ありがとう、ナナ
どうしよう、また間違えちゃった。
ナナは心の中で己の選択を悔いた。
昨日、普通の山では満足できなったナナは悩んだ末、ケイスケと共に『ハンコの山』という店名のハンコ屋に行くことに決めた。
そして、『山は山でもそういう店』という一発芸にとらわれすぎて、そのあとのことを何一つ考えていなかった。
普通のカップルならケンカ確定の致命的判断ミスである。
「ごめん……本当にごめん……」
ナナはついに落涙し、ケイスケに己の過ちを謝罪する。
ナナは今までもまあまあヤバめの選択ミスをしたことがある。
「花見しよう」と言って植物園のラフレシアを見せたこともある。
「海を見に行こう」と言って『秋ノ海』という力士が出る相撲のイベントに行かせたりもしている。
そして、そのヤバめの選択ミスの被害はいつもケイスケが被っていたのだ。
いくら天然とはいえ、ナナもそろそろ自分のセンスや判断が致命的であることは自覚しつつある。
さらに、今は土曜授業やら8時間授業やらの影響で精神が不安定になっており、ついに激しい罪悪感を抱くに至ったのである。
◆◇◆◇◆
「……大丈夫。俺は全然気にしてない。俺のために色々考えてくれた事実だけでもう幸せだ」
俺は泣きじゃくるナナの頭をなでつつ、彼女にフォローを入れる。
確かに、ナナのセンスは世間一般の常識からかけ離れた奇抜かもしれないし、彼女が連れていく場所は変かもしれない。
でも、隣にナナがいるだけで、俺はどんな場所でも楽しくなれるし幸せな気持ちになれるのだ。
ラフレシアがある植物園に連れていかれたときも、相撲のイベントに連れていかれたときも、最高に楽しかった。
自分の凝り固まった頭では絶対に行こうとも思わない場所に行って、未知の体験をして、好きな人の隣でいることができる。
あの時もこの時も、ほんとうに楽しくて幸せだったんだ。
「それに……前々からハンコ屋さんには行きたかったから、結果オーライだ」
「ううっ……ケイスケ……ウソじゃないよね……」
「ああ、フルネームの実印を作りたかったからな。多分こういう店ならオーダーメイドできるだろうし」
俺は字を書くのが苦手だ。
だから、宅配便とかでもサインより実印の方が都合がいいと思い、前々からフルネームの実印を作ろうと思っていたのだ。
「なあ、ナナ。ひとつ提案いいか」
「ぐすっ……どんなの?」
泣き止みつつあるナナが俺の服で涙をぬぐいながら質問を質問で返す。
「この際だし、ナナも一緒にフルネームの実印作ってみるってのはどうだ?」
「……最高じゃん」
俺のアイデアを聞いたナナがきっぱりと泣き止む。
「いいね……おそろいのハンコ」
「なっ……まあ、そうなるな」
俺は『お揃い』という言葉にちょっとした羞恥とうれしさを感じ、顔の温度を少し熱くしてしまった。
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