第3話 まずは、おなかを満たしましょう
あたしはひたすら歩いて、街を二分する中央城塞付近までやってきた。
さっきまで見ていた地図によると、外壁門がある南側は新街、中央城塞を挟んで北側を旧市街と呼ぶそうだ。
ようは、昔からあるエリアが旧市街で、のちに誕生したのが新街ってことだろう。
わかりやすい。
旧市街は、城や貴族街、教会や老舗の職人工房があるそうで、落ち着いた雰囲気なのだそうだ。
たしか、魔法学院や図書館などなど…”文化的なものが多くある”とも、書いてあったかなあ。
で、新街は、物流拠点なので、商業が中心らしい。
民家もこちら側が圧倒的にたくさんあるみたい。
地形的にも扇状地なので、城を中心点として扇形に都が築かれているから、南側のエリアの方が圧倒的に広いのだ。
昔々、フィリア川は、都の中央を流れていたそうだけど、今は人の手によって東側に流れを変えられたそうだ。
早いうちから区画整理がおこなわれ、現在の美しい都の姿になった、とのこと。
ぜ~んぶ、地図に記載されていた。
都に着くまで暇すぎて、馬車旅中は、ずっと地図を眺めていたので覚えてしまった。
この世界は、文字や言葉使い、それから…動植物なんかが、前世の世界と類似している。なので、記憶を思い出してからは、めちゃくちゃ生きやすくなった。
覚えることが、少なくて済むから。
たまにちょっと、おじさん時代のワードとかでちゃうけど。
まあ、基本は女の子として16年間も生きてきたわけだから、性格的には今のあたしが勝ってるんだけどもね。
「あ、あそこの食堂、比較的新しい外装かも。
最近できたのかなあ? 行ってみようかなあ~
もう腹ペコ具合も限界だし」
あたしは、城塞門近く、中央大通り沿いの西側にある、小さいけど綺麗な外観のお店に入った。
「いらっしゃいっ。
お嬢さんっ、一人?
なら、奥に二人掛けのテーブルがあるから、そこへどうぞ。
ささっ、ついてきてね」
あたしがドアを開けて入店するやいなや、元気の良い女性がすぐさま案内してくれた。
店内も外観と同じく綺麗だ。
これはやはり、新しいお店のようだ。
こじんまりとしてるけど、清潔で、内装もオシャレだ。
壁は漆喰っぽいし、出ている梁もしっかりとしている。
それに、わりとお客さんも多い。
昼間なのに、お酒を楽しんでいるグループもいた。
あたしは案内された席に座ると、鞄と帽子を脱いで、テーブル下の床に置いた。
「こんにちは、お客さん。うちは初めてでしょう?
これがメニュー。
お薦めは、子羊のローストセットよ。
パンとスープもつくからお得なの」
あたしはメニュー表を女性から受け取って、そのお勧めの値段を確認した。
800Gか…
なら、これでいいか。
「じゃ、そのお勧めでお願いします」
「はいよ。では少々お待ちを」
あたしはメニュー表を返しつつ、店の人にたずねてみた。
「すみません、ちょっといいですか?
とても綺麗なお店ですね。
すごく落ち着く雰囲気も良いですし――
最近できたんですか?」
「そうそう、半年前に開いたのよ。
念願叶ってね。あたしと亭主でコツコツ貯めて、やっとよ。
お店を褒めてくれて、ありがとうね。
都の人…て、雰囲気じゃないわよねぇ。
お嬢さんは、旅人さん?
それとも都に住むためにやってた人?」
女性は渡されたメニュー表を小脇に抱えると、しばしあたしにつき合ってくれた。
「あたしは、ここに住むつもりで田舎から出てきたんです。
あの…失礼かと思いますが、ちょっと教えていただきたいことがあるんです。
このお店は、どうやって開いたんですか?
もともとここがお宅だったんですか?」
「あら、なに、なに。お嬢さんもお店開くことに興味がある人なの?
