第12話 試験が終わって

「不合格、です」


 ルイミーさんがそう言った。

 頑張ったし、それなりに耐えた方だと思ったのだけど。


「そう、ですか……理由を聞いてもいいですか?」


 ノモサは、地面に座りこんだまま、尋ねた。理由を聞いておきたい。この人が答えてくれるかどうかはわからないけど。

 ルイミーさんは、少し沈黙を挟んでから、話す。


「……ふさわしくないからです」

「え?その、俺が、学院にふさわしくない理由を聞きたいんですが……」

「もし本当に入りたいのであれば、どうぞ来春に入学試験を受けに来てください。表から入学する上では、私に止める権限はありません。」

「いえ、そのつもりは無いです……」

「でしょうね」


話がかみ合っていない。まあ、推薦入学という機会が急にやってきたので、入ってみようか、と考えたが、実際のところわざわざ受けに行くつもりはあまり無い。


「では、私は先に戻っています」


 ルイミーさんはそう言うと、踵を返した。こうして後姿を見ても、模擬戦の後で圧というのに、ローブには汚れ1つついていない。それほど、実力に差があったのだろう。


 ノモサは、何か言葉を紡ごうとしたが、何を言えばいいのかわからなかった。

 ルイミーさんとの距離が離れていく。


 しかし、数歩進んだ所で、ルイミーさんが立ち止まった。


「ノモサ。一つ、伝えておきます」

「は、はい」


 数秒の沈黙の後、ルイミーさんが語る。




「貴方は、この村においては、剣の腕は1、2を争う程です。しかし1歩外に出ると、貴方は少し、僅かに、ひとかけらの才能に恵まれているだけの、ただの、どこにでもいる、平凡な剣士の1人でしかありません。


今の貴方は弱いです」

「……」



「           」

 ルイミーさんは、去り際に一言言い残して、去っていく。姿が、見えなくなった。





 別に、自分が、村一番の剣士だとか思ったことは無い。

 確かに、グラフ達同年代の中では一番だろうし、この自警団の中でも、上の方だという自覚はある。

 けれど。

 もしかすると、心のどこかで、それを支えにしていたのだろう。甘えにしていたのかもしれない。誇りに思っていた気がする。

 学院の中でも、トップになれるんじゃないか、と漫然と考えていた自分がどこかにいた。自分は、教師に推薦で入学を許された、才能に恵まれた人間なのだと。


 それは、間違だとルイミーさんは言った。

 この村の外に出ると、妄想は一気に崩れる。自分が平凡な人間になる。人の波に埋もれてしまう。

 父は、どうして村の外に出たのだろう?母は、姉は、どうして。この村の中で過ごしていればいいじゃないか。



怖い。



ノモサは、座り込んだまま、長いこと動けなかった。訓練場には、静かな時が流れる。それを破ったのは、ノモサではなく。


「お疲れー大丈夫かー?」

「ああ、」


 訓練場に姿を見せたのは、グラフだった。

 グラフは、ノモサのすぐ隣に座った。いつもならば、うるさく話しかけてくるところだろうが、今日はなぜか何も言わなかった。

 ノモサが、話しかける。


「あの、さ」

「なんだー?」

「グラフは、王都とか……村から出たいと思ったことは、ある?」

「ないなー。ノモサは、どう?」

「俺は……」


 そんなつもりは、無い。そう言おうと思ったが、すぐには、答えられなかった。


「前なら、即答してたのになー。あの赤い人に、なんか言われたのかー?」

「……学院には来るなって。姉は通ってるのに」

「そっかー」

「後、お前は弱いって」

「十分強いと思うけどなー」

「俺は、ルイミーさんに負けたから。ルイミーさんと比べると、弱いんだと思う」


 ルイミーさんにとっては、大したことなかったのかもしれない。ただ、友人の弟、というだけの存在だったのだろう。


「悔しいのかー?」


 え?


「いや、ルイミーさんは、学院の教師とかやってる凄い人だよ?そんな強い人に対して、悔しいとか……悔しい、とか、そんなことは……」

「全力でやって、手も足も出なかったしなー」


ルイミーさんの言葉を思いだす。


『私に、勝ちたいですか?』

「…………そっか。悔しい、のか」


 ルイミーさんに負けて、悔しいのか。もっと強くなりたい。いつか、ルイミーさんみたいに、強くなりたい。いつか、勝ちたい。


 でも、どうすればいいのだろうか?このまま、村にいても、無理だろう。



「そっかー。んー、じゃあ、強くなりたい?」

「強く……うん、なりたい。けど……」

「なら、冒険者なんてどうだ?ほら、ノモサのお父さんも昔冒険者やってたんだろ?」

「冒険者?」


 冒険者になる?そんなこと、考えたことも無かった。


「冒険者になってー、薬草とか採取したりー、魔物と戦ったり。剣の鍛錬をしたり。ノモサなら、最強の冒険者とか目指せるんじゃないのー?」

「……冒険者」

「どう?」


 冒険者、か。

 多分、俺は、まだ自分の弱さに気づけていない。村を出て、強くなるためには、冒険者になるという手は、いいのかもしれない。


 俺は、グラフの方を向いた。


「冒険者になりたい。強くなりたい」

「弱気だなー」

「冒険者になる!ルイミーさんに勝てるくらい、強くなる!」

「おおー頑張れー」


 よし、そうと決まれば、まずするべきことは……


「ちょっと、ルイミーさんに話してくる!」

「いや、もう村を出てったぞー?」

「は?」


 ルイミーさん……何で?まあ、もう用は無いんだろうけど。

 いや、それでいいのかもしれない。いつか、学院を訪ねて、模擬戦を申し込めばいい。俺の事は覚えていないだろうけど、思い出させればいい。


「じゃあ、隊長に話してくる」

「おー、頑張れー」


 1歩踏み出したところで、気づく。

 大事なことを言い忘れていた。


「ありがとう、グラフ」


 グラフは、何事も無いように、笑う。


「再戦する時には、またこの訓練場でやってくれよー」


……それは、厳しいかもしれないけど。

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