トリック・アンド・トリート

「トリック、アンド、トリート……だったっけ」


 10月31日の夜、俺はミイラの仮装をしたナナにお菓子を求められた上にイタズラを予告された。


 


 俺は昨日の約束通り、コンビニで買ったお菓子を持って家に来た。

 

 そして、ナナは予告なく仮装をした上で上記のセリフで俺を出迎えたのであった。


「正しくは『アンド』ではなく『オア』だ。プログラミングだったらバグが生まれるとこだったぞ」

 

「まあ、このあとボクはイタズラとして、キミにハグする予定なんだけどね……」


「俺の頭がバグってフリーズしたんだが」


 正直、ナナの仮装はかなり官能的であった。


 彼女自身の天才的かつ独創的なデザインセンスに裏打ちされた衣装と控えめな雰囲気と控えめではない身体を持つ本人のとの組み合わせ。


 そこから繰り出されるビジュアル的破壊力は『魅力』そのものであった。


 そんなものでハグされたら脳がフリーズしてしまうだろう。


 というか、もうフリーズしてしまった。


「……あっ、ネタバレしちゃった。ごめん。あと、これ貰うね」


 そう言いつつ、ナナが俺の手にあるお菓子を貰っていった


「……あーうん、うん、大丈夫、俺の脳みそが俗物だっただけだから……でも、好きでもない人にハグするのはあまり良くないと思うぞ」


 そう俺が言った次の瞬間。


 俺の身体は温もりに包まれた。


 俺はナナにハグされてしまった。


「え、ええ、えっ……」


 俺の脳と身体が熱暴走を始める。


「どういう、ことだ……」


「……熱くなってきたから、イタズラ終わりにするね」


 俺が困惑している間に、ナナのイタズラは終わった。

 



 それから、俺は普段着に着替えたナナと共に夕食を食べることになった。


 なお、ナナは芸術家の父以外の家族がいない上、その父親も海外に出張中なのでこの家にはナナと俺以外の人間はいない。


 男女二人のみの空間と先ほどのイタズラという名のハグ。


 俺の鼓動がうるさくなるのも無理はない。


 そして、その音は生きている実感もなくひたすら死に向かって歩いていた俺に確かに「生」を実感させた。


 もしかしたら、俺は心の奥底では彼女に恋をしているのかもしれない。


 そう考えると、今まで以上にナナが魅力的に見えてきた。


「……おいしい?」


 ナナが優しい顔で俺に聞いてくる。


「ああ。とても、おいしい」


 俺はそう言いつつ、高鳴る心音の中でやすらぎを感じた。


 「死にたい」以外の願望がほとんどなかった俺の心の中に、よくわからない感情がうずまき始めた気がした。

 



「じゃあ、また明日」


 そう言って俺はナナの家を後にした。


「にしても、あの時のハグはいったい……」


 俺が「好きじゃない人にハグしない方がいい」と言った直後にナナはハグをした。


「もしかして、ナナは俺のこと……いや、ないか。俺、絶対好かれるような性格じゃないし」


 俺は極めて都合のいい仮説を一瞬作った後、自ら却下した。


 俺が誰かに好かれることなど、決してない。


 それこそが、今まで17年生きてきて嫌というほど思い知らされてきた事実で真実なのだから。

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