断罪編

ケイスケの両親、我が子に倫理面で負ける

「四木村くん、休学したんだね……賢い選択だと思うよ」


 11月14日火曜日の放課後、泡海はいつもならケイスケが座っていたイスに対し、静かに語りかけた。




「喜多村さんはさ、休学しないの?」


「うん……ボクまだは大丈夫だから……」


「本当に大丈夫かい?心って気付いた時には壊れていることが多いから、何日かサボってもいいとおもうけどなぁ」


「……それも、そうだね」


 そう言いつつ、ナナはケイスケがある日突然、『安楽死したい』と言い始めたことを思い出す。


 3年ほど前、ケイスケの弟の就学前診断が行われた。


 彼の弟は兄とは違って先天的ハンデを全く持っておらず両親が思う通りの結果を叩き出した。


 そのことがきっかけで、ケイスケは希死念慮を抱き始めた。

 

 『上には上がいる』というのをよりにもよって身内で知ってしまったことで、彼の心は一気に全壊してしまったのだ。


 そして、それからケイスケは『安楽死すること』という夢に向かい、歩き始めた。


 受験勉強そっちのけで、安楽死権を得るための試験勉強を始めた。


 そして、日常的に『安楽死したい』と言い出すようになったのだ。


 だからこそナナは淡海の発言に共感したのだ。


「ボクも……ズル休みちょっとだけ考えようかな」


「まあ、無理強いはしないよ……まあでも、人生は最適解よりも寄り道多めの方が面白いからね。多分」


 そう言いつつ、淡海は教科書に偽装したマンガ本を開けて読書を開始するのであった。




◆◇◆◇◆




「ねえ、なんで父さんと母さんは兄ちゃんを差別するの?差別って悪いことなのに……」


 同じ頃、小学校から帰ってきたケイスケの弟、ジョウスケが自分の両親にきわどい質問を行う。


 彼もまた、兄と同じく賢い頭脳を持っていた。


 だからこそ、学校の道徳の授業を経て、このような親にとって耳が痛い発言ができたのだ。


「……ジョウスケ、たとえ話をしよう。仮に、キミが同じ種類のプラモデルの箱を2つ買ったとしよう」


 休診日で家にいたケイスケの父がそう話しながら、壁のホワイトボードに2つの箱を描きあげる。


「1つめのプラモデルは上手く組み立てることができなかった。右足の接続が不安定で自立できない。そして、2つめのプラモデルは上手く組み立てることができた」


 ケイスケの父は倒れる不格好なロボとキレイなロボのイラストを描き、説明を続ける。


「……ジョウスケ。キミは、どっちのプラモデルをカッコいいと思うかね?」


 この時、ケイスケの父は心の中で勝ち誇った。


 自分が行っている幼稚な差別の理由を、上手く子供に説明できたからである。


 彼はこの後『世の中ってのはな、綺麗事だけでは成り立たないんだ』と言って子供を納得させる自分を想像した。


 しかし、その予想は子供の純粋な心によって打ち砕かれることになる。


「どっちもカッコいい!1つ目は強い敵と戦い抜いた後って感じがしてカッコいいし、2つ目も初陣前って感じがしてカッコいい!」


「な……に……」


「それに、自分で作ったものは、どんな状態でも大好き!」


「うぅ……」

「うぐぅ……」


 更なる耳が痛い一言を聞いてしまい、ケイスケの両親はうめき声を思わず上げた。


 自分が作ったものなどんな状態であれ好きだと言う我が子と、我が子の愛に差をつけた自分たち。


 汚い大人は、倫理の面で10歳の子供に圧倒的に負けることになったのだ。


「あと、 僕は兄ちゃんのことカッコいいと思うし大好きだよ!」


 そう言って、ジョウスケはそのまま自室へと駆け込んでいった。




「正論なんて……社会の前では無意味……」


 己の醜悪さを突き付けられた父親は、小声で負け惜しみを言うことしかできなかった。 

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