バーチャルなでなでとキミの母さん

「……にゃん」


 突然、俺の目の前でナナのアバターからネコミミが生えてきた。


 おそらく、差分として事前に作っていたのだろう。


「……ネコをなでると、癒されるんだって」


 ナナがどこかで入手したのであろう豆知識を意図的につぶやく。


 俺はこの後の流れを何となく察し、ナナの頭を撫で始める。


「……にゃあ」


 少し照れたような声がアバター越しに聞こえる。


 そのあと、俺の身体にとある現象が起き始めた。


 実際は感触など感じていないのに、なぜか俺の手にぬくもりが伝わってき始めたのだ。


「VR……感度」


 VR感度。


 触られる映像を見ただけで触られた感触を感じるなど、視覚的情報から無いはずの情報を感じ取る能力のことである。


 ちなみに、この現象自体はけっこう普遍的に起きるらしい。


 しかし、自分がそれの該当者であることはいままで気が付かなった。


 おそらく、今までは本腰入れてVR空間を楽しんでいなかったからであろう。


 俺はナナのぬくもりを感じつつ、そのままなでなでを続けた。




「んじゃ、……そろそろVRの中で寝てもいいかな」


 その後、俺を猛烈な眠気が襲った。


 おそらく、今から1時間前に飲んだ睡眠導入剤のせいだろう。


 エナドリで歪んでしまった生活習慣を正すために病院で貰ってきたのだ。


「おっけ。じゃ、ボクも隣で横になっても……いいかな」


「うん、いいよ」


 バーチャルベッドの上で、俺とナナは隣同士で横になる。


『では、私はこれにて失礼いたします』

『私もですっ!』


 何かを察したのか、ヘイアンとタイラがそう言い残してログアウトした


「……二人きりになったね」


「うん……」


 目の前にいる幼馴染がしっとりとした優しい声で囁きかける。


 次の瞬間、想定外のことが起きた。


「……なでなで……なでなで」


 ナナのアバターの手が俺のアバターの頭をなで始めたのだ。

 

 先ほど自覚したVR感度により疑似的な手のぬくもりを感じる。


 その時、俺は思い出してしまった。


 まだ就学検査を受けておらず、先天的なハンデを持っていることが判明してなかった幼きある日。


 寝る前に母さんに頭をなでられたあの日。


「母さん……」


 つい、口走ってしまった。


 俺は無意識のうちにナナとまだ優しかったころの母さんを重ね合わせてしまったのだ。


「あっ、ああ……こっこれは……ううっ」


 自分の短絡的で気色悪い思考がとても情けない。


 幼馴染と自分の母を重ね合わせるなど恥ずべき行為なのに。


 あまりの情けなさに涙があふれ出る。


「……いまはボクがキミの母さんだからね」


 ギュッ


 仮想空間の中で抱きしめられる俺の身体。


 俺は視界を通じて暖かい温もりを感じた。


「ううっ……うっ……」


「よしよし……よしよし……ボクはキミのこと、見放したりしないからね……だから、ゆっくりおねんねしてね……」


「……うん」


 こうして、俺は仮想空間の中で入眠したのであった。

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