あたしもあなたくらいの年齢のときに、将来お店を持ちたい、て決意したのよ。
でね、いろいろ調べたの。あぁ~なつかしいわ。
いいわ、教えてあげる。
なんか親近感わいちゃったもの」
女性はニコニコ顔で、あたしの真向かいの席に腰かけた。
先に注文を通してほしいな~と、思いつつ、あたしは彼女に「お願いします」と、頭を下げた。
「いいのよ、お店も一段落したから、気にしないで。
あのね、ここフィホンの都でお店を持つには、まず商工会ギルドに入会するのよ。
そうすると、商売をする権利を与えられるの。
でね、職員の人がいろいろ相談にのってくれて、しかもめんどくさい手続きも代行してくれるのよ。なので国に納める税なんかもギルドが回収して、すべてまとめてやってくれるの。
資金繰りのアドバイスや、万が一の場合の時は、低い利息で借金なんかもできるのよ。ありがたいわよねぇ…
商売は、必ずしもうまくいくとは限らないから。
あたしたち夫婦は、南のオセ村からきたの。
知り合いなんかいない状況だから、本来ならすごく不安なんだろうけど…
まったく心配してないわ。
商工会ギルドは、あたしたちに安心を与えてくれているのよ。
あなたもいずれお店を持ちたいなら、必ず商工会ギルドに入りなさいね。
商売する者は、持ちつ持たれつの精神よ。
資金が潤沢な貴族なんかは個人で商売してるみたいだけど、あたしたち庶民は、なかなかそうはいかないからね。
ちなみにこの
本当に感謝でしかないわ~
加入する際に、少しまとまったお金はいるけど――
それでも長い目でみたら、安いものよ」
女性は、あたしにウィンクをした。
お店を始めるなら、商工会ギルドに入りなさい、てことだろう。
「おーい、アンナっ、お客さんがお会計だそうだぞっ」
「あら、いけない。
そろそろ仕事に戻るわね。
――ぁ、やだ、オーダー通さなきゃ。
ごめんなさいね、おなかすいてるだろうに。
先にそれをすれば良かったのに…あたしったら、こーゆうところがあるのよ。
本当にごめんなさい。すぐ作ってもらうわね」
「ありがとうございます」
あたしは、お辞儀をした。
女性はまたウィンクして、あたふたとレジのカウンターへと戻っていった。
「あなたっ、子羊のローストセットひとつお願いねっ」
「ほいよっ」
「すみません、ハネスさん。お会計、お待たせしちゃって――」
「あぁいいよ、いいよ、アンナさん、気にしてないよ。
いつも美味しい料理をありがとうね」
「こちらこそ」
という一連の流れが、後ろから聞こえてきた。
あの人はアンナさんていうのか~
良い人だったな。
欲しい情報も貰えたし。
これで料理が美味しかったら、最高だ。
あたしは床に置いた鞄を拾い抱え、中から地図を取りだして、テーブルの上に広げた。
「今いるとこが、ここら辺でしょ?
で、商工会ギルド…商工会ギルド…
あ、昔からあるだろうから旧市街かなあ?」
あたしは地図の上に置いた指をすべらせて、商工会ギルドを探した。
マップは10年前に作成されたものだけど、そうそう大きく変わってはいないだろう…
お店は、ここのように入れ替えがあるかもだけど。
だって、この地図だとこの食堂が、靴屋になっているから。
「ギルドだもんなあ…
ということは、中央大通り近くにあるんじゃないだろうか…?」
あたしは、城からずーと南に伸びている中央の大きな道を指でなぞった。
「ビンゴっ。
やっぱ旧市街の大通り沿いにある~ぅ。
しかも、中央城塞から比較的近い場所じゃないの。
これ見落とすとか、あたしもまだまだだ」
地図を折りたたみ、あたしは鞄へと仕舞った。
そしてまたそれを、テーブル下の床に置いた。
「お待たせー
もうお腹すきすぎじゃない?
本当にごめんね。
でも自慢の子羊ローストだから、気に入ると思うわ。
ささっ、食べて食べて。
じゃあ、ごゆっくりね」
アンナさんが大きなお盆に料理をのせて、持って来てくれた。
そしてそれをあたしの前にそっと置いてくれた。
すっごく香ばしい匂いがする。
骨付きなので、これはもう手に持ってかぶりついてもよいだろうか…?
