演劇ごっこと手つなぎ
「では、本日は演技力向上のために演劇ごっこをやろっか」
俺が首巻きをナナに貸した翌日の放課後、副部長の
俺たち希望部の最大の目的は年に4回行われる『試験』に合格することである。
そして、演技力はその『試験』を突破するために必要なのだ。
「んじゃ、今日は私以外の部員が2人いることだし、私が考えた演技シナリオ『嘆きのロミとジュリ』を二人にやってもらおっか」
淡海先輩はそう言って自作の台本を俺たちに配布した。
淡海先輩は、金髪で中性的な顔立ちをした三年生の女子生徒である。
退部する人が多い希望部において、淡海先輩は1年の最初から3年の今に至るまでいる最古参であり、実質的な部長である。
『自分が生まれてきた理由を知りたい』という他の部員とは違う目的で入部し、野球部のマネージャーのごとく他の部員をサポートしているのだ。
俺は台本を一通り読み終え、きちんと頭の中に内容を入れた。
その直後にナナも台本を終え、ひとこと発した。
「……これ、『ロミオとジュリエット』のパクリじゃん」
彼女の言う通り、その台本の筋書きはロミオとジュリエットの終盤に酷似していた。
「では、第一場面、始め!」
3人しかいいない部室にて、淡海先輩の声が響く。
第一場面は、ロミが死んだふりをした恋人のジュリを本当に死んだと勘違いして大胆に嘆く場面である。
元ネタの性別に従い、俺がロミでナナがジュリの役になり、ナナは死んだふりをするべく床に仰向けで横たわった。
「おおジュリよーなぜ息絶えてしまったのだーなぜ暖かくないのだー」
「……棒読みだねぇ」
俺の演技に淡海先輩からダメ出しが入る。
「いいかい、『試験』に通るには大胆に悲しみ強く嘆く必要があるらしい。だから、もっと本気で悲しもっか」
淡海先輩が経験を活かした実践的なアドバイスを行う。
俺はそのアドバイスを踏まえ、己に対する絶望を思い出しつつセリフに感情を込めた。
「おお!ジュリよ!なぜ息絶えてしまったのだぁ!なぁぜ!暖かくないのだっ!!」
「怒りが悲しみより強くて、芝居の演技としてはアレだが、『試験』のことを考えれば合格だ。ちなみに、芝居は役に感情移入すると上手くいくぞ」
こうして、僕は淡海先輩からなんとか合格を貰えた。
「では、第二場面、始めっ!」
第二場面は、誤解したロミが自殺した後で遺体を見たジュリが嘆き悲しむシーンである。
俺は演技のために横たわったあと、少し不安になってしまった。
ナナは天然な上に引っ込み思案である。
そのため、あまり演劇関連のイベントに参加しておらず、今まで演じた役は小学校の演劇会の時の背景の木のみなのだ。
ナナが先輩の合格を貰えるかどうか不安になった直後、ナナの演技が始まった。
「ロミ……ロミ……どうしたの……?しっかりしてよ……うう……」
ナナは、ジュリが憑依したかのような本格的な演技を始めた。
なんと、当初の台本にはないセリフを言いつつ、横たわる俺の身体をゆすり始めたのだ。
「ねえ……なんで……ボク、キミが死んじゃうのいやだよ……ねえ、おねがい、眼を開けてよ……」
そして、セリフを続けながら今度は俺の頭をなで始めたのだ。
気が付けば俺の顔にナナの涙までしたり始めた。
「ボク、キミがいないと寂しいよ……キミとずっと一緒にいたいよ……キミのこと大好きだよ……」
「OK!OK!もういいよ!十分合格!」
役に入りすぎたナナが俺にキスをしようとしてきたため、淡海先輩がいそいで合格を出して止めた。
「あっ……ごめんね。役に感情移入、しすぎちゃった」
自分の演技がやりすぎであったことを自覚していたのか、ナナが謝る。
「いや、大丈夫。今まで現実であそこまで心配してくれた人がいなかったから、むしろすごくうれしかった」
「そっか……じゃあ、もしもキミが死んじゃったら、さっきよりもっと悲しんであげるね」
「それは、少し重くないかい?」
「いや、そうして欲しい。俺の家族、きっと俺が死んでも悲しむどころか喜ぶだろうから」
淡海先輩のツッコミをよそに、俺は死んだときに悲しむことをナナに頼んだ。
「……そうそう。少し立ち止まってほしいんだけど、いいかな?」
高校から家への帰り道、俺の右隣を歩くナナが俺に立ち止まることを要請した。
「ぴったり止まったぜ」
俺は時が止まったかのように自分の動きを止めて動かないことにした。
「えいっ」
次の瞬間、俺の首に昨日ナナに貸したネックウォーマーが戻って来た。
「ネックウォーマー、返すね……」
「大丈夫?昨日と同じ装備だけど、寒くない?」
今のナナのコーデは昨日と何も変わっていなかった。
ほとんど男子の話題にはならないが、ナナはスタイルが良く、高校の春秋服を見事に着こなしていた。
そして、それはそうと手袋やネックウォーマーなどの防寒具を何もしていなかったのだ。
「……こうやって暖房するから、大丈夫」
そう言ってナナはなんのためらいもなく、昨日同様に俺の手をつないだ。
俺の鼓動が昨日以上にやかましくなっていく。
「じゃ、またね……」
結局、ナナの家の前で別れる時まで、ずっとナナは俺の手をつないでいた。
俺はナナの家の隣にある自分の家に帰り、自室に帰った後も鼓動の躍動が止まらなかった。
「……これが、俗にいう『ドキドキが止まらない』ってヤツなのかな」
俺は、理由のわからぬドキドキを抱えたまま、ただひたすらに部屋の天井を見つめていた。
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