似たような敷地の建物が描かれていたような…

 あぁ、こちらは聖獣教会と時の教会の建物だ。


 他の教会は、みな個別であちらこちらに建っているようだけど、なんでこの4つの教会は特別な感じで建てられているのだろう…?

 理由があるんだろうけど…


 ま、いっか。


 あたしは地図を鞄へとしまった。


「ほら、見ろ、チリっ。

 そいつ地図広げてただろ? 田舎もんの証拠だぜ、あははっ」


 と、生意気兄くんがあたしを指さして笑ったところで、妹ちゃんが彼の頭をおもいっきりひっぱたいた。


「いちぃ…」


 頭を押さえ、かがむ兄くんを無視して、妹ちゃんがあたしに「すみません、兄がばかなもので」と、あたしに謝ってくれた。


「あ、いえ、それはいいけど…

 お兄ちゃん、大丈夫?」


「あーいつもしてますから。

 でも、もしこれ以上ばかになってるようなら、ついでに頭のお薬も買いますね」


「ほほほ、お嬢ちゃん、ばかにつける薬はないんじゃよ」


 妹ちゃんのあとに、乗り合ったご老人がすぐさま反応して、乗合馬車のみんなが大笑いをした。


 兄くんはしょぼくれているが、おじぃさんの切り返しがちょとおもしろくて、あたしも笑ってしまった。

 妹ちゃんは「ですよね」と、照れている。


 あぁ、平和だわ~

 こういう日常が素敵だと、思う。


「二人は、お使い?」


「はい、そうです。

 常備薬が切れたので、お母さんが買ってこい、て」


「そうなんだ、偉いね」


「えへへ。

 でもね、はじめて子供だけでいくので、ちょっと緊張してるんです」


 あたしは妹ちゃんとしばし会話を楽しんだ。

 妹ちゃんは、とてもしっかり者のようだ。

 頭を叩かれた兄くんは、ずっとふてくされているから、ことさらに立派に見える。


「おねぇさんは?

 お薬じゃないとしたら、化粧品を買いにいくの?

 最近、すごく良い化粧品が出回っているて、お母さんいってたし」


「あー違う、違う。

 あたしは法の教会の方なの、用事があるのは」


「あぁ、鑑定かー

 いいなあ~、わたしもしてもらいたいなあ…

 うちは15才になったらね、ていわれてるの。

 友だちは10才でしてる子もいるのに――

 いいなあ、おねぇさん」


「やっぱ、興味あるの? 鑑定」


「うん、あるよー

 わたし、もし魔女の適正があれば、騎士になりたいの。

 魔法学院に入って、攻撃魔法習って魔物なんかどんどん駆除しちゃうんだ」


「おまえがなれるかよぉ。

 どうせそんな魔力量もないだろうさ。

 オレら生地屋の子供だぜ。

 騎士じゃなく、将来は生地だね、生地」


「ばかじゃないの。生地になるんじゃなくて、生地職人でしょ。

 わたしはあきらめないけど。騎士がカッコいいからなりたいもん」


「はいはい、15才になるのが楽しみだな~チリ。

 おまえが泣くかもしれねーから、オレがハンカチ作っといてやるよ」


「いーだっ」


 妹ちゃんは、プイっとそっぽを向いた。

 兄くんも、ふん、と同じくそっぽを向いた。


 でも待ってよ。いま、なにげに兄くん優しいこといったよね?

 泣くと困るから、ハンカチ作ってやるとか…

 萌え要素だしてきたよね?


 やべー、この兄妹推せるじゃないの。


 それを思ったのはあたしだけじゃないようで、乗り合った他の大人たちも、慈しみ

の眼差しで不機嫌な兄妹たちを見守っていた。

 

 異世界の都会は、まだまだ人情があるのね…

 

 素敵♪


 あたしはひとりで、しみじみとうなずいた。


 





 

 

 


 

 

 

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