本番1分前の高揚

「Hello, are you Kitamura Nana?(やあ、キミがナナ=キタムラかい?)」


 建物に入って早々、俺たちは見知らぬ緑髪の外国人女性に絡まれた。


「オッ、オウオウ……イエス……イエース……」


 生来の引っ込み思案も合わさり、戸惑うナナ。


『I'm not Nana, but I think the women near me are.(私はナナではありませんが、私の近くにいる女性はナナだと思われます)』


 続いて、ヘイアンが端末越しにナナをフォローする。


 なお、俺は英検4級程度の英語力しかないので、会話に割り込むことはできなかった。


「Materia, it's not a good idea to start talking to them all of a sudden since you're meeting them for the first time.(マテリア、向こうは初対面なんだからいきなり話しかけるのは良くないよ)」


 続いて、金髪青眼の外国人男性が女性の後ろから現れ、女性に対し何かを言っている。


 よく見たら2人とも左手の薬指に同じデザインの指輪をしているので、おそらく2人は夫婦なのだろう。


「マテリア……さん……って確かナナの義体を褒めていた海外の教授さん!」


 俺は断片的に聞こえた名前から、目の前にいる人の正体を察する。


『“Thank you for praising my work,” Nana said.(「ボクの作品を褒めてくださり、ありがとうございました」とナナさんが言っていました)』


 ヘイアン越しに、ナナがマテリア教授にお礼を言う。


『急に話しかけてごめんなさい。でも、あなたたちの功績はすばらしく、私はあなたを応援しています』


 教授の方も、翻訳アプリを介してナナに謝罪と賞賛を贈る。


 2人はお互いに手を振り、離れていった。


 俺たちは控室へと向かっていく。




「次は俺たちの番か……」


「緊張するけど……楽しみだね」


 控室にて、俺たちは自分たちがスピーチをする時を待つ。


 授賞式では、賞状を貰う前に各受賞者の作品スピーチと受賞したこと対するスピーチが行われる日程が組まれている。


 スピーチの順番は格式の高い賞をもらった人々ほど後に回される。


 つまり、俺たちはアンカーだ。


 ナナは比較的大丈夫そうだが、正直俺はかなり緊張している。


 ギュッ


 ふと、俺の手が何の前触れもなく握られる。


「……ケイスケ、ほぐれていこっ」


 俺の緊張を解くために握られた手もまた、少し震えていた。


「ナナもさ、ほぐれようか」


 俺もナナの手を握り返す。


 お互いの感触が、温かみが、だんだんと緊張を溶かしていく。




『次は、最優秀賞を獲得したチーム、「キタナナシキケイ」です。どうぞ!』


 ナナがかつて、応募するために適当に決めたというチーム名がアナウンスで高らかに宣言される。


「んじゃ、行こっか……!」


「ああ、俺たちの晴れ舞台……存分に楽しむぞ!」

 

 俺は高鳴る鼓動を楽しみつつ、舞台へと足を踏み入れた。

 

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