「いやもう我慢できないので、しちゃうけどっ」
あたしは子羊の肉を掴んで、パクッとかぶりついた。
独特の味わいだけど、美味しい。
しかも肉が柔らかい。
こんなに美味しいお肉なんって、本当に久しぶり。
さすが首都の食堂だわ。
田舎の食堂は、肉が硬いことが多いのだ。
パンもだけど。
「どれどれ、ここのパンは~」
あぁ柔らかい。しかも温かいから、少し火をいれてくれたんだなあ。
こうゆう気づかいは、田舎の食堂にはないんだよなあ…
冷めて硬くなったパンを当たり前のようにだすし。
あたしが料理に舌鼓をうっていると、ふた席前のテーブルでお酒を楽しんでいるおじさんたちが、なにやら面白そうな話しをしだしたので、あたしは聞き耳を立てた。
「おい、知ってるか?
うわさだけどもよ、時の教会の巫女魔女たちが聖女と聖獣を呼び寄せたらしいんだよ。それも
「ばか、知ってら~
もうどこでもうわさになってるぜ、それ。
皇帝陛下の指示なんだろ? 魔物が増えだしたから、聖女様に大陸中の魔物を一掃してもらおうってことだろ? すげーいいことなのに、なんで内緒なんだ?」
「オレがきいたとこによると、聖女様が二人も現れたそうなんだよ。
でな、どちらが本物かわからねーてことらしんだ。
だからよ、本物がどちらかわかるまでは公表しねぇーんだと」
「なんだそれ? どうゆうことでそうなってんだ?」
「知るかよっ。
うわさでしかねーんだからよぉ」
「そのうち城から回覧板が回ってくんじゃねーの?
国民への情報開示は義務だからよぉ。
まー待てばわかるべ。
ほら、おめぇーら、飲め飲め。
魔物は騎士様や教会の方々が退治してくれてんだし、聖女様がすぐにわからなくてもよ、問題ねーだろうさ」
「だな。それもそーだなあ」
がはははは。
と、おじさんたちはかなりのご陽気だ。
――てか、聖女ってなによ。聖獣って、どうゆうこと?
ぶっちゃけ聖女とか、めっちゃ主人公みたいな役割じゃんっ。
やだやだやだーっ。それって、あたしがモブってことじゃんーか。
あたしが前世を思い出した時に、「異世界転生者、あたしが? じゃ、この世界の主人公ってこと?」て――めっちゃ大喜びしたんだからあーっ。
いい歳こいて、向こうの世界では、異世界転生アニメの動画観まくってさ、その世界に憧れていたもんだ。
現実の自分は、人形好きのおじさんで、社会の歯車として働くだけの人生…
――あぁつまらない。
そう感じていたから「あたしは人生の主役だっ!」てやっと思えて、ひとりで脳内語り口調とかしちゃったりしてさ。
さも誰かに語りかけながらしゃべる、という妄想をここ一年ずっと楽しんできたのにっ。
終了か、終了なのか、妄想語りべの終演がきたのかっ?
ああっ、それはイヤ。
もう意地でもっ続けるもんっ。
どこぞのぱっとでの聖女に、あたしの主役の座を渡したくはないわっ。
そもそも、うわさとかどうでもいいわっ。
よし、今聞いたことは忘れよう。
うん、そうしよう。
聖女なんてワード聞かなければ、あたしの中ではいないのも同じ。
あたしはずっと主人公モードで生きてゆくっ。
異世界に転生したドルおじの、華麗なる美少女生活にこうご期待♪
イェーイ!
あたしの主役ストーリーは、誰にも譲るもんかっ。
せっかく、生まれ変わったんだもんーっ。
しかも異世界転生で、魔女よ、魔女っ。
自分でいうのもおこがましいけど、かなりの美少女魔女よっ。
もぉーっ、メインでいさせてくれよ~ぉっ。
あたしの嘆きは果たして神に届くのであろうか…
て、どの神様にお願いすればいいのやら?
「とりあえず――、ごはん食べよう」
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