自己犠牲の記憶

「ケイスケ……帰ろっ……」


 ヘイアン四式を作って眠りについた後、俺は過去の記憶に準じた夢を見た。


 俺の視界に最初に映ったのは、小3のナナであった。




 俺が『どんなに努力しても字が上手く書けない』という先天的なハンデを背負っていたことがわかったのは小3の6月のときであった。


 そのことが分かった日から、俺に対する両親の対応は一気に雑になった。


 塾はやめさせられ、子作りを見られないようにするためか夜は早く眠らされた。


「そういえば俺、また漢字テストで80点取れなくて合格シールもらえなかったんだよね……」


 そう言いつつ、夢の中の俺はランドセルから50点の漢字テストを取り出した。


 俺の書字能力では3年生あたりから習い始める画数10以上の漢字を正確に書くのは難しかった。


 そのため、このような点数を取ってしまい80点以上の生徒に与えられる『合格シール』であった。


「じゃあさ……これ、あげる」


 そうってナナが手渡してきたのはハサミによって半分に分割された合格シールであった。

 

 おそらく、ナナが貰った分のシールであろう


「ありがとう。でもそれはキミが持つべきものだと思う。俺なんかが持っていいものではない」


 そう言って夢の中の俺もとい当時の俺はシールを返した。


 そのシールはナナが勝ち取った名誉であって俺が貰っていいものではない。


 その考えを言い表す言葉は持たずとも、当時の俺はそれに基づいて行動したのだろう。


 そんなときであった。


「死ねぇ!!俺の人生に意味を持たせるためにぃ!!」


 小三の俺たちの目の前に、通り魔が現れた。


 これは夢独自のシナリオなどではない。


 俺たちは、小学三年生の初夏、下校中に本物の通り魔と遭遇していたのだ。

 



「ウビャァアアアアアアア!!」


 人間の喉から出ているとは思えないレベルの声が通り魔の口から出てくる。


 あの時と同じ命が不安定になるほどの驚きと恐怖が襲い掛かってくる。


 ナナもあまりの恐怖に固まっている。


 そんな中、夢の中の俺はあの時と同様に無謀なことをし始めた。


「来るなあああああああああ!!悪者おおおおおおお!!」


 俺は喉が壊れるかと思うほどの絶叫を通り魔に向かって浴びせた。


「悪者だとぉ……!俺をいじめた社会こそが、真の悪者だああああああ!死ねえええええ!」

 

 神経を逆なでされた通り魔が刺身包丁を持ってナナに向かって駆けだしてくる。


 俺はナナを押しのけ、通り魔の一撃からとっさにナナを庇った。


 理屈や思考なんてない、本能に基づいた行動であった。


 だからこそ、無意識のうちに彼女を庇ったのかもしれない。


 ザッ!


 何かが刺身包丁に刺さった音がした。


 死んだ。


 当時の俺はそう思った。


 ドンッ!


 直後、発砲音が1発鳴り響いた。


  


「あーあ。結局ランドセル買いなおしかー」


 夢の中の俺がそう言いつつ、無駄にデカいランドセル売り場をうろつく。


 さすが、売り場はフィクションではあるものの、あの後ランドセルを買いなおしたことは事実であった。


 通り魔が警察の発砲で死んだ後、俺は念のため呼ばれた救急車で病院に連れていかれた。


 しかし、ランドセルが身代わりになったことで大したケガがなかったことが判明し、その日のうちに家に帰ることになった。


 なお、ランドセルは切り裂かれて使い物にならなくなった。


「なんでガキの俺はあの時庇ったのだろうか……」


 ふと、夢の中で俺はそうつぶやいた。


 10代にも満たない子供が、本能で自己犠牲を行う。


 その不可解な現象を『本能』という二文字で片づけるにはあまりにも早計な気がしたのだ。


 そんな中、夢の中での視界にハート型の詩集が縫われているランドセルが映し出される。


「ハートの刺繍か……なんか恋愛っぽいな」


 その一言を言った次の瞬間であった。


「そうか……!」


 俺は、ようやく本能の正体に気付いた。


 次の瞬間、脳が活発に動き始めた影響か夢が終わって俺は起床した。


『おはようございますっ!ケイスケさん!』


 タイラがヘイアンの代わりに俺に挨拶をする。


「おはよう、タイラ……俺、わかってしまった」


『……なんでしょうか?』


 俺ははっきりとわかってしまった。


 あの時俺がナナを庇った理由が。


 ナナと一緒に居ると心地いい理由が。


 ハロウィンの時にナナに抱き着かれて鼓動がうるさくなっていた理由が。




「俺、ナナのことが好きだったんだ……それも、ずっと前から」


 俺は、夢を通じて恋心をハッキリと自覚してしまった。 

 